ウォーレン人気は続くのか?
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・民主党指名争いでリベラル派左派のウォーレン氏の支持率が急上昇。
・バイデン氏は「ウクライナ疑惑」で、サンダース氏は「健康面」で後退。
・ウォーレン氏の出自が虚偽と判明し、弱点に。勢い維持できるか注目。
アメリカ大統領選の民主党候補のなかでエリザベス・ウォーレン上院議員が急速に支持率を高め、全米世論調査で初めて民主党側での首位に立った。政治的には民主党リベラル派でも左派とされるこの女性政治家は大企業の規制や高所得層への高税という急進的な政策で知られる。
そのウォーレン候補はなぜいま人気を高めたのか。その人気はどこまで続くのか。同候補が来年の大統領選ではトランプ大統領に挑戦するという可能性も浮かんだいま、同候補に光を当てることも必要だろう。
アメリカ各種世論調査の総合機関「リアル・クリアー・ポリテックス(RCP)」の報告によると、2020年の大統領に出馬を目指す民主党各候補の間では10月6日ごろからウォーレン候補が初めて継続的に首位の支持率を保つようになった。
各種の全米世論調査では10月1日には前副大統領のジョセフ・バイデン候補が32%、ウォーレン候補が21%、現上院議員のバーニー・サンダース候補が19%という支持率だった。
ところが10月8日にはウォーレン候補が29%、バイデン候補が26%、サンダース候補が16%という数字となった。さらに翌9日にはウォーレン29%、バイデン25%、サンダース14%という調査結果が判明した。
この数字の動きはこれまでの数週間ずっと3位までに留まっていたウォーレン候補がトップに立ち、しかもその首位の座を初めて保ったようにみえる。これまではバイデン候補が他の2人に大きく差をつけて、圧倒的な先頭走者となっていたのだ。
この変動の結果、アメリカのメディアも、政治学者もみなウォーレン候補に新たな視線を向けることとなった。同候補は来年早々からの大統領選予備選での党員集会や予備選挙が全米でもまっさきに開かれるアイオワ州やニューハンプシャー州でもバイデン候補の支持率を僅差ながらも追い越すという世論調査結果が出た。
だからこの傾向が続けば、2020年の大統領選では民主党候補にウォーレン候補が指名されるという可能性も非現実的ではなくなったわけだ。つまり来年の選挙戦はトランプ大統領対ウォーレン上院議員という対決になる見通しも浮かんできたことになる。もちろんまだまだ予測不能の要因は多数あるが、全米のウォーレン候補を見る目が急に変わってきたことは事実である。
では、なぜウォーレン候補の人気上昇なのか。
この原因は少なくとも二つある。いずれも同候補自身の新たな前進というよりも、ライバル候補たちの後退だといえる。その点では消去法的な前進なのである。
▲写真 前副大統領のジョセフ・バイデン候補(2019年8月21日 Altoona, Iowa)出典:Flickr; Gage Skidmore
第一は民主党によるトランプ大統領に対する弾劾手続きの、いわゆる「ウクライナ疑惑」でバイデン前副大統領の名前がキーワードのように再三,指摘され始めたことである。
バイデン氏の息子のハンター氏がウクライナのガス関連企業と密接なかかわりを持ち、不正な行動をとった疑いというのがトランプ大統領のウクライナ側への捜査の要請につながったわけだ。民主党が不当だとして追及するのはあくまでトランプ大統領の言動だが、そのプロセスで「バイデン副大統領とその息子への疑惑」が繰り返し指摘されるのだ。同候補への支持率が下がるのも自然だといえよう。
▲写真 現上院議員のバーニー・サンダース候補(2019年8月21日 Altoona, Iowa)出典:Flickr; Gage Skidmore
第二は、サンダース候補がつい最近、心臓疾患で倒れ、手術を受けたことである。
サンダース氏は前回の2016年の大統領選挙に立候補して、最終的に民主党の指名を獲得したヒラリー・クリントン候補に対して最後まで善戦した。今回も早い時期から予備選への名乗りをあげ、若者主体の全米規模の選対組織を築いて、積極的なキャンペーンを展開してきた。だが現在78歳という年齢もあって、ここへきて倒れたわけだ。サンダース候補の病状はよいとされているが、それでも支持率の低下を招くことは避けられなかった。
こうした経緯からウォーレン候補が民主党の予備選の先頭走者となったことは、民主党全体としては必ずしも歓迎できる事態ではない。なぜならバイデン氏は数多い民主党候補たちの間でも先頭の3候補では最も穏健な政策を掲げ、民主党の中道、穏健層から無党派層まで幅広い支持が見込まれてきたからだ。トランプ大統領との一対一の対決での世論調査の支持率でもバイデン候補がより高い数字を記録することもあった。
そのバイデン候補後退の現象がウォーレン候補の躍進を招いたとなると、民主党全体としては懸念の材料も多いこととなる。
さて、ではウォーレン候補とはどんな政治家で、どんな政策を掲げているのか。
ちなみにサンダース候補はみずから社会主義者だと宣言し、アメリカ国政の政策軸からすると極端に左傾斜の政策を主唱する。連邦政府の民間に対する介入や支出を徹底して推す「大きな政府」派である。ウォーレン候補も実は民主党内では超リベラル派として「大きな政府」策を唱えてきた。
▲写真 オバマ前大統領(左)とエリザベス・ウォーレン民主党上院議員(右)(2019年2月 プレジデント・デー)出典:Facebook; U.S.Senator Elizabeth Warren
ウォーレン候補は「責任ある資本主義法案」を提唱し、いまのアメリカの資本主義を改革し、大企業の活動を制約することを公約の一つに掲げてきた。高所得層への課税率を高くして、貧困層への富の配分を図る、環境保護のためにいまアメリカで盛んとなったシェール石油の開発の手法フラッキング(水圧破砕法)の禁止を主張する。要するに市場経済の発展とか産業育成というよりも政府介入の拡大や環境保護を優先する社会主義的な志向が強いのである。
そのうえにウォーレン候補には出自について全米の関心を集めた弱点もある。
現在70歳の同候補は2012年に連邦議会の上院議員に当選するまでは法律家として全米各地の大学で教え、ハーバード大学の法学の教授をも務めてきた。その過程でウォーレン氏は自分自身がアメリカ・インディアン(先住民)のチェロキー族出身だと言明して、大学やその他の公的機関での少数民族優遇の措置を受けてきた。
しかし、そのアメリカ・インディアンの血が実は事実ではないことが判明し、ウォーレン氏はチェロキー族などに公式に謝罪までした。この話が大統領選予備選でも何度も提起され、ウォーレン候補の弱みとなってきたのだ。
トランプ大統領はこの点をすでに捕らえて、ウォーレン候補に「ポカハンテス」というニックネームをつけ、揶揄したほどだ。ポカハンテスはアメリカの開拓時代、イギリス人に協力した実在のインディアン女性で、インディアンの側からは白人へのすり寄りとして批判されてきた。
▲写真 トランプ米大統領(2019年7月23日 Washington, D.C.)出典: Flickr; Gage Skidmore
このウォーレン候補が果たして現在の急浮上の勢いを保って、2020年夏の民主党全国大会で同党の指名を得るか否か。まだまだ予断は許されないが、大統領選への展望がまた一段と複雑に、興味深まる状況となってきたとはいえそうである。
トップ写真:民主党上院議員のエリザベス・ウォーレン候補(2019年8月21日 Altoona, Iowa)出典: Flickr; Gage Skidmore
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。