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.国際  投稿日:2019/10/19

トランプの好敵手、ウォーレンとは


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

【まとめ】

・民主党予備選で「ウォーレン現象」。トランプ大統領も歓迎か。

・同じ急進左派サンダース氏との違いは「国民皆保」「市場」への姿勢。

・「米国第一」のトランプ氏と「経済愛国主義」のウォーレン氏で熱戦も?

 

米民主党の大統領予備選で、左派のエリザベス・ウォーレン上院議員(70)が、「ウォーレン現象」を巻き起こし、与党共和党の現職であるドナルド・トランプ大統領(73)と2020年の本選を戦うことになるのか、にわかに注目を集めている。

米政治専門サイトのリアル・クリア・ポリティクスは10月8日、ウォーレン氏が「トランプ・キラー」として本命視されていたジョセフ・バイデン前副大統領(76)を抜き、初めて支持率において首位に立ったと報じた。10月16日の民主党の大統領候補討論会においても、他の候補者から集中砲火で攻撃を受けるなど、その存在感が大きかった。

一方で、民主党中道派であり、古い利害調整タイプの政治家であるバイデン氏とその親族には数々の腐敗疑惑が浮上しており、新味も欠くことから、急速に支持を失っている。バイデン氏は世論調査で、「トランプ大統領と互角に戦える候補」であることが示されているが、その安定性を捨ててまで党内では経済格差の拡大や貧困による社会問題を解決できそうな候補に人気が移り始めている。

▲写真 米民主党大統領予備選で人気沈下気味のジョセフ・バイデン前副大統領(2019年8月9日)出典: Flickr; Gage Skidmore

だが、ウォーレン上院議員が急進的な左派であることはよく知られているものの、どのようなビジョンを持つ人物なのかは知られていない。また、同じく急進的左派の民主党大統領候補であるバーニー・サンダース上院議員(78)との違いを説明できる人も少ない。

この記事では、「ウォーレン候補とサンダース候補の違い」と「民主党はウォーレンでトランプの共和党に勝てるか」に焦点を当て、2020年の米大統領選を占う。

▲写真 ウォーレン氏と同じ急進的左派のバーニー・サンダース候補(2016年3月15日)出典: Flickr; Gage Skidmore

 

■ ウォーレン候補とサンダース候補の違い

そもそも、民主党予選で穏健派のバイデン候補が沈下を始め、進歩派のウォーレン候補とサンダース候補が浮上したのは、なぜか。

まず、2016年の大統領選でトランプ氏は、賃金の上昇率が冴えず、持てる者と持たざる者の経済格差が拡大するなかで没落し、既成の政党政治に満足できない白人たちに対して白人国家主義という「解決策」を示し、彼らの熱烈な支持を受けて当選を果たした。

バイデン候補は民主党内で主流派であるがゆえに人気が高く、トランプ大統領との一騎打ちであれば勝てるという世論調査の結果があるものの、身内の腐敗疑惑などに見られるように旧型の政治家であり、トランプ大統領の国家主義に惹かれる白人層を取り戻す切り札にかける。

こうした背景をもとに、トランプ氏と同様に、主張が極端なウォーレン氏とサンダース氏が民主党で有力候補に浮上したのだ。極端なポピュリストのトランプに対抗するには、穏健派ではなく極端な進歩派のポピュリストで、というわけだ。

事実、これら2人の候補の政策は大衆受けする、ほぼ共通するものが多い。例えば、大学教育の無料化最低賃金の15ドルへの引き上げ労働組合の強化高所得者層への裕福税の累進課税福祉やセーフティーネットの拡充金融機関などウォール街への規制強化と優遇撤廃、など一般的に左派の掲げる政策は大筋で同じだ。

また、両候補にとって特に重要なのは、欧州型の国民皆保険制度だ。ここまでは共通なのだが、サンダース氏が「利潤目的の民間保険を全廃して政府が運営する保険制度への統一」を唱えるのに対し、ウォーレン氏の主張は「公的保険の拡充」にとどまり、民間保険との共存を構想している。

ウォーレン候補とサンダース候補の決定的な世界観の違いが、この国民皆保構想の相違に端的に表れている。すなわち、ウォーレン氏は「改革派」の社会民主主義者である一方、サンダース氏は「革命派」の民主社会主義者なのだ。

▲写真 ウォーレン氏とサンダース氏は「国民皆保険制度」への考え方に違いがある。写真は医師による診察(資料)。出典: Pixabay; hamiltonpaviana

ウォーレン上院議員は基本的に資本主義市場を信奉する一方で、サンダース上院議員は資本主義の自浄作用を全く信用しておらず、米国に社会主義革命を起こそうとしている。だがウォーレン氏は、資本主義の暴走を防ぐための強固な規制で対応できると主張する。

ウォーレン氏はある対談において、「市場の力は素晴らしい。市場のおかげで人々が豊かになり、機会も増大する」と語っており、この部分だけを切り出せば、共和党の保守派議員の発言と変わらない。事実、同氏は過去に共和党支持者であった時期がある

保守派と違うのは、以下の部分だ。「だが、市場は公平でなければならない。市場に公正なルールがなければ、権力のある金持ちのみが総取りをする社会になってしまう。この点こそが、米国の誤ったところだ」

この歪んだ資本主義を是正するためにウォーレン候補が構想するのが、「資本主義が正しく機能していた時代」のニューディール型の強い規制だというわけだ。そのため、ウォーレン氏は米国が繁栄していた栄光の過去と、その時代の強力な規制をノスタルジックに見ている。

しかし、資本主義には自浄能力がないとするサンダース氏は、「革命」という未来を夢見るのである。この点が、現体制に絶望した一部の若者の間で、サンダース氏がカルト的な人気を誇る秘密である。

こうして見ると、社会主義に対する強い抵抗のある米国社会では、過激すぎるサンダース候補よりも、ウォーレン候補の方が現実的な選択肢であり、より受け入れやすいといえる。

▲写真 ウォーレン氏とサンダース氏は「市場」への考え方も異なる。写真はニューヨーク証券取引所。 出典: Pixabay; skeeze

 

■ トランプ大統領はウォーレン現象を歓迎か

現在、民主党の大統領予備選でトップを走るウォーレン上院議員の人気がこのまま続くかはわからない。だが、彼女が最終的に民主党の大統領候補になれば、トランプ大統領に勝てないとの分析が優勢だ。

ウォーレン候補が最も弱い点は、国民皆保険制度の財源問題であろう。現実的に考えて、中間層の増税なしには皆保は夢物語なのだが、その肝心な部分について明言を避けている。10月16日の民主党の大統領候補討論会でも、そのはっきりしない態度が他候補者からの集中砲火を浴びていた。

ウォーレン氏が本選に進めば、その点がトランプ大統領から突かれることは間違いない。トランプ氏は大統領選に向けて中間層減税を打ち出す予定であり、「増税のウォーレン」と「減税のトランプ」を比較すれば、有権者がどちらを選ぶかは明白である。

▲写真 トランプ米大統領(2019年10月12日)出典: The White House facebook

翻って、「米国第一」を掲げるトランプ大統領の国家主義に対して、ウォーレン上院議員は「経済愛国主義」なるものを打ち出し、米国民への忠誠を捨てて海外に工場を移転した製造業企業を強く非難している。

しかし、トランプ氏とは違って、ウォーレン氏はグローバル化が肯定的な効果をもたらすことができると信じている。そのため、「グリーン製造業計画」を掲げ、環境にやさしい産業を全米各地域にくまなく公平に配置して、新たな雇用を創出し、そのような産業が生産した製品や開発したクリーンな技術をグローバル市場に輸出する構想を持っている。

関税の引き上げなどで自由貿易を縮小させようとする傾向のあるトランプ大統領と違い、自由貿易をエコで公平な方法で改革するのが、ウォーレン候補のビジョンだ。この点で、日本にとってはトランプ大統領よりも対話しやすい相手になるかもしれない。

また、ウォーレン氏は反資本主義で凝り固まっておらず、上院議員として地元マサチューセッツ州の巨大軍需企業であるジェネラル・ダイナミクスやレイセオンが連邦政府から契約を得られるように動くなど、現実主義者でもある。必ずしも「ウォール街の仇敵」であるとは限らない。

民主党員であった過去を持つトランプ大統領と同様に、ウォーレン上院議員も共和党支持者であったことがあり、両党の支持者にアピールできる素質を秘めている。そのため、大統領選でより現実的な路線を打ち出し、トランプ氏にとっては案外手強い相手になる可能性もある。

何より、ウォーレン上院議員はハーバード大学経済学部の元教授であり、ある意味でトランプ大統領よりも経済に通じている。トランプ大統領は、ヒートアップする「ウォーレン現象」を内心で恐れているのかもしれない。

トップ写真:米民主党大統領予備選で躍進中のエリザベス・ウォーレン上院議員(2019年8月1日)出典: Flickr; Gage Skidmore


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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