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.社会  投稿日:2019/11/4

定期テスト廃止した公立中学(上)


出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

【まとめ】

・点数至上主義の日本は世界的パイオニアを生み出せなかった。

・工藤勇一氏は学校の「当たり前」をやめ、新たな教育を試みた。

・その改革は生徒が問題解決の為に動く人生のスタイルを育む。

 

平成の30年、日本は敗北の歴史を辿った。それを端的に物語る表がある。平成元年と30年を比較した、世界の企業の時価総額ランキングだ。

平成元年には、日本企業が上位に名を連ねる。トップのNTTに続き、銀行や証券がずらりと並ぶ。ところが平成30年、アメリカ勢が圧倒的となる。GAFAと呼ばれるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどのハイテクの新興企業が上位に並ぶ。

つまるところ、日本では、アップルのスティーブ・ジョブズ、アマゾンのジェフ・ベゾス、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグらを生み出せなかった。

▲画像 Steve Jobs flickr by Bernard Goldbach

原因はさまざまあるが、私は、教育が大きく影響していると考えている。日本では、点数至上主義だ。覚えたことを答案用紙にいかに、正確に書き込むことができるか。その能力が問われている。高度成長期にはそんな教育で通用した。右肩上がりなら、前例踏襲で、通用する。しかし、時代は一変した。インターネットが普及し、人の営みも複雑さを増している。しかも、前例のない人口減少、デフレ経済に陥っている。答えは決して一つではない。

自分で考え、自分で行動を起こす。そんな力が問われている。令和の時代、新たな教育こそが、日本の将来を左右する。具体的に何をどうすればいいのか。思案していた私は一人の教育者の考え方に衝撃を受けた。麹町中学校長の工藤勇一だ。「学校の『当たり前』をやめた。」(時事通信)という本を出し、ベストセラーになった。

工藤は、宿題をなくし、定期テストを廃止した校長で知られている。また、クラス担任制度もなくした。それらはすべて、子どもたちに「自律」する力を養ってもらうためだ。つまり、自ら考え、自ら判断し、自ら決定し、自ら行動する力だ。

工藤はさまざまな改革に踏み切った。「定期テストはなくしましたが、単元テストはやります。例えば『数と式』が終わったらテスト、『比例・反比例』が終わったらテスト。単元が終わるごとにテストをやるのです。そうすると、生徒は、自分が分かるか分からないかが、分かるのです。60点を取った場合、40点わからなかったわけです」。

▲写真 工藤勇一校長 提供:筆者

定期テストをなくした理由の一つは、一夜漬けの勉強の弊害だ。試験が終われば、すぐに忘れてしまうリスクもある。この時の点数は生徒にとって「瞬間最大風速」であり、それで成績をつけるは適切ではない。それが工藤の主張だ。

「子どもたちが何度でもテストを受けられたら、はやく記憶できた子でなくても、同じ結果が出るかもしれない。別に早い遅いというのは、関係がありません。ここで区切って、ここまでの記憶力を成績とするという方法ではなく、もっと細かく、複数回チャンスがあった方が、子どもがもっと自分で勉強したくなると思ったのです」。

麹町中学では、子どもたちが希望すれば、再び単元テストを受けるチャンスがある。60点だったら、子どもたちは分からなかった40点分を調べ直す。点数が上がれば、成績もアップする。その再チャレンジのための努力こそが大事だと、工藤は説く。

「参考書で調べる、先生に聞く、親に聞く、友達に聞く。分からないことを分かるようになるためには、自分で動かなければならない。これは、自分の人生のスタイルになる。この経験を積み重ねれば、問題を解決するときに、自分の力だけでなく、動くようになる」。

工藤の話を聞いて、私は膝を打った。これはまさに記者の取材と同じだ。事件が起きる。犯人はどうして犯行に及んだのか。犯人を知る人に一人ひとりに取材し、犯人像に迫る。現場に飛び出し、直接話を聞くことが不可欠である。

宿題をなくしたのも、定期テストを廃止したのと同じ意味だ。「『分からないもの』を『分かる』ようにするのが、勉強です。その意味では、宿題は真逆です。分かることも出しているのです。宿題が山ほど出されれば、勉強時間が2時間で済んだのに4時間必要になるのです」

宿題は分かる子どもにとっては、時間の無駄である。一方、分からない子供にとっては、苦痛になる。工藤はそんな主張を繰り返す。それでは、こうした工藤のやり方に生徒はどう感じているのか。ある生徒は語る。

「定期テストだと範囲が広くて勉強するのも大変で点数をあまり取れなかった。でも2年になって単元テストに変わったことで、範囲が狭いのでそれについて集中して勉強できる。点数も上がったし、成績も上がったのでよかった」。テストを細かく切り分けるのは、生徒の理解向上に一役買っているようだ。麹町中の改革はそれだけにとどまらない。(敬称略)

(下につづく。全2回。)

トップ写真:工藤勇一校長と筆者 提供:筆者


この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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