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.経済  投稿日:2019/10/28

「地域に飛び出す公務員」地域活性化センター理事長椎川忍氏(上)


出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

【まとめ】

・地域活性化センター理事長椎川忍氏「地方創生は人材が育つかどうかで決まる」。

・2008年「地域に飛び出す公務員」というネットワーク発足。

・2011年「地域に飛び出す公務員を応援する首長連合」設立。

 

霞が関の官僚と言えば、地方に赴任すれば、「殿様」のように扱われる。若い時から、年上の県庁や市町村の職員が頭を下げる。地元の住民に至っては、雲の上の存在だ。そんな扱いを受ければ、おのずと、本人も勘違いする。現場に行かず、県庁にふんぞり返る。私はそんな官僚を数多く見てきた。しかし、今回、お伝えする人物は、現場主義の官僚である。

地域活性化センター理事長の椎川忍である。地方創生は結局、人材が育つかどうかで決まるが、こうした実態を早く認識した。「政府は今まで地域活性化のため巨額の資金を投入してきたが、地方は疲弊している。こうした現状をみれば、これまでのやり方を変えなければならないのは当たり前だ。政府があまり力を入れてこなかった人材育成こそが大事だ」。

▲写真 椎川忍氏 ©一般財団法人 地域活性化センター

確かにそうだ。1970年に過疎法が制定された。その後、全国では補助金を使って、道路や農地などが行われてきた。事業費は総額100兆円近くに上る。それでも、事態は一向に改善しない。椎川は長い官僚人生で、その実態を肌身で感じている。

総務省時代の最終ポストは自治財政局長。自治財政局のエースだった。「総務省でも屈指の論客だった。財務省との論戦でも椎川さんがいれば安心だった。今でも椎川さんを尊敬している役人は多い」(総務省中堅)。そんな財政のプロだが、霞が関を飛び出し、現場にこだわる。

地方財政計画はある意味では、虚構の世界だ。それだけでは、現実の地域を救うことはできない。しかし、人材を育てれば、地域も救われる。地方自治体にとって大事なのは、若い人が力を発揮できる環境をつくることだ。そうした点で頑張っている自治体を数多く見てきた。若い地方公務員がメキメキ力をつけているのは嬉しい」。

総務省は毎年、地方の予算全体の大枠を決める地方財政計画を策定している。それは中央官庁としての力の源泉だ。椎川は元官僚なのに、それを「虚構の世界」と言い切る。その思い切りのいい発言は気持ちがいい。

「地方でも、人材育成のシステムは、国にシステムに習った縦割りだ。財政、福祉、土木。それぞれ各分野に精通している人は多いが、横に繋ぐリーダーやコーディネーターする人は少ない。なぜならそうした人材育成をしていないからだ」。

今の日本は成熟社会に入っており、高い成長を実現するのは困難だ。そうした環境の下では、法律とか国の制度だけでは、人々を救えない。困りごとを助ける仕組みが必要になっている。親の介護が必要な家もあれば、子供の引きこもりで悩むケース、さらには、多重債務で苦しむ人・・・。地域にはさまざまな困りごとで悩む人がいるが、縦割りの役所では住民の困りごとを救うのは難しい。だからこそ、公務員は地域をもっと知るべきだ。役所の外にもっと飛び出せ。椎川はそう発破をかける。現場主義者のそんな思いは、一つの大きな潮流をつくった。

それが2008年10月に発足した「地域に飛び出す公務員」というネットワークである。通称「飛び公(とびこう)」だ。総務省の官僚だった時代に、音頭をとった。役所の仕事以外に、PTA、自治会、消防団どんな活動でもいい。さまざまな地域の活動をやっていこう。そんな趣旨だ。それは全国に拡大している。今ではメーリングリストで情報交換する公務員は2500人に上る。

きっかけとなったのは、20数年前の経験だ。椎川は島根県で総務部長として勤務していた。島根県は東西に長く、面積が広い。そのため、県庁から離れた地域に「出前県庁」と称して、住民懇談会などを開催した。こうした現場で見聞きしたことが、椎川の脳裏にこびりついた。「市町村の職員である以前に、地域住民ではないだろうか」。

縦割り行政では見えない現場の問題点がある。それを行政に生かそうという試みである。「公務員は狭い世界に閉じこもってはいけない。広く、世間の人々と交わることによって、知恵と工夫、イノベーションが生まれる。『公務員の常識は社会の非常識だ』。しかし、公務員が地域に飛び出せば、状況が変わる」。椎川はこんな主張を繰り返す。

ただ、古いタイプの公務員に手厳しい。「住民の生の声を踏まえず、国が作った既存の法令や制度を忠実に運用する。それで仕事をした気持ちになっている。また、公平・公正という建前にしばられすぎては駄目だ。自助努力して頑張っている住民を支援しようとしない。依存心ばかり強い人たちと同列にするのはおかしい」。

「飛び公(とびこう)」創設に動いた椎川だが、公務員が自由に動くには、役所全体の風土改革が必要だ。それにはトップである首長の理解は欠かせない。

2011年には旧知の首長などにも働きかけ、「地域に飛び出す公務員を応援する首長連合」の設立にこぎつけた。年1回、首長連合サミットを開催している。椎川は「飛び公」の提唱者として毎年顔を出す。

▲写真 「地域に飛び出す公務員を応援する首長連合サミット ©出町譲

異能の元官僚、椎川の仕事として私がもう一つ括目するのは、「地域おこし協力隊」だ。「生みの親」となったきっかけはいったい何なのか。

(後編へつづく。)

トップ画像: pxabay by PublicDomainPictures


この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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