無料会員募集中
.国際  投稿日:2019/10/8

覆面禁止法という判断ミス


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#41」

2019年10月7-13日

【まとめ】

・香港での「覆面禁止法」施行は逆効果。

・世界で「勢いと偶然と判断ミス」による間違った政治判断まかり通る。

・大統領弾劾を巡り、トランプ陣営と下院民主党の対立は激化。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=48287でお読み下さい。】

 

先週末は岡山県倉敷市にいた。市内の瀬戸内海に近い林という丘に五流尊瀧院(ゴリュウソンリュウイン)という修験道の寺院がある。天台修験系の一宗派である「修験道」の総本山だが、何と同寺院は筆者のご先祖様が800年守ってきたお寺だ。

歴史書によれば、修験道の祖「役行者」は699年に京を追われたが、その後5人の弟子達が701年に寺院を建造、その中心が尊瀧院だった。時は流れ、1221年の承久の乱で後鳥羽上皇の皇子・覚仁親王と頼仁親王が倉敷の地に流れ着いた。

その頼仁親王が当時衰退していた五流の寺院と十二社権現宮を再興し現代に至っている。という訳で、当院の歴代管長は頼仁親王の子孫であるらしい。この五流尊瀧院が筆者の直系の実家なのだから、当然重要行事には参加する義務がある。

10月5日に恒例の熊野大権現大祭があった。今回が1319回目だという。山伏が行例を組み、独特の問答を経て境内に入り、採燈大護摩供の後、熱い石の上を歩く「火渡り」で締める。外交安保と関係がない?確かに、でも事実なのだから、ご容赦を。

本題に入ろう。筆者がこの伝統行事を見ていた頃、香港では再びデモが激化した。こともあろうに、香港政府が植民地時代の古い「緊急状況規則条例」を持ち出してデモ隊のマスク着用を禁止する「覆面禁止法」を施行したからだ。

案の定、結果は逆効果となった。5日午後のデモ行進では参加者の大部分がマスク着用だったという。それにしても、林鄭月娥行政長官は政治音痴ではないか?彼女は「極端な暴力こそが覆面禁止法を制定した理由だ」と開き直ったそうだ。

▲写真 林鄭月娥行政長官 出典:Wikimedia Commons; VOA

逃亡犯条例の撤回という一定の達成感から、デモの勢いが徐々に失われ始めた香港に、再び火と油を注いだのだから、もう驚くしかない。彼女というよりも、彼女の裏にいる政治参謀や北京政府の意向だったのであれば、この政治判断は間違いである

この香港の惨状を見てJapan Times紙に筆者が書いたのが「Simple, serious and fatal mistakes in politics」というコラムだ。世界各地で「勢いと偶然と判断ミス」による間違った政治判断がまかり通っていると書いた。時間があればご一読願いたい。

 

〇 アジア

NBA(米プロバスケットボール)の関係者が香港のデモを応援する内容をツイッターに投稿、中国のファンや企業パートナーから非難が相次いだため、話が大きくなった。NBAが「中国の多くの友人やファンの感情を深く害したことは遺憾」としたからだ。

これに対し、連邦議員の一部は「中国は経済力を盾に、米国にいる米国人の発言を検閲している」、「NBAは金のために中国に謝罪している」などと非難したそうだ。スポーツと政治、永遠の問題だが、皆さんはどちらが正しいと思いますか。

 

〇 欧州・ロシア

冒頭ご紹介した英語コラムにも書いたが、英首相はEU離脱に関する新提案なるものを発表した。読めば読むほど、一見良く出来ているようで、殆ど実行不可能な内容ではないかと危惧する。これが黄昏の大英帝国の断末魔なのか。

 

〇 中東

遂に米軍がシリアから本格的に撤退を始めた。ということは、これまで対ISIS戦を一緒に戦ってきたクルド勢力を米国が見捨てるということだ。米軍は去るから良いだろうが、残されたクルド勢力はトルコに虐殺されるに決まっている。こんなこと、戦争を始める前から分かっていたことだ。米国に騙すつもりはなかったのか、騙されたクルドが悪いのか。ならば、そもそも、なぜクルド勢力を利用したのか。本当に胸が痛む。

 

〇 南北アメリカ

トランプ政権がまた窮地に陥っている。といっても、こんなこと既に年中行事化しつつあり、一々驚いている暇はない。今回の特徴は、遂に下院民主党が大統領弾劾のための調査を本格化させつつあることだ。しかし、トランプ陣営もエゲツナさでは誰にも負けない。このままではトランプ氏以上にバイデン元副大統領が傷付くだろう。トランプ氏の本音はバイデン以外の女性候補ではなかろうか。まだ大統領選でトランプ氏が再選される可能性は十分あると見る。

▲写真 バイデン元副大統領 出典:Flickr; Gage Skidmore

 

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:香港でのデモの様子 出典:Flickr;Studio Incendo


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."