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.政治  投稿日:2019/12/11

ネトウヨの新呼称、ネット右派


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・『ネトウヨ』は悪意や敵意の下に加工されてできた造語。

・ネット右派は若い世代も含めた穏健な右派層が分厚く存在。

・伊藤昌亮氏、ネット右派は「理由や根拠のある思考の表現役」

 

私は「『ネトウヨ』という言葉は『ヘイトスピーチ(憎悪表現)』だ」と当サイトで書いたことがある。2016年1月だった。もう4年近くが過ぎたことになる。だがこの点での私の考えは変わらない。

いままたこのテーマを取り上げるのはごく最近、同じ集団を「憎悪」をこめない客観的な表現で論じた本の紹介があったからである。

ネット右派

という表現だった。これなら納得ができる。そしてその表現を知って、改めて「ネトウヨ」という言葉は憎しみやあざけりをこめたヘイトスピーチだと実感した次第である。

まずヘイトスピーチという言葉の意味を確定しておこう。この言葉が英語であることが明示するように、本来はアメリカで生まれ、論じられてきた用語であり、概念だった。だが日本でも広がった。その日本での定義を紹介しよう。日本の複数の辞典類での定義の総合である。

「人種や宗教、思想、性別などを理由に特定の個人や集団をおとしめ、憎悪や怒りを生ませる言葉」

さてこの記述で定義つけられる言葉の範疇に「ネトウヨ」が入るかどうか、である。

「ネトウヨ」とは簡単には「インターネット上の右翼」という言葉がゆがめられ、悪意や敵意の下に加工されてできた造語だといえよう。その響きには侮蔑が満ちている。ネトネトとねばりつく。ウヨウヨとかたまっている。語感はきわめて不快、その対象のいやらしさが強調される。しかもその根底にはネトウヨと呼ばれる人たちの思想を危険な非民主的右翼だと断じる基本がある。

ネトウヨという言葉を他者にぶつければ、使った側の軽蔑や憎悪や憤慨がにじむ。使われた側は屈辱、反発、憎悪を覚える。要するにののしり言葉なのである。なぜ「ネット右翼」ではいけないのか。

さてこの「ネトウヨ」に前述のヘイトスピーチの規準を当てはめてみよう。

「ウヨ」はまちがいなく右翼の略である。つまり特定の思想を指している。しかもその表現は憎悪や怒りを生む。ネトウヨと呼ばれた側は憎しみや怒りを感じさせられることが明白だからだ。

現に私はネトウヨと呼ばれて、その種の憎しみや怒りの反応を自然に示した人たちを多数、知っている。見下した言葉の汚い響きは「おとしめ」という要件をも満たしている

さてこの「ネトウヨ」と侮蔑的に片づけられがちだったインターネット上の保守派、右派に新しい光を当てた本が最近、出た。成蹊大学の伊藤昌亮教授(メディア論)による「ネット右派の歴史社会学」(青弓社)である。

▲画像 「ネット右派の歴史社会学 アンダーグラウンド平成史1990-2000年代」伊藤 昌亮(著) 出典: 青弓社

私はこの書の紹介を10月7日の読売新聞朝刊の文化面の記事で読んだ。

記事自体が「ネット右派の成立と興隆」という見出しだった。ネット右派とは、ネトウヨとはまったく異なる客観性を感じさせる言葉を大きく掲げる見出しだった。

この記事による同書の内容紹介-には以下のような趣旨があった。

「ネット右派は『ネトウヨ』などと揶揄され、愚劣で知性がないと切り捨てられることが多かった。だが伊藤氏は、先鋭的なネット右派の裾野には若い世代も含めた穏健な右派層が分厚く存在していると見る。その影響力を考えれば、受け入れることはせずとも、理解しようとする姿勢も重要だと考える」

「90年代に市民主義が盛り上がりを見せ、リベラル派の言説という権威が社会を暗黙に支配している状況への反発が『反リベラル市民』のアジェンダを生み出したと見る。ネット右派は冷戦終結後の社会環境が醸成したものだと説く」

「(本書は)ネット右派の言説とはリベラル民主主義に反発し、吉本隆明の言う『先端的な言語』の対極にある『土俗的な言語』を手繰り寄せながら、民衆のエートスをくみ上げようとしてきた様々な議論や談論の総体だったのだと説く。ネット右派が保守的だから権威主義的との見方はあたらず、むしろ反権威主義を自任している、という」

伊藤教授は要するにネット右派はリベラル派からは侮蔑されたが、それなりに理由や根拠のある思考の表現役たちだと、いうのである。「ネトウヨ」というヘイトスピーチで片づけられるべき存在ではない論証だといえよう。

 

トップ写真:反中国デモ(2010年) 出典: Photo by Abasaa


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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