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.国際  投稿日:2019/12/17

諸国が跋扈するバルカン半島


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019#51」

2019年12月16-22日

【まとめ】

・バルカン半島は歴史上、欧州・中東・アジア諸勢力の覇権争いの中にあった。

・今も米、露、中国らが跋扈している。

・オスマンの呪縛から抜け出せていない。

 

この原稿はスコピエの空港ロビーで書いている。スコピエと聞いて「北」マケドニア共和国の首都だと分かる人は少ないのではないか。更に、昔はマケドニアだったのに「何時から『北』マケドニアになったのか」などという優れた疑問が生じれば、その読者は相当の国際通だ。正直、筆者もここに来るまで知らなかったことが少なくない。

今回の出張先は長年の懸案であったバルカン半島だ。そうは言っても、旧ユーゴスラビアは「7つの国境、6つの共和国・・・・」、欧州のバルカン部分の実に複雑な諸問題の縮図のような民族地域の塊だ。同地域を知るには旧ユーゴ6共和国とコソボを見ないことには始まらない。手始めが今回のコソボと北マケドニア出張というわけだ。

バルカン半島は歴史上、欧州・中東・アジアの諸勢力の覇権争いの中で常に草刈り場となってきた。陸続きの国境が多いため、ここでの覇権争いは常に「ゼロサム」ゲーム、すなわち、誰かが必ずジョーカーを引くという、実に悲しい結末となる。このような地で「Win-Win」の解決を言うのは簡単だが、その実現は極めて難しいだろう。

今回の短期間の出張だけでも、コソボでは、米国が大いに肩入れし、欧州は仲介の努力を重ね、ロシアがセルビアの背後で暗躍し、中国は経済的に関与を深め、トルコが再び影響力の拡大を図るなど、煮ても焼いても食えない関係国が跳梁跋扈していることが良く分かった。地政学的思考の訓練には最善の場所の一つだろうが・・・。

とにかくローマ帝国からオスマン帝国、ユーゴスラビアまで、歴史問題の奥深さは東アジアの比ではない。特に、オスマン帝国の500年の統治がバルカン諸民族の生活、文化、発想、行動指針に決定的な影響を与えたことは間違いない。オスマンの帝国統治の良い所と悪い所を含め、その呪縛から抜け出せない部分があると感じた。

コソボについてはJapanTimesの英語のコラムに書いたので、時間のある方はご一読願いたい。いずれにせよ、バルカン半島が一度や二度の出張で理解できるほど単純な地域でないことを実感した。これが今回の最大の収穫だ。今後も、少なくともセルビア、ボスニア、アルバニアには行かないと・・・。世界は広いと改めて実感する。

19日にイランの大統領が訪日する。あまり大きな成果を期待すれば失望するだろうが、イランを巡って何か物事を動かす(またはそのふりをする)こと自体に意味があるとすれば、それなりに大変意味のある会談になるだろう。ここでイランが大きな譲歩をすることはないが、彼らにもホストに恥をかかせない知恵ぐらいはあるからだ。

 

〇 アジア

トルコの有名サッカー選手がウイグル問題で中国をツイッター批判し、中国で大炎上したそうだ。だが、ウイグルに関する各種報道を読めば、イスラム教徒があのような反応を示すのは当然だ。「中国人民の感情を傷つけた」からサッカー試合を放送中止にするより、もっとムスリムの心に響く反論をした方がずっと生産的だと思うのだが。

北朝鮮がまた「新たな実験」を行った。金正恩はもう腹を決めたのだろう。楽観主義者たちが最低限の期待を抱き続ける中、この一年半余り筆者は我慢してきたが、結局北朝鮮はICBMの開発と核弾頭小型化を一貫して継続してきたということだ。来年以降生まれる北東アジアでの新たな戦略環境に日本は対応できるのだろうか。

 

〇 欧州・ロシア

先週のイギリス総選挙では予想以上にジョンソン首相が大勝した。確かに、ジョンソン氏の方がメイ前首相より、大衆迎合というか、大衆扇動が得意なんだなと痛感する。これで英国のEU離脱は決定的になった。心のどこかに、最後は英国民も離脱を撤回するのではないかと淡い期待もあったが、その可能性もなくなったということだ。

それにしても、労働党は惨憺たるもの。ジョンソン首相は、コービン党首のお蔭で勝てたとも言えるだろう。労働党がもう少し中道でまともであったら、結果は随分違っていたかもしれない。この点は、もしかしたら、今の日本にもある程度言えることかも・・・。やはり国の正しい選択には健全な野党を持つことが死活的に重要なのだろう。

▲写真 ジョンソン首相 出典:flickr photo by LeStudio 1.com – 2019

 

〇 中東

イラク、イランに次いでレバノンがまた混乱している。ベイルートでは先週末2日間反政府デモが再燃し、デモ隊と警察が衝突した。10月末には大規模デモの末にハリーリ首相が辞任に追い込まれたが、おっとどっこい、そのハリーリが首相に返り咲くという話が出ているらしい。一体レバノン人は何を考えているのか?

AFPによれば、10月デモのスローガンは「無能で腐敗にまみれた政治体制の全面的な見直し」だったそうだが、もし本当にハリーリ以外に首相候補がいないなら、レバノンという国はとてつもなく深い腐敗と縁故主義の闇から出られない、自己統治能力の欠如した国と国民ということだ。実は似たような国はバルカンにもあるが・・・。

▲写真 ハリーリ首相 出典:ロシア大統領公式サイト

 

〇 南北アメリカ

CNNを見ているとワシントンからの報道はarticle of impeachment(弾劾訴追書とでも訳すのか)案の下院本会議上程が秒読みとなっていることばかり。これに対しホワイトハウスは全面対決モードで戦うつもりらしい。このままだと上院の弾劾裁判でトランプ氏が有罪となる可能性はまずないだろう。

これを来年のトランプ氏敗戦への序曲と見るか、それとも壮大なる時間の無駄と見るかは、見る人によって違うだろう。しかし、筋論で言えば、大統領の交代は大統領選挙で決めるべきであり、それでも勝てないなら、民主党は致命的なほど弱体化しているということだ。今のままではトランプ支持者がトランプを見捨てる可能性は低い

 

〇 インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:コソボ 出典:pixabay


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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