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スポーツ  投稿日:2019/12/23

私のパフォーマンス理論 vol.44 -冬季トレーニング-


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

 

 

【まとめ】

  • 陸上の勝負の8割は冬のトレーニングで決まる
  • 冬期トレーニングでは目的を明確にしておくことがとても重要
  • 冬の目的は、トレーニング量を確保すること、技術を身体に染み込ませることの二点

 

 

陸上競技のシーズンは4-9月で、1-3月に室内陸上や南半球では試合が行われてはいるが、一般的には10-3月は冬期トレーニングが行われる。この冬期トレーニングは競技力向上にとても重要で、陸上の勝負は冬でほぼ決まると言ってもいい。私の感覚では8割は冬のトレーニングで決まると考えていた。夏は残りの2割の調整をする時期だ。

冬期の過ごし方はいろいろある。暖かい地域では、それほど量を積まずにスピードを維持したままどちらかというとウエイトトレーニングを重視していた。また屋外と室内両方を目指す国もあってその場合、ずっとスピードレベルを維持しながら間で数週間少し強化をするというやり方をしていた。走り込むというアイデアがある点で私の知る限りでは、日本とドイツやイギリスが似ているように思う。北海道は室内練習場でスピードを落とさずトレーニングをするので、実は日本型よりフロリダや中南米のトレーニングに似ていると私は考えている。

冬期トレーニングでは目的を明確にしておくことがとても重要だ。技術的にも未熟な高校生であればただ鍛えるということでもいいが、大学生以上になると何らかの目的を持って冬を迎えなければならない。全てのトレーニングはこの目的から逆算して考えられる。目的がなければ冬の間何を頼りに頑張っていいか、成果を測っていいかがわからなくなる。だから、目的をはっきりし、そのために何をするべきかをはっきりする必要がある。

冬の目的は、トレーニング量を確保すること、技術を身体に染み込ませることの二点ある。順に説明する。

まず量だけれども、これは必ずしも本数のことを意味しない。ここでいう量はトレーニング負荷の総量という意味で、仮に質が高ければそれほど本数は必要としない。実際に私の場合も年齢を重ねると冬期トレーニングでも本数が少なくなっていったが、練習量はそれで十分だった。シーズンが始まるとどうしても調整で練習量が確保できなくなるので、冬でためたものを夏に使っていくというイメージだった。日本刀で言えば冬に叩いて強くし、夏に切れ味を研いでいくというイメージをもっていた。

冬期トレーニングの時期は、つい辛い練習に行きがちになる。良いトレーニングは辛さを伴うことが多いのは確かだが、辛ければ良い練習であるとは言えない。辛さは成果の指標ではない。全ては目的とトレーニング負荷によって定義される。特に目的のない冬期トレーニングは、成果を測る指標が辛さ以外なくなってしまうので、どうしても辛い練習を増やしがちになる。そもそもの土台ができていない中学生高校生はこのような発想でも成長できるが、大学生以降辛さだけを指標にした選手はほぼのびとまる。量に限界がきたところで質をあげなければならない。しかし、この質への移行時期には必ず体感的に辛さが減少する。辛さで成長してきた選手はこの質への転換時期に、辛さが減ったイコール練習量が減ったという不安に耐えきれなくなり、また辛い練習に戻っていく。そして、大体同じレベルをぐるぐる回ることになる。

日本の冬期トレーニングは、気温の制限もありスピードレベルを落として量を追わざるを得なくなったのはわかるが、それにしても少しスピードが遅すぎる印象がある。特にミドルスピードの練習を繰り返すことが多いが、これは私の経験上悪影響が多かった。例えば私であれば300mはシーズン中なら33秒ぐらいで走れたが、冬は38-40秒ぐらいを3-5分restにして4本、それを2-3セット行う。こういった練習は体感的にとても辛いので強くなった気がするが、実際にはミドルスピードで何本も繰り返すことに対して強くなっているだけで、一本で勝負が決まる試合時にはあまり使えない強さになった。22,3歳あたりからやめて特に26歳ぐらいからは、ゆったりとした400m以上のエンデュランス系(400mを57秒以上)か、30-50mのダッシュの繰り返しの二つに絞り、中途半端なスピードと距離は全部やめた。

技術の定着は、競技人生の間でおいかけていくような根本的な技術と、もう一方で、翌シーズンで決めた狙いに向けて合わせていくものを定着させるものがある。根本的な技術で言えば、とにかく乗り込むという技術を定着させることが先決だろうと思う。この技術は全ての陸上競技の技術につながっていく。私の場合は立五段飛びや、スキップが感覚を掴みやすかった。この乗り込むがある程度できていくとこれを全身の躍動につなげていく。高跳びであれば上に、短距離であれば前に、投擲であればモノに伝える。

もう一つはその年に狙うべき目的から逆算された技術の習得だ。これは毎年変わっていくものだし、毎年変えたほうがいい。人間の体は順応する性質があるので、毎年同じことを繰り返すと刺激が減っていくことが考えられる。仮に同じものを狙うにしても、いろんな角度からいろんな刺激で自分を揺さぶっていかなければ成長が続いていかない。また毎年冬に目的を絞り込むということは、前シーズンで不足していたものや来シーズンでなりたい姿もまた明確になるということでもある。

この目的をどれだけ明確にできるかで冬期トレーニングの精度が変わる。トレーニングはこの目的の達成のためにあり、それを日々グラウンドに行く前に自分に言い聞かせ、帰りながら振り返ることを繰り返す。そうすることでトレーニングの目的意識も明確になるし、練習効果の測定も主観的ながらそれなりに可能になる。この目的が曖昧な選手は、トレーニングも曖昧になり、練習効果の測定も曖昧で、軌道修正も曖昧になる。来年出したいタイム、勝ちたい試合、それを達成するために現場の自分には何が足りないのか。それを埋めれば本当に目標は達成できるのか。またそれは自分というタイプには習得可能なものなのか。習得にどれだけの労力と時間がかかるのか。これらを自問しながら論理的に筋が通るところまで落とし目的を絞り込んでいく。

冬は日本人の陸上競技者にとっては競技成績の8割を決める重要な時期だったと私は思っている。何より大切なのはこんな選手になりこんな動きをしてみたいというイメージだ。このイメージが自分を奮い立たせ、トレーニングに目的を与えてくれる。

 

トップ画像:Pixabay by stevepb

 


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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