パフォーマンス理論 その19 停滞について
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
【まとめ】
- 停滞状態とはスランプではなく、成長が止まり、パフォーマンスが停滞していることである
- 成長しやすいのは、混沌の状態から秩序に移行する最中
- 停滞を打ち破るには、環境を変えるなどの揺さぶりが必要で、一度ピタリとやめてみることも効果的
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長く競技をやっていると、停滞状態に入ることがある。ここで言う停滞状態は実力が落ち込むスランプとは違い、問題があるわけではないが成長が止まりまさに停滞してしまうことを指している。人によってはこれを安定と呼ぶこともあるのかもしれない。こうした時期が長く続くと自分のモチベーションも低くなる。何をやっていいかわからない状態や、まだ未熟で型が定まっていない状態はこの停滞の定義から外しておく。この停滞状態から抜け出るにはどうすればいいか。
すごく乱暴に分ければ選手やチームの状態は混沌と秩序に分けられる。競技を始めたりチームを組み始めた時は、混沌の状態から始まる。ハードルを飛ぶにしてもどこに力を入れたらいいか、トレーニングをどう計画したらいいか、コーチとどうコミュニケーションをとっていいか、何がポイントかがわからない。そこから少しずつ学んでいき、そして徐々に技能が熟達していく。技能が熟達するとそこには経験と計画が生まれ、秩序が生まれる。今何をしているのか、次に何が起こるのか、何を計画すればいいのかがわかるようになる。そして多くのことが予想の範囲内で行われるようになる。基本的には混沌から秩序の状態に向かうことがパフォーマンスを高める上でよいこととされる。
イメージでいうと砂場で砂山を作りその頂点に水を流し込む。すると水が溢れそれぞれの方向に流れていく。水は右に行ったり左に行ったりまたは溜まり場を作ったりしながら徐々に下に流れていく。しばらくするとその流れが溝を作り、その溝に沿って水が流れるようになる。一度溝ができた山ではよほどのことがない限り流れは変わらなくなる。この初期状態が混沌で、後半が秩序だ。
トレーニング効率で言えば、秩序が高まった状態の方が良い。方向性が定まっていて、次に何をすればいいか、何が起こるのかがわかっているから、無駄がない。混沌状態ではそもそもどちらに向かえばいいのかがわからないので力が分散し無駄が多くなる。ところが、人間の創造性が高まり、成長しやすいのは、混沌の状態から秩序に移行する最中にある。かなり混沌に近い人もいれば、秩序に近い人もいて、人それぞれだが、完全に秩序が保たれた状態で活力が最大化はしない。トレーニング効率を高めようと思えば秩序が望ましいが、個人の生命力ひいては成長を最大化させようと思うと混沌の方が望ましい。
特に競技人生後半は、経験がたまりかなりのことに予測が効くようになる。こういった時にブレイクスルーを起こすためには、自分で自分を驚かせなければならないが、考えてみると自分で自分を驚かせることには矛盾がある。自分で自分をくすぐってもくすぐったく感じないのは自ら意識し、その予想もついているからだ。驚きは自分の知らない何かが潜んでいなければならない。想像の範囲の外に行きたいのだが、自分自身が想像している以上それは自分の範囲を出ることが難しい。
また秩序は一定期間を過ぎれば腐敗する。秩序が生まれ、それが一定期間すぎると、目的のための秩序であることを人は忘れ始め、秩序が保たれることそのものが目的になる。結果として、そのような集団や個人は、変化しにくくなる。環境が変化しないのであればそれでも問題はないのかもしれないが環境は常に変化する。先の例で言えば何度もなんども水を通した溝は強固になり、どのような流し方をしても同じ場所を通そうとしてしまう。私はこのような状態が停滞だとみている。
ではどうすれば停滞は打破できるのか。それには混沌状態に少し引き戻すしかないが、私は揺さぶりが重要だと考えている。スポーツでコーチが果たす役割の一つは、選手が停滞を始める早い段階で相手に揺さぶりをかけまた混沌状態を生み出し引き上げることだ。それが良いことだとは思わないが、スポーツ界に無茶振り文化や、ハラスメント文化があるのは、この揺さぶりによって本人の思う限界から外に引き出そうという効果が狙われているからだと思う。私はコーチがいなかったから自分で自分を揺さぶるしかなかった。先でいう自分で自分を驚かせる難しさを感じていた。
揺さぶるためには、何かを大きく変えることがよかった。私の場合は、場所を変えるか、会う人を変えることがよかった。人間は環境の影響から逃れることはできないので、環境が変わらないまま自分を変え続けるのはその環境自体が大きく変化し続けていない限りは難しい。私は意識したわけではないけれども、結果として4,5年に一度環境を変えていたが、それはなんとなく同じ場所で同じ人とい続けると自分が安心し、そして停滞してくる感じがしたからだ。初めて海外のレースに一人で出た時は、何をしていいかわからなかった。一生懸命適応しようとするその期間に自分が劇的に伸びたと感じている。秩序状態では努力と感じることが、混沌状態では適応と感じられる。適応の方が辛くはあるが、人の創造性を掻き立て、結局成長度合いが大きい。
人はよく自分に合うチームや環境を探したがるが、どのような環境であれ、いやむしろ心地よければ良いほど、停滞はやってくる。幸福感の最大化であれば、自分に合うチームを探すことが望ましいと思うが、自分のパフォーマンス向上を考えるのであれば心地よい場所にいすぎてはならない。または、同じ場所だったとしても自分から自分の環境を揺さぶり続けなければならない。
もう一つ、一度ぴたりとやめてみることも停滞を抜ける上で効果がある。人間はほとんどの時間を習慣の中で生きている。自分で決めているようで、自由に考えているようで、これまでにやってきて体に染み付いている動きや考え方に基づいて生きている。そして習慣を生きている時に、それがただの習慣だとは人は気づかない。だから一度やめてみて全体を眺める必要がある。怪我をした選手が復帰後すぐ高いパフォーマンスを発揮することがあるが、私は強制的に競技から距離を置くことで無駄が省かれ何が本質かが見えるようになるからだと思っている。習慣は強力だが、なんのためにやっているのかを煙に包んでしまうことがある。
停滞は競技を長くやれば避けられない。特に長く組織にいることや、秩序を保つことを是とする日本では、停滞にハマりやすい。停滞は見る人から見れば安定に見えるし、そもそも秩序の中でしか生きたことがない人間は混沌状態で生命が活性化する自分を経験したこともない。かなりこじつけて言えば、私は現在の日本は秩序が高まりすぎているように見える。そして歴史を振り返って日本が伸びてきたのはいつもなんらかの理由で混沌状態に追い込まれた時だったと思う。
個人レベルにできることは、とにかく違うコミュニティに触れておき、自分を落ち着かせないようにすること、そして定期的に距離を取り、習慣から離れてみることだろう。また、停滞とは静かに進行するもので、はっきりと停滞したなと感じる頃には停滞はかなり進んでいる。高倉健さんが、やくざ映画が大人気の頃にこれは続けてはならないと思いやめたと言われているが、停滞は好調状態ですでに進行し始めていることが多い。
秩序自体は悪くない。何かを安定的に生み出し続けるためには混沌より秩序の方が圧倒的に望ましい。特に高校生や大学生ぐらいであれば、チームのメンバーは定期的に入れ替わるので一定の秩序が必要だろうと思う。また安定は人を安心させ幸福感も高める。ただ、トップアスリートの世界のようにある時期の間で頂点にどれだけ近づくのかという競争で言うならば、秩序状態はそこそこの成長は生んでも人を爆発的には成長させない。混沌は苦しい。しかしだからこそ人は成長する。
トップ写真)Pixabay Photo by RemazteredStudio
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。