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.国際  投稿日:2019/12/29

イラン発火点の世界大激動も【2020年を占う・中東】


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・イラン問題、日米間で大きな認識ギャップ。

・米、イランに軍事圧力。テロ抑止と経済制裁実効性高める狙い。

・ロウハニ大統領訪日も、米国主導の制裁に風穴開けることできず。

 

2020年はイランが発火点となり、世界的な大激動となる可能性がある。現在、中東政治における最大の動因はイスラム教シーア派の大国イランとスンニー派の盟主サウジアラビアの対立である。

イランから見れば、自らはトランプ米政権が主導する制裁によって石油輸出が困難になる一方、ペルシャ湾を挟んで対岸に位置するライバルのサウジアラビアからは毎日タンカーで大量の石油が運び出されていく。

単に自国の経済状況が悪化し、国民の不満が高まるのみならず、「敵国」が活況を呈するさまを日々眼前に見せつけられるわけである。経済力の開きは軍事力の開きにもつながる。

イランのファシズム政権が、「ジリ貧よりドカ貧」「死なばもろとも」といった心理状況に傾いていっても不思議はない。

▲写真 ペルシャ湾・アルバスラ石油ターミナルに停泊するタンカー 出典:U.S. DEPT OF DEFENCE

イラン問題については、日米間で大きな認識ギャップがある。トランプ政権は、イランに対し「最大圧力」で臨む姿勢を強めている。旧ソ連国家保安委員会(KGB)のイラン版と言える革命防衛隊の対外工作部門コッズ部隊による破壊活動と共に、ヒズボラ(レバノンが拠点)、フーシ派(イエメンが拠点)はじめシーア派武装集団に資金・武器援助してきたイランは、まさにテロ国家であると同時に「テロの中央銀行」でもある。

トランプ政権は2018年5月、オバマ前政権が推進した2015年イラン核合意から離脱したが、核活動に関する合意内容の不備(あくまで10年間ないし15年間の「時限的制限」であり、「恒久」でも「停止」でもない)もさることながら、資金凍結解除、経済制裁緩和によりイランに潤沢なテロ資金、ミサイル開発資金が流れることになるというのが大きな理由であった。

一方、日本の政治家や「有識者」からは、枕詞のように「親日国家イラン」「イランと伝統的な友好関係をもつ日本」といった言葉が飛び出す。文字通り信じている人も多いようだ。

アメリカの場合、「イラン政府の指示でテロ組織ヒズボラが実行した」(米連邦裁判所判決)1983年の在ベイルート米軍兵舎への自爆攻撃だけでも、海兵隊員に241名の死者を出している。

▲写真 爆発直後に撮影された、煙を噴き上げるベイルート国際空港のアメリカ海兵隊兵舎 出典:パブリックドメイン

2019年5月以降、米国はペルシャ湾周辺への空母打撃群と爆撃部隊の増派を続け、イランへの軍事圧力を強めている。もし革命防衛隊や「イランの息の掛かった」武装勢力が、米国人に死者を出すような攻撃を実行すれば、「スポンサー」たるイランに「圧倒的報復」を加える態勢を確保し、テロを抑止するのが増派の第一目的である。

第二の目的は、経済制裁の徹底である。経済制裁と軍事圧力は一応別物だが、戦雲垂れ込める地域に投資しようという企業はない。軍事圧力には、企業の投資意欲を削ぎ、撤退を促す効果、すなわち経済制裁の実効性を高める効果がある。

アメリカが実行しているのは、イランに関する米国内法を根拠とした「単独制裁」だが、アメリカの場合、国際的制裁と同様の効果を生み出しうるツールを複数持っている。

すなわち、

①イランと取引を続ける企業の米国市場からの締め出し

②米金融市場(ドル取引)からの締め出し

③イランとの取引を隠して米市場に参入した企業・経営者に国際水準を 

   上回る厳しい刑事罰を科す

④上述の軍事圧力を通じた制裁の実効性確保

などである。

いずれも他国企業に、米「単独制裁」に従うことを余儀なくさせるアメリカならではの政策手段と言える。

日本では、「制裁は単独で実施しても効果がない」で話が終わりがちだが、アメリカでは、上記4手段を用いて「単独制裁」をどこまで国際化していくが論点となる。

なお、2018年12月、米国は、中国の通信機器最大手ファーウェイの副会長兼最高財務責任者(CFO)の孟晩舟氏をカナダ当局に依頼し身柄拘束したが、これは上記③の枠組を使ったものであった。すなわち、在香港子会社によるイランとの取引が実態はファーウェイ本体による偽装取引であり、イラン制裁法違反に当たるというものだった。

ファーウェイ副会長は、今後米国に移送され裁判となれば、金融機関への虚偽報告などの罪状を併せ懲役60年超の判決もあり得るという。そのことは被疑者が、米国情報機関の庇護の下での平穏な生活と引き換えに「全てを吐く」司法取引に応じる誘引ともなる。イラン制裁法は中国締め付けの武器にも使われているわけである。

2019年12月20日、イランのロウハニ大統領(最高権力者はアヤトラ・ハメネイ氏であり、ロウハニ氏の実態は秘書室長に近い)が来日した。

▲写真 ロウハニ大統領来日 出典:首相官邸HP

目的は、12月初旬に先行来日したイランの外務次官が語った「日本とイランは経済的パートナー。イランは日本に原油を供給してきたし、日本はイランに技術を提供してきた。同様の関係を継続したい」、すなわち、日本との「伝統的な友好関係」を強調し、米国主導の制裁に風穴を開けることにあったろう。

しかし安倍首相は、外交儀礼的にも内容的にも控え目な対応しかしなかった。イラン政府としては、益々追い詰められたと言える。

イランとサウジの対立が本格的戦争に発展し、ペルシャ湾が相当期間航行不能となった場合、石油の中東依存率が9割近い日本はもとよりだが、約5割の中国も大打撃を受ける。

アメリカの経済的締め付けが「無茶苦茶効いている」(中国分析を専門とするある日本政府高官)中国としては、共産党独裁体制崩壊の引金となるかも知れない。そうなれば中国の子会社というべき北朝鮮の独裁体制も「連鎖倒産」する。イラン情勢からは目が離せない。

トップ写真:ロウハニ大統領と安倍首相 出典:首相官邸HP


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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