急げ「専守防衛」の見直し
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・安倍首相が衆院予算委員会で「専守防衛は純粋に防衛戦略として考えれば大変厳しい」と発言。
・中谷元自民党安全保障調査会長は「懲罰的抑止力」の一環として「策源地攻撃能力」整備が必要と述べた。
・小野寺五典防衛相も、日本は「敵基地攻撃能力」保有を検討する必要がある。と発言。
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安倍首相が2月14日の衆議院予算委員会において、「専守防衛は純粋に防衛戦略として考えれば大変厳しい。…相手からの第一撃を事実上甘受し、国土が戦場になりかねないもの」だからと語った。
▲写真)トランプ大統領との電話会談後、会見する安倍首相 2018年2月14日 出典)総理官邸
産経新聞同19日付の社説は、「歴代首相で、専守防衛の欠陥をここまで認めたのは安倍首相が初めてではないか。極めて妥当な見方だ。政府・与党はこれを機に、専守防衛の問題点を国民に対して積極的に説明すべきである」と主張している。その通りだろう。
もっとも同社説は、
「首相が問題点を認めながら、『専守防衛は憲法の精神にのっとった防衛の基本方針』として堅持すると表明したのは残念だ」 ともしている。これもその通りだろう。
実は、防衛大臣も務めた自民党幹部から、公の場で、より踏み込んだ発言が出ている。
2017年11月23日、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の「北朝鮮危機-日本よ目を醒ませ」と題するシンポジウムにおける、中谷元自民党安全保障調査会長の発言である。中谷氏は、「拒否的抑止力」を越えた「懲罰的抑止力」の一環として策源地攻撃能力の整備が必要だと力説した。
▲写真)シンポジウム「北朝鮮危機-日本よ目を醒ませ」 出典)公益財団法人 国家基本問題研究所ウェブサイト
まず防衛省による定義を見ておこう。「懲罰的抑止とは、耐えがたい打撃を加える威嚇に基づき、敵のコスト計算に働きかけて攻撃を断念させるものであり、拒否的抑止とは、特定の攻撃的行動を物理的に阻止する能力に基づき、敵の目標達成可能性に関する計算に働きかけて攻撃を断念させるものである」となっている。
▲写真)中谷元氏 出典)中谷元公式ウェブサイト
同年3月29日、中谷氏の前任の党安保調査会長として小野寺五典氏(現防衛相)が、「敵基地反撃能力」の保有を政府に提言したが、その際は、あくまで拒否的抑止力の一環という位置づけだった。
▲写真)小野寺五典氏出典)小野寺五典公式ウェブサイト
小野寺氏はこう言う。「発射する前、あるいは発射直後のスピードの遅い時が一番撃ち落としやすい。北朝鮮の領土、領空になるが、そのために必要な装備は持ってよいのではないかというのが党の提言である」。
敵のミサイルを破壊する場所が日本の領域内か敵の領域内かという地理的違いはあるが、コンセプトとしては「特定の攻撃的行動」の「物理的阻止」にとどまる拒否的抑止力というわけである。
小野寺氏はこうも付け加えている。「北朝鮮のミサイルをミサイル防衛で防いだとして、2、3発目を撃たせないために策源地に反撃して無力化することが大変重要だ。今は米軍が敵基地反撃能力を担うが、日本も保有を検討する必要がある。…北朝鮮への対応は災害と同じぐらいの緊急性を持つという問題意識で、政府には速やかな対応を求めたい」。
この提言自体、一歩前進ではあった。防衛相就任以来慎重発言が目立つが、小野寺氏にはもっと議論をリードしてもらいたいところだ。
さて、先に引いた中谷発言は小野寺提言より大きく前に踏み出したものである。現在日本は、敵に「耐えがたい打撃を加える」懲罰的抑止力をアメリカに完全に依存している。しかし、「米国がニューヨークやロサンジェルスを灰にする危険を冒してまで、日本のために応戦してくれるだろうか」という疑問は、北朝鮮の核ミサイル開発の進展や米中相互依存関係の深まりとともに日ごとに大きくなっている。
この疑問を、「アメリカはその都市を灰にする危険を冒しても日本のために応戦して欲しい。日本自身は応戦しないが」と言い換えてみれば、日本の対米期待がいかに過大かつ身勝手なものであることが分かるだろう。
ちなみに2017年11月29日未明に北朝鮮が全米を射程に収める「火星15号」ミサイルの発射実験を行った直後、韓国は、北の指令部を標的とした攻撃ミサイルの実射訓練を行っている。いわば、「ソウルを灰にする危険を冒してもアメリカのために応戦する」気概を示したわけである。米メディアも好意的に報じた。一方日本はというと、例によって「強い抗議」を行ったのみであった。
▲写真)北朝鮮の弾道ミサイル 火星15号 出典) Missile Threat CSIS
韓国はまた、同年12月1日、北の首脳部の除去を任務とする1000人規模の「特殊任務旅団(斬首作戦部隊)」を正式に発足させている。特に北のような、一般国民の命を何とも思わない独裁体制の場合、独裁者個人に対する懲罰的抑止力をどれだけ示せるかが決定的重要性を持つ。
もちろん、ピョンチャン五輪での擦り寄り姿勢を見ても、文在寅大統領に斬首作戦の発動など期待すべくもない。むしろ、進んで北に取り込まれる風がある。しかし軍レベルの対応を見る限り、韓国は日本より遙かに踏み込んできた。
米有力紙ワシントン・ポストに同年11月20日付で載った、同紙元北京支局長の論説文は、アメリカに対する日本の「病的依存」を指摘し、「日本側は『アメリカがヤリ、日本はタテの役割を果たす』という言い方を好む。さて、戦闘で血にまみれるのはヤリであってタテではない。それは、日本のために死ぬのはアメリカ人だという意味だ」とする、長く日本との連絡調整に当たった海兵隊将校の証言を引いている。
同論説は、「日本は自らのためそして朋友アメリカのため、より多くを為すことが求められている」と結ぶ。リベラル派のポスト紙にこうした意見が載る以上、対外問題でより強硬な米保守派の認識については推して知るべきだろう。日本でも、「独自の懲罰的抑止力保持を」という中谷氏の発言が早く政界の常識となる日が来なければならない。
※トップ写真)ハリス米太平洋軍司令官と安倍首相 出典)首相官邸
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。