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.経済  投稿日:2019/12/30

福井方式「地方兼業」に注目【2020年を占う・地方創生】


出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

【まとめ】

・東京一極集中の問題は解決していない。

・政府、兼業や副業等で地域と関わる「関係人口」増大を狙う。

福井、都心で働く会社員に兼業で働いてもらう人を全国公募。

 

目標が高すぎたのか。それとも、そもそも見通しが甘かったのか。そんな疑問を感じるのが、安倍政権が掲げる地方創生の政策だ。

安倍総理は2014年、この政策を打ち上げた。東京一極集中の問題を解決するとし、初代の地方創生担当大臣には、石破茂氏をあてた。ポスト安倍の最有力候補である石破氏を置き、安倍政権は本気度を見せた。

具体的には東京や神奈川、千葉、埼玉といった東京圏に入ってくる人と出ていく人を同じ数にするという目標を掲げた。つまり、足し引きゼロだ。期限は2020年とした。

来年はこの年を迎える。結果は、全くの思惑外れに終わった。

東京圏に入ってくる人と出ていく人とを比べると、2018年、(その差は)およそ13万6千人にのぼった。2014年に比べ2万6千人増えたのだ。東京圏の人口集中はむしろ進んだことになる。

この間、政府は何もしていなかったのか。いやそうではない。

いろいろ手を打ったが、どれもそれほど結果を残せていない。例えば、本社機能の地方移転。民間企業に対して、本社機能を移せば、法人税などを軽くした。建物の取得額や雇用者の増加数などに応じた軽減策だ。一部企業は実施したが、大きな流れにはならなかった。

鳴り物入りの政府機関の地方移転も、期待外れの結果だった。実際に全面移転するのは、文化庁だけだ。

また、高齢者が元気なうちに、地方移住を促す「日本版CCRC構想」を打ち出した。さらに、地方に移住する人に現金を給付する制度などもつくった。しかし、いずれも小粒で、力不足だった。

地方創生は決定打が見当たらないが、来年度から第2ステージに入る。前述した、東京圏に入ってくる人と出ていく人を同じ数にするという目標自体はそのまま堅持した。高い目標だが、その旗を下ろすと、誤ったメッセージと受け止められるリスクがあるからだ。しかし、やり方については、修正を加えている。

新たな戦略を打ち出している。兼業や副業などで地域と関わる人を増やすものだ。それは「関係人口」という概念で表現される。東京に住みながら、地方で副業する人などを指す。移住する「定住人口」や、観光客などの「交流人口」とは違う“第3の道”だ。

「移住してもらうのは簡単ではないが、現役時代に、地方との接点を持ってもらう。定年後に、その地方への移住なども視野に入れてもらう」(前総務省自治財政局調整課理事官の橘清司氏、福島県庁出向中)。大事なのは、首都圏の“副業”をしたい個人と、地方を結びつけることだ。政府、そして地方自治体は、そのため知恵を絞る。

自治体関係者が刮目しているのは、福井県の試みだ。9月に、都心で働く会社員に兼業で働いてもらう人を全国から公募した。「地方兼業」だ。1-2人の募集枠に、実に421人が応募した。転職サイト運営のビズリーチと提携した政策だ。

結局4人選ばれた。彼らは、未来戦略アドバイザーという肩書で、福井県内で月2回程度勤務する。都道府県が兼業に限定して人材を採用したのは、全国で初めてだ。1回の勤務あたり2万5千円が支払われる。

4人は、福井県の長期ビジョンについて、策定段階から携わる。「ターゲットを絞った広報戦略は公務員の弱い分野。その分野に民間の力を借りるのは、合理的」(前出の橘清司氏)

採用された4人は、それぞれ東京都や神奈川県で広報やマーケティングを経験している。福井の魅力をより多くの人に伝える。それが彼らに課せられたミッションだ。

今回の福井の試みから浮き彫りになることがある。地方で働きたいというニーズが高いことだ。しかし、移住となるとハードルが高い。そこで、「地方兼業」という手段に落ち着いた。こうした人たちの間で、将来移住する人が現れるかもしれない。いわば、「急がば回れ」政策と言えよう。

この「福井方式」は今後、ほかの地域でも追随するだろう。東京在住の人で、地域の自治体、企業の誘いに飛びつく人は少なくないだろう。特技を生かして、生まれ故郷などで貢献する生き方は、新たな時代に合っている。

こうしたやり方は東京一極集中を是正できない、と否定的な意見も多い。「政府機関の地方移転や、企業の本社機能移転をより深堀した方がいい」(政府関係者)という声もある。

しかし、私は政府に過度な期待をかけること自体、おかしいと考える。明治以降続いた中央集権体制を崩すのはそもそも、容易ではない。地方創生は本気でやれば、国のあり方を根本的に変える。決定打がないのが当たり前なのだ。一つ一つは小粒でも、さまざまな政策を総合的に推し進めるしかない

国の政策を批判する前に、重要になるのは、地方の動きだ。福井県のように真っ先に、動いて人材を獲得する。そんな機敏な行政手腕が求められている。国に期待してはいけない。「わがまちを守る」。そんな気概を持って、地方が“弾”を打ち続けることが大事なのだ。

トップ写真:看板を掲げる石破茂氏(左)、安倍首相(中)出典:2014年 首相官邸


この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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