企業版ふるさと納税と首長の力量
出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)
【まとめ】
・「企業版ふるさと納税」、企業の負担割合
・株主の理解を得られる事業を、地方自治が申請できるかが大切。
・首長のフットワークの軽さが地域の未来を決める。
国の制度をどう使うのか。地方自治体の大きな仕事だ。積極的に活用するためには、首長のフットワークの軽さが大事になる。漫然としていては、何も得られない。元官僚がトップだからといって、国の制度を上手に利用できるわけでもない。結局、トップの気合い、やる気が肝要となる。
私は地方自治体を取材して、つくづく実感する。企業版ふるさと納税について、政府は来年度から、より使いやすい仕組みにする方向だ。しかし、ある政府関係者は「国がどれだけ制度を充実されても、地方が動いてくれないと、機能しない」と嘆く。首長がトップセールスで動くところ、動かないところで、明暗が分かれる。
企業版ふるさと納税は、企業が自治体に寄付する制度である。ポイントとなるのは、寄付した企業の税金の負担がどれだけ軽くなるかだ。これまで、寄付額の6割だったが、来年度から9割に広げる案で最終調整している。つまり、企業は「企業版ふるさと納税」で寄付すれば、9割のお金が戻ってくる仕組みとなる。1000万円寄付すれば、900万円返金される。100万円の負担で1000万円寄付したことになる。
▲写真 「企業版ふるさと納税」制度の流れ 出典:首相官邸
企業版ふるさと納税は、2016年度に始まった。個人版と違って、返礼品がない。このため、お得感が見えにくく、伸び悩んでいる。寄付額は2018年度で34億円だ。初年度の4倍以上になったが、個人版のふるさと納税の寄付額は5127億円に上る。ケタはずれに少ないのが現状だ。
政府は今回、「企業版ふるさと納税」で戻ってくるお金の割合を9割にする方向だ。企業が寄付しやすい環境をつくろうとしている。企業は企業版ふるさと納税で寄付することで、地域貢献をアピールできる。また、企業のイメージアップにもつながる。
このところ、企業の社会貢献の重要性が指摘されており、こうした流れも、企業版ふるさと納税の普及に弾みがつく可能性がある。ただ、9割戻ってくるとはいえ、1割負担するのは企業だ。株主と向き合う必要があるため、無駄なお金を出すわけにはいかない。企業の利益になることを説明する必要がある。
それでは、企業が寄付できるのは、自治体のどんな事業か。自治体側が申請し、内閣府が認定した事業が対象となる。具体的には、観光振興や産業振興などだ。
政府は来年度から、自治体が申請しやすくする仕組みも整える。これまでは、国の補助金を受けている事業は、対象外だったが、今後は、寄付の対象として認定を受けられるようになる見通しだ。
つくった制度をより、使いやすくする。「企業版ふるさと納税」に関する国のプロセスは健全だと思う。そこで問われるのは、自治体側の力量だ。企業が株主の理解を得られるような事業を申請できるかどうかが大切になる。
その際、トップの動きが事態を動かす。私が思い出すのは、北海道知事の鈴木直道だ。去年取材した際には、夕張市長だった。鈴木は「企業版ふるさと納税」の制度をつかって、家具大手のニトリから、5億円の寄付をうけた。夕張市は言わずと知れた破たんした自治体だ。まちを縮める「コンパクトシティー」は不可欠だったが、ニトリの寄付は、その拠点施設の整備に充てられる。ニトリは北海道が創業の地だ。
▲写真 夕張市複合施設外観イメージ 出典:首相官邸
鈴木はニトリ会長の似鳥昭雄に直談判し、巨額の寄付が実現した。借金返済に汗をかく鈴木の姿に感銘を受け、似鳥は動いた。「北海道への恩返し」と言ってお金を出した。鈴木はまた、漢方薬のツムラからも3億円の寄付を受けた。こちらは認定こども園に使われる。鈴木は東京までの出張費も自腹。そのフットワークの軽さが、巨額の寄付につながった。
そのほかにも積極的に動く自治体トップはいる。しかし、残念なことに、申請することもなく、音なしの自治体も数多い。財政的に余裕があるのか、それとも、申請作業が面倒なのか。面倒だとすれば、首長、公務員の職務怠慢だ。
私は、国におねだりする手法の首長はもう時代遅れだと、実感する。セールスマンとして、どれだけ動けるかどうか。「熱意をもって窮状を説明する」「頭を下げる」。そんな首長の“汗”こそが地域の未来を決める。
(敬称略)
トップ写真:鈴木直道 出典:flickr photo by Casino Connection
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この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家
1964年富山県高岡市生まれ。
富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。
テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。
その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。
21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。
同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。
同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。