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.国際  投稿日:2019/6/28

習近平訪朝で北の非核化暗雲


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・習近平国家主席、中朝外交樹立70周年に際して北朝鮮訪問。

金正恩、「自主路線」180度「変身」させ再び中国にすり寄り。

北朝鮮、寧辺以外の核関連施設追加提示で制裁段階的解除狙う。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46452でお読みください。】

 

中国の習近平(シーチンピン)国家主席は6月20日、中朝外交樹立70周年に際して北朝鮮の平壌を夫人と共に国賓として訪れ、25万人の平壌市民の出迎えを受けた。

午後には金正恩委員長との会談を行った後、夕方には金正恩委員長主催の歓迎夕食会に出席し、習氏訪朝に合わせて特別に準備されたマスゲーム・芸術公演「不敗の社会主義」を観覧した。21日には「中朝友誼塔」を訪問し花籠を供えた後、金正恩夫妻と昼食を共にするなど一連の行事を終えて帰国した。

▲写真 中朝友誼塔 出典:(stephan)

中国の最高指導者の訪朝は14年ぶり。中国は通商交渉が、北朝鮮は非核化協議が、米国とそれぞれ難航し苦境にある。中朝首脳はお互いの利害から、米国を牽制する必要に迫られ、今回の習近平訪朝が実現したと思われる。

 

■ 中国離れを「売り」にしていた金正恩政権

金正恩政権は、先々代(金日成)、先代(金正日)の「遺訓」を引き継ぎ、発足当初から中国離れを目指し、それを業績にしようとしていた。2012年9月には当時の組織指導部副部長だった朴泰成(パク・テソン、現在は朝鮮労働党副委員長)に「輸入品(中国製品)が多すぎる。国産品に替えろ」と指示した。また2015年12月には公演のために北京に入った「モランボン(牡丹峰)楽団」を、中国側がミサイルを誇示した内容にクレームをつけたとして突然帰国させ、対中「自主性」を誇示したのは記憶に残る事件だった。

▲写真 牡丹峰楽団 出典:牡丹峰楽団(モランボン楽団)bot@moranbongbot

核実験とミサイル発射を繰り返す過程では、中国が米国の主導する対北朝鮮国連安保理制裁に協調しているとして、陰に陽に中国批判を続けた。そして北朝鮮の核保有が中国の国益に反するとの「人民日報」や「環球時報」の論調が強まると、2017年5月3日にはついに朝鮮中央通信論評(キム・チョル名)を通じて、極めて厳しい名指の中国批判を初めて行った。論評のタイトルは「朝中関係の柱を切り倒す無謀な言動をこれ以上してはならない」というもので、その内容には、「中共建国過程で北朝鮮が行った誠心誠意の支援を忘れるな」との強い主張も含まれていた。

この時期、多くの北朝鮮ウォッチャーは、金正恩の「自主路線」で「中朝同盟は解消されるかも」と大きな関心を寄せた。しかし、こうした強烈な「自主路線」からわずか2年、北朝鮮は、180度の「変身」で再び中国にすり寄り、今回朝中蜜月を誇示した。この「変身」は、北朝鮮の国力と地政学的位置から見て予想されたことではあったが、これまでにはない落差の大きさに驚いた人たちは多かったに違いない。

 

■ 対中「自主」から「従属」への路線転換

ではこの「路線転換」の背景には何があったのだろうか?

第一は、文在寅政権との共同による「対米自主外交」の失敗があったと考えられる。それはハノイ会談での失敗で明確となった。

金正恩委員長が当初狙っていたのは、中国の支援を米国の軍事行動に対するけん制にとどめて、文在寅政権との「平和ショー」と南北融和の「民族どうし」で、対米非核化交渉を行うことであった。「段階的同時並行的解決方式」で核保有を維持したまま制裁解除を勝ち取ろうとしたのである。シンガポール米朝首脳会談までは、思惑通り進んだ。

しかし「金正恩委員長は完全な核放棄を決断した」との文政権の対米「二枚舌外交」がバレたことによってこのシナリオは崩れて行く。文在寅政権に対する米国の信用は地に落ち、「ウソ(lie)つき」呼ばわりまでされた。また国際的空気を無視した文在寅の対北朝鮮制裁緩和と大々的経済援助「約束」は、日が経つにつれて不渡りが濃厚となった。

そればかりか、統一戦線部を通じて文在寅政権から得ていたトランプ政権情報も、何の役にも立たなかった。むしろ金正恩の判断を狂わす材料となっただけだ。ハノイ会談当日、文大統領をはじめとした韓国の全閣僚と与党が、「成功」を確信してテレビにかじりついていたことを見ても韓国情報がいかに不正確であり、韓国情報機関がいかに無能であったかが分かる。

韓国情報は、的をはずしていただけでなく、金正恩の権威を大きく傷付ける結果をもたらした。落坦と怒りに震えた金正恩は、金英哲統一戦線部長をはじめとした対南、対米交渉ラインを問責・処罰しただけでなく、返す刀で文在寅に対して「仲介者などと出しゃばったマネをするな」と罵倒した。

第二は、北朝鮮独自の力では、米国の要求に対抗できなくなったことだ。

ハノイ米朝首脳会談での失敗は、金正恩の権威を大きく失墜させた。また経済制裁が長引く状況が明確となり、北朝鮮住民の不安はこれまでになく高まった。北朝鮮経済のマイナス成長が顕著となり、2016年の朝鮮労働党第7回大会で提示した「国家経済発展5カ年戦略」はほぼ実現不可能となった。こうした事態を早急に収拾しなければ、指導部内部の動揺と住民の不満が高まり、金正恩体制は持たなくなる。金正恩は崖っぷちに立たされたのである。

▲写真 第2回米朝首脳会談(ハノイ) 出典:Dan Scavino Jr. @Scavino45

この問題を一気に解決するには、中国からの政治・軍事的支援と経済的支援を受ける方法しかなかった。金正恩は習近平主席を訪朝させ、米朝非核化交渉に中国を積極的に介入させる方針に大転換したのである。これで金正恩の対中「自主路線」はあえなく終焉を迎えることになった。

おりしも習近平体制は、台湾からの攻勢や香港住民の強力な民主化闘争を前にして苦境に陥っていただけでなく、貿易戦争で米国の圧力を受け続けていた。新たな「カード」がどうしても必要となっていた。北朝鮮の「核カード」を利用せざるを得なくなったのだ。中朝の利害は久しぶりに一致した。金正恩体制への支持を習近平政権がこれほど大々的に内外に誇示したのは初めてだ。

 

■ 習近平に対する金正恩の献身ぶり

習近平の平壌滞在期間、金正恩は就寝時間を除いてほぼ密着同行し、6月20日夕方の集団体操観覧後は、習近平より宿泊施設に先に到着して習夫婦を迎えた。この献身ぶりと引き換えに、習近平主席も金正恩に大きなお返しを行いその権威を引きたてた。

習近平は自分に対する平壌市の歓迎行事を金日成と金正日の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿で行えるように承認したのである。これまで北朝鮮と中国の間では数多く高位級代表団の交流があったが、中国の指導者が錦繍山太陽宮殿を訪問し、敬意を表したことはなかった。

▲写真 錦繍山太陽宮殿 出典:Flickr; Mark Scott Johnson

また今回金正恩は、習近平に媚びるために、これまでのタブーを破り、新たに建設した施設を「迎賓館」と命名した。元駐英北朝鮮公使の太永浩氏は次のようにその驚きを語った。

「私は、今回、北朝鮮が新たに建設した招待所を迎賓館と呼んだのを見て驚きました。金日成や金正日時代には事大主義に反対するとして中国や旧ソ連(ロシア)で使用される表現を絶対に使用できないようにしてきましたが、金正恩は今回、習近平の耳障りを良くするために、過去タブーとされていた「迎賓館」という単語を招待所につけました」。

 

■ 困難さ増した米朝非核化交渉、注目されるG20

中国が北朝鮮を積極的に支援し米朝非核化交渉に積極介入してきたことで、今後の米朝非核化交渉は困難が予想される。米朝交渉に中国の利害を絡めてくるからだ。特に長期化が予測される米中貿易交渉が絡むことで複雑化するのは目に見える。

北朝鮮はいま、核廃棄のために先行させなければならない核リストの申告と非核化ロードマップ、非核化の方法などについての議論を後回しにして、ハノイ会談でトランプ大統領が提起した寧辺以外の隠された核物質生産設備を追加提示することで制裁を段階的に解除させようとしている。

G20サミットで習近平主席は、トランプ大統領と文在寅大統領などに北朝鮮のこの案を提示し、寧辺核施設廃棄プラスアルファで対北朝鮮制裁解除を働きかけると思われる。しかし、米国が北朝鮮の核ミサイルをそのままにして、核施設のいくつかを廃棄したからといって制裁を解くようには見えない。

G20でトランプ大統領が習近平主席をコントロールできるのか、もしくは北朝鮮カードを手にした習近平が逆襲に転じるのか、G20サミットは米朝交渉の行方を決める一つの山場となることは間違いない。

トップ写真:北朝鮮マスゲームの様子 出典:Flickr; (stephan)


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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