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.国際  投稿日:2020/2/10

新型ウィルスに怯える金正恩


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

 

 

                 

【まとめ】

・北朝鮮、新型ウィルスで中国人観光客の入国拒否と貿易停止。

・「国家存亡に関わる重大な政治的問題」と位置づけ。

・北朝鮮にとりウィルスの蔓延は政治・経済に破局的影響与える。

 

金正恩体制に異常兆候が次々と現れる中で、今度は新型コロナウイルスまで北朝鮮に浸透し始めている。

 

中国東北3省にも「武漢新型コロナウイルス」の感染が急速に広がる中で、北朝鮮当局は1月27日、北京、瀋陽、丹東など中国国内に駐在する北朝鮮領事館で一斉に「朝鮮入出国査証を発給しない」との告示を出し、北朝鮮領事館は入国ビザの発給を29日から全面的に中断した。

 

貴重な外貨獲得源である中国人観光客の北朝鮮入国も禁止し、中国を通じて入国する全ての外国人に対しては1カ月の隔離措置と健康診断を義務づけた。そして1月28日からは中国との貿易までストップした。

 

貿易額の90%を中国に依存し、生活物資のほとんどを中国から輸入している北朝鮮にとって、貿易まで中断するとなれば、昨年末に打ち出した金正恩の「自力更生」による対米「全面突破戦」はほとんど機能しなくなることは間違いない。

 

米政府系放送のラジオ・フリー・アジア(RFA)は1月29日、平安北道消息筋の話として「28日以降、中国丹東から新義州税関に戻ろうとする貨物トラックの通行が完全に禁止された」「北朝鮮側は中国との貿易を遮断した」とし「2003年に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行したとき以上に深刻な恐怖と緊張感に包まれている」と伝えた。

 

「国家存亡に関わる重大な政治的問題」と非常事態態勢

 

北朝鮮ではいま労働新聞などで連日「わが国に『新型コロナウイルス感染症』が絶対に入らないようにしなければならない」と必死に国民に訴えている。

 

1月29日の労働新聞では「新型コロナウィルス問題」を「国家存亡に関わる重大な政治的問題」と位置づけた。対外宣伝メディア「ネナラ」も前日の28日北朝鮮では「防疫体制を国家非常防疫体制に転換することを宣布した」と報じた。

 

2月1日には朝鮮労働党の方針を伝える労働新聞社説で「新型コロナウイルス感染症を防ぐための事業は、単なる実務事業ではない。それは、革命を守り、人民の生命の安全を守り、われわれ式社会主義の姿を輝かすための大きな政治的事業である」と伝えた。

 

そして、「中央と道、市、郡の非常防疫指揮部に網羅された党と人民政権機関、人民保安、司法検察機関と人民軍の責任幹部は、新型コロナウィルス感染症を防ぐための事業を他のすべての事業に優先させ、ここに総力を集中しなければならない」とし「該当機関は、国境や地上、海上、空中などすべての領域で、新型コロナウイルスの進入路を完全に遮断封鎖しなければならない」とするとともに、「すべての単位で、国境地域に対する出張と休暇を極力制限し、外国人との接触を完全に遮断するようにして、国家非常防疫システムが解除されるまで、国際列車、国際航路運営や観光サービスを禁止し、入国者の隔離と医学的監視対策を厳格に立てばならない」と指示した。

 

この労働新聞の社説を見ても北朝鮮が今回の新型コロナウイルスの侵入をいかに恐れているかがわかる。1990年代中盤に300万人が餓死する事態に至ったときでさえ、飢餓対策よりも核とミサイル開発に専念した北朝鮮が、ここまで新型コロナウィルスを恐れるのは、金正恩の健康不安と関係しているかも知れない。

写真)ピョンヤンの町

出典)Flickr; (stephan)

 

当局は否定するが、すでに「新型コロナウイルス」は侵入

 

北朝鮮当局は1月31日現在、新型コロナウィルスによる感染症は北朝鮮で発生していないと発表している。北朝鮮保健省のソン・インボム局長は2月1日、朝鮮中央テレビのインタビューで「現在、わが国では『新型コロナウイルス感染症』は発生していないが、安心してはならない」と述べた。

 

だが全世界に広まっている中で、北朝鮮で患者が一人も発生していないというのは信じがたいことだ。私が得た内部からの情報では、北朝鮮で新型コロナウイルス感染症患者は発生している。脱北者が運営するユーチューブチャンネルのNKtvでも緊急情報として、中国・丹東の向かい側の都市新義州で患者が発生したと伝えた。その情報によると、新型コロナウイルス保持が疑われる人が452名、新型コロナウイルス保持確定者が 23名で、患者は全員「義州人民病院」に隔離されたとのことだ。この情報がどこまで正確かはわからないが、北朝鮮内部に情報源を持つ他の複数の高位級脱北者も、間違いなく患者が発生していると伝えた。

 

国境周辺の市場はすべて閉鎖、物価は急上昇

 

北朝鮮国内では、人の移動が徹底的に統制され、国境地域の市場はすべて閉鎖されたという。住民は完全に統制された中で、市場(チャンマダン)へも行けず、どうすれば食料を手に入れられるのかと不安をつのらせている。そして閉じ込めるのであれば配給でもしてくれなければ生きていけないではないかと怒りをぶちまけているという。

 

そればかりではない。マスクの価格が暴騰し、マスク一つの値段が米10Kgの値段になっているという。それさえも綿マスクだ。マスクだけでなく食料品を始めとした生活必需品の価格も暴騰しはじめており、価格が決まらない状態とのことだ。

 

しかしいくら統制しても、人々は生きるのに必死なので、密輸までは止めらないのが実情だ。だからこそ北朝鮮当局が国家体制の危機と捉えて立ち向かえと呼びかけているのだろう。 

 

医療と防疫体制がぜい弱なばかりか、住民の栄養状態が良くない北朝鮮で、新型コロナウイルスが蔓延すれば政治・経済に破局的影響が及ぶことは間違いない。いま金正恩体制は新型コロナウィルスに命運が握られていると言っても過言ではない。

 

トップ写真)錦繍山太陽宮殿

出店)Wikimedia Commons; Mehdistt 


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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