新型肺炎、媚中貫くカンボジア
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・中国から巨額経済支援受ける「独裁的親中政権」カンボジア。
・新型肺炎では対中関係を優先し、自国民に隠忍自重を強いる。
・「媚中」フン・セン首相が守るべきは自国民か中国か。
中国湖北省武漢を中心に今や中国全土そして世界各国に感染が拡大して、深刻な懸念が広まっている新型コロナウイルスによる肺炎(新型肺炎)の問題は、東南アジア諸国連合(ASEAN)でもタイやシンガポール、マレーシア、ベトナムなどで次々と感染者が確認されている。
そして各国が中国・武漢に限らず、中国各地からの定期航空便の運航停止や中国人の入国を制限するなど自国民への感染対策をあれこれと打ち出す中、中国との関係悪化を恐れるあまり、国民に隠忍自重を強いている国が一つだけある。それがカンボジアである。
カンボジアはフン・セン政権が中国による巨額の経済援助を背景に野党指導者を逮捕したり、野党支持者や政府に批判的なマスコミ関係者を弾圧したりとASEANの中で「独裁的親中政権」を維持し続け、孤立しているのが実状だ。
ASEAN関連の会議でも、例えば、南シナ海での中国の一方的権益の主張に対し、議長声明などで中国を名指しして批判しようとしても「全会一致」というASEANの原則があるため、カンボジア1国の反対で声明文の内容がトーンダウンしたり直接の名指しを回避したりするなど「中国寄り」の姿勢を一貫して取り続けていることはASEAN内では有名だ。
▲写真 フン・セン首相と李克強首相(2019年11月)出典: フン・セン首相 facebook
■ 心配無用、航空便も変更せず
カンボジアでは2月1日現在で中国人1人が新型肺炎に感染したことが確認されている。
首都プノンペンや南部港湾都市シアヌークビルやコンポンソム、世界遺産「アンコールワット」に近いシェムリアップは中国人観光客、中国人労働者が溢れている。
カンボジア政府が2019年12月に発表した統計によると、2019年1月~10月にカンボジアを訪問した中国人は前年比約25%増の204万人で海外からの訪問者の実に40%を占めている。
そうした中国との深く密接な関係に配慮したためか、フン・セン首相は新型肺炎の感染者がでたことに関連して1月30日に記者団に対し「国民は心配することは何もない。なぜならカンボジア人は一人も感染しておらず、死亡もしていないからだ。むしろ新型肺炎に対する恐怖を抱くことこそ病である」と言ってのけたのだ。
▲写真 新型コロナウイルス 出典: 国立感染症研究所ホームページ
さらにASEAN各国が中国・武漢との定期航空便を中国側の措置で運航停止としているが、フィリピンやシンガポールはさらに中国各地からの定期便の乗り入れ制限や禁止、中国人の入国制限などを打ち出すなどさらに厳しい措置を講じている。しかし、カンボジアはこれまでのところ航空便に関しては一切そうした追加の措置を講じていない。
これも「我々カンボジアの経済を困難に陥れ、中国との良好な関係も壊してしまうことになるので(武漢以外との)定期航空便を見直す必要などない。むしろそうした対抗措置は中国を差別することになる」とのフン・セン首相の強い意向を反映しているという。
要するに中国の顔色を伺い、中国指導部を忖度する「媚中外交」に徹していることがよくわかるし、フン・セン首相も堂々とそうした姿勢を示しているのだ。
■ 中国の外交官、学生は現地に留まれ
さらにフン・セン首相が出した驚くべき措置というのが、日本をはじめ各国が武漢とその周辺に残る自国民が中国側の交通遮断で脱出できない状態のためチャーター機などで脱出を支援する中、カンボジア政府はそうした「救援機」を出さないことを決定したことだ。
その理由についてもフン・セン首相は「武漢など中国にいるカンボジア人は外交官も学生も帰国を望むな。現地に留まり、中国人との連帯を示すようにしてほしい。特に学生は帰国などしたら奨学金などが打ち切られる可能性も考えられるだけに余計なことは考えるな」とすでに北京から帰国したカンボジア人学生を間接的に批判までしてみせたのだ。
もうこうなると何をかいわんや、であるが、フン・セン首相はASEANや日米韓などが次々と自国民保護と感染拡大阻止の方策を講じているのがよほど気にいらないようで、30日の会見の席で首相自身と居並ぶ政府関係者のだれもがマスクを着用していないことについて次のように言い放ったというのだ。「私がマスクを必要としていない以上、誰もマスクなど必要ないのだ」。
▲写真 中国・武漢で患者のケアにあたる医療従事者(20201月24日)出典: 中国政府ホームページ
■ 中国人の犯罪増加で強制送還も
カンボジアでインフラ整備や土木工事さらにオンラインカジノやコールセンターなどに従事する中国人労働者の多くは、例えばシアヌークビルのように中国人が経営するホテル、宿泊施設に泊まり、中国人コックが調理する中華料理のレストランで食事をして、中国人が経営するカジノやカラオケで楽しむという生活リズムのため、現地にはほとんど金を落とさずカンボジア人からは不評を買っている。
さらに飲酒運転での交通事故、中国人同士のケンカや誘拐、銃撃戦まで発生しており、カンボジア警察も手を焼いているのが実状といわれている。
カンボジア入国管理当局のまとめによると2019年の1月から9月までに中国人906人が違法行為で検挙され、中国へ強制送還されているという。
こうした現実があるにも関わらず、フン・セン首相率いるカンボジア政府は新型肺炎という稀有の脅威に直面してもなお「媚中外交」を続けようとしているのだ。フン・セン首相にとって守るべきは自国の国民なのかそれとも中国なのだろうか。
トップ写真:カンボジアのフン・セン首相 出典:Prime Minister of Canbodia
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。