赤字必至の東京五輪にもの申す
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
【まとめ】
・五輪施設は維持費上回る収益は絶望的。赤字続く「負動産」に。
・五輪は「営利運動会」。IOC、競技団体等が費用自前調達が筋。
・3週間で血税3兆円。アスリートは疑問を感じるべき。
オリンピック選手のアスリートたちには品性や恥という概念が欠如してはいないか。オリンピックに参加するアスリートたちは、自分たちのわずか3週間の期間のオリンピックのプレイに3兆円もの公費を費やすことに疑問を感じないか。
今年開催される東京オリンピックは当初投入される税金は都と国を合わせても7千億円程度と説明されてきた。国立競技場も既存のものを改修して安く上げるとしてきた。ところが、開催が決定した後はあれよ、あれよという間に投入される血税は3兆円以上に膨れ上がった。国立競技場も新築が決まった。
当時オリンピックを招致した猪瀬直樹知事はその後徳洲会グループからの不透明な借入金問題を追及されて任期1年余りで辞任した。これはメディアが収賄と報道したが、実際には選挙資金収支報告書帳簿記載漏れにすぎなかった。猪瀬氏は道路公団改革では政府委員として辣腕をふるった人物であり、彼が都知事では好きなようにカネを使えないと思った勢力が、彼の失脚を狙った可能性があると見るのは穿ち過ぎだろうか。だが猪瀬知事失脚後にオリンピック費用は大きく膨らんだのは事実だ。
▲写真 新国立競技場 出典: Wikipedia Photo/Map: Arne Müseler / www.arne-mueseler.com / CC-BY-SA-3.0
3兆円の国費、東京都の予算を投じてもそれなりのリターンがあればまだいい。だが高度成長期で、まだインフラも整っておらず、人口増加が見込まれた半世紀前の東京オリンピックとは環境が大きくことなる。投資のほとんどは回収できないどころか、今後延々と維持費がかかる負のレガシー、「負動産」となるだろう。
新国立競技場の収容人数は旧国立競技場より1万4千人多い6万8千人で、最大8万人まで対応している。だがオリンピック以降にこのような大きな会場を使用する競技大会やイベントは少ないだろう。しかも経費節減で屋根も冷房もないので、夏場や雨天時の稼働率は大幅に下がる。維持費を上回る収益をあげるのは絶望的だ。恐らくは毎年赤字を垂れ流すお荷物になるだろう。
IOC(国際オリンピック委員会)は非営利団体とはなっているが、実態は単に営利目的の民間任意団体である興行師に過ぎない。メンバーはオリンピック貴族とも呼ばれている。しかもいつも汚職や賄賂の噂がつきまとう。今回の東京大会でも、竹田氏が理事長を務めていた東京オリンピック招致委員会が、200万ドル以上を支払ってオリンピック招致を勝ち取ったとする疑惑を一部海外メディアが報じており、フランスの検察当局はこの疑惑をめぐって竹田氏を調べている。
このような「営利運動会」に3兆円もの血税を投入するのは犯罪的だといってよいだろう。しかも医師などの専門家を含めた多くのボランティアは無料奉仕どころか、宿泊費などの実費も支払われない。アスリートたちはそれが当然であると思っているのか。
参加するアスリートは開催費用が高騰しても彼らは反対や抗議の声を上げていない。人様の巨額の税金で遊ぶのを当然、あるいはそれに3兆円の値打ちがあるとでも思っているのだろうか。
我が国は国の借金が1千兆円を超えている。このため国家予算の四分の一は国債の利払いで毎年消えている。高齢化、少子化で人口は減少しており、GDPの拡大や税収増を見込むことは難しい。
財政に余裕がなく、個人や企業の社会保障費の負担も増え、国民の所得も減っている。一部の富裕層は資産を増やしているが、大多数の国民の手取り所得は安倍政権になってからも減っている。だがその環境でも税収を確保するために消費増税を実施し、社会保障費の個人負担も増やさなければなければならなかった。また多くの国民が貧困や奨学金の返済など苦しんでいる。我が国に「運動会」で3兆円も使うような余裕はない。
3兆円もカネがあるならば、「運動会」よりも、貧困対策、職業訓練や雇用対策、育児、介護、自殺対策、過疎対策、社会保障や国債償還の原資などにあてて、国民の負担を減らし、福祉の向上に使うべきだろう。
また橋梁やトンネル、道路など高度成長期に造られた多くの社会インフラの補修や改修にも多額の費用がかかるが、これらにも充てることができるだろう。あるいは将来の飯の種になるよう科学技術、特に基礎開発に投資すべきだろう。少なくとも「運動会」で散財するよりはまともな使い方だ。
政府は国威発揚のためにスポーツ庁まで作って、多額の予算を投じて金メダルを増やす気満々だ。だが金メダルをとって国威発揚しても腹は膨れない。オリンピックで勝って国威発揚というのはナチスドイツや北朝鮮などの独裁国家と同じ発想である。安っぽい愛国心を煽ることは成熟した民主国家のやることではない。
国はスポーツの振興が国民の健康に役立つというが嘘である。オリンピックに出るようなアスリートたちは体を酷使するので故障だらけだ。女子マラソン選手などは生理が止まったり、老婆のような骨粗鬆症になっている。趣味でやるテニスやゴルフのレベルでも肘や腰を痛めているプレヤーは多い。健康のためなら、ちんたら水泳やったりラジオ体操やったりするほうがよほどいい。
更には中学高校のクラブ活動、特に運動部は教員にブラック労働を強いており、教師の本来の業務を圧迫している。百害あって一利なしである。
そもそも近代オリンピックは古代グレコ・ローマン文化に対する歪んだ片思いだ。欧州人は自分たちをグレコ・ローマン文化の継承者とし、近代オリンピックはその文脈で始まった。だがそれは事実ではない。
▲写真 ギリシャでの採火式 出典:StockSnap / Pixabay
現代の欧米文明は古代ギリシャやローマとは文化的に断絶している。その文化や知識はルネッサンス時代にアラブ世界に残された文献などを通じて欧州に還流された。
断絶の具体的な一例を挙げれば白亜の大理石のコリント様式などの建造物や彫刻である。欧米の公共建築は白亜のコリント建築が多用されている。だがオリジナルのギリシャのものは本来豊かな色彩で塗られていた。現在のアテネのパルテノン神殿などが「白亜」なのは、それが「廃墟」だからである。
我が国の法隆寺や出雲大社のように延々と継続してきたものではない。だから欧米人は白亜が正しいと誤解したのだ。あろうことか、かつて大英博物館などは遺跡から発掘した石像などの塗装の残りをきれいに取り除いていた。
つまり近代オリンピックは自分たちをグレコ・ローマン文化の正統な後継者と思い込みたい欧州人の誤った思いこみから始まったものだった。そもそも古代のオリンピックは競争ややり投げ、格闘技などの軍事技術を神に奉納する「軍事の祭典」であった。
それでかつての近代オリンピックはアマチュアの交流という大義名分があった。だがロサンゼルス大会以降はプロ化し、また商業化が甚だしい。IOCや政治家、広告代理店や、放送業者、建設業者などが儲けるシステムとなっている。だから筆者は「利権運動会」と呼んでいるのだ。本来単なる国際的な競技大会であればこれだけ巨額な開催費用は必要ないはずだ。パラリンピックも同じである。
営利興行であるならばIOCや、競技団体、アスリートたちが費用を自分たちで集めるべきで、血税に頼るべきではない。プロ野球にしてもプロレスにしてもそうやって自力で興行している。
たかだか3週間の「運動会」に本来は国民の福祉に使われるべき3兆円もの血税を食い散らかし、浪費することに疑問を感じない、あるいは自分たちは競技をやっているだけで、金勘定は興味ないというのならば、アスリートたちは社会性も知性も品性もない恥知らずな人種、ということになる。
トップ画像:オリンピック(イメージ)出典: Gerhard Gellinger / Pixabay
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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