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.国際  投稿日:2020/3/2

米の対中軍事戦略が明らかに


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・米中関係の最重要部分は防衛面。

・トランプ氏は米中の軍事衝突という最悪事態にまで備え。

・中国が画期的な規模と速度で「軍事力近代化」を進める。

 

アメリカのトランプ政権の中国に対する基本政策はどうなるのか。貿易面では米中両国間に第一段階の合意が成立し、当面の険悪きわまる関税戦争は一段落したかにもみえる。一方、中国側でのコロナウイルスの爆発的な感染拡大がアメリカにも及んで、防疫に関してある面での米中協力という部分も生じてきた。

では米中関係はいったいどうなるのか。

この問いへの正確な答えを得るには、やはり両国の複雑多岐にわたる関係のなかでも軍事面をみることが重要である。アメリカと中国と、おたがいに相手を軍事面ではどうみて、どんな備えをしているのか。このあたりに米中関係の最重要部分が横たわっているといえよう。

軍事というのはなんといっても、一国の安全保障にとって最重要な要素なのである。自分の国を最悪の危機や脅威に対してどう防衛するのか、が軍事戦略の中枢部分なのだ。

ではアメリカと中国の軍事面での相互の認識や現実の防衛の構えはどうなっているのか。アメリカ側でのこの点の有力な手がかりとなる証言が明らかとなった。

トランプ政権はなお中国を危険な存在として認識し、中国との対決が戦争にまで発展する可能性をも考え、対中戦争に確実に勝つ態勢を構築している。そんな有事の発火点としては尖閣諸島での米中衝突も予測される――

トランプ政権のこんな対中軍事戦略の骨子が明らかにされたのだ。

トランプ政権国防総省の中国担当責任者による議会証言だった。その証言によってアメリカ側の思考や行動がきわめて具体的に明らかにされたのである。その内容をまずごく簡単にまとめれば、「アメリカは中国の最近の動向をアメリカやアメリカ主導の国際秩序破壊への危険な前進とみて、米中の軍事衝突という最悪事態にまで備えている」ということになる。

トランプ政権のチャド・スブラジア国防次官補代理(中国担当)は2月20日、議会の諮問機関の米中経済安保調査委員会の公聴会で証言して、同政権の中国に対する軍事政策の実態を明らかにした。

▲写真 チャド・スブラジア国防次官補代理 出典:U.S. Department of Defense

この公聴会は「中国の軍事力遠隔投入とアメリカの国益」と題されていた。中国が画期的な規模と速度で進める「軍事力近代化」の実態や意図をまず説明し、ではアメリカ側はそれにどう対応するかについて、トランプ政権の代表や民間の専門家たちの見解を聞くことが目的とする公聴会だった。

スプラジア同代理は中国の軍事動向についてまず以下のような基本点をあげて特徴づけた。

・中国は大規模な軍拡を一貫して続け、公表する国防費だけでも1999年には280億ドルだったのが2019年には1770億ドルと、驚異的に増えた。しかも中国は国防費に含まない軍事支出も多く、現実の国防費は公表分の数倍ともみられる。

・中国の実際の軍事力は要員200万、海軍ではまず世界最大の規模、各種の弾道、巡航ミサイル、最新鋭戦闘機、サイバー、宇宙での戦闘能力の増強など、近代史でも最も野心的な軍拡を達成してきた。

▲写真 中国海軍 出典:dvids

・中国はとくに習近平体制下で軍民融合の基本方針の下、軍事力を「中国の偉大な復興」という国策のために建国から100年の2049年にはマルクス・レーニン主義的の統治を堅固にし、国際的にも主導権発揮のための最大手段とすることを目指している。

・中国は軍事力増強の目的の一つにインド太平洋地域での覇権の確立をも含め、とくに台湾の併合を目指す。そのためには台湾を軍事制覇するだけでなく、米軍の介入を抑止する能力の確保を目的とする。さらに一帯一路の安全確保のために遠距離への軍事力投入の能力を高めている。

・中国は軍事力によりインド太平洋でアメリカを後退させ、軍事、政治、経済の各面で影響力を強めて、地元の諸国の主権を弱め、経済的な略奪を進めていくことを目的とする。

・中国がアメリカと軍事的な衝突を起こしやすい発火点は台湾海峡、南シナ海、尖閣諸島、さらには朝鮮半島である。中国軍はこれら地域で米軍の兵力遠隔投入能力を減らし、自軍の増強を続けて、対米抑止力を高めようとしている。

スプラジア次官補代理は以上のように中国軍の戦略上の目的や動向について証言するとともに、中国側のそうした動きはアメリカ側としては受け入れらないとして、その阻止のための米軍の対応策について語った。その要点は以下だった。

・第一には米軍は最新鋭の高度技術を導入しての軍事能力の大幅向上に努め、中国との将来の戦争に勝利する能力を確保する。

・第二にはインド太平洋地域の同盟諸国との軍事的連帯を強化する。兵器の互換性の向上、合同演習の強化などにより、「自由で開かれたインド太平洋」の保持を目指す。

・第三には中国側が野心的な覇権の拡大を軍事的に遂行せず、現状の均衡保持へと傾く場合には、アメリカ側も同様に現状維持の軍事政策を保し、偶発的な軍事衝突の危険を低くする信頼醸成措置などをとる。

・第四には、しかし中国側がいまのように覇権拡大を続ける限り、前記の台湾海峡や尖閣諸島などでの実際の戦闘開始をも含めて、米軍は実戦能力の高い軍事態勢を保ち、中国側と戦闘をして勝利する能力を保持する。そうした態勢と能力の保持が実際の戦争防止に有効な抑止力となる。

このようにトランプ政権としては中国の大軍拡とその背後の覇権拡大の野望に対して政策として正面から反対し、その野望の達成を抑えることを基本戦略としているわけである。そして最悪の場合には中国との全面戦争をも想定して、その事態に備え、実際の戦闘で勝利を得る能力を保持するわけだ。

その「戦争に勝利する能力の保持」こそが戦争を防ぐ最善の方法になるというのがトランプ政権の国家防衛戦略でも明記する軍事方針の基本である。その基本を中国に対して改めて明確にしたのが今回のスブラジア国防次官補代理の証言だった。

アメリカ政府のこうした対中軍事政策は日本としても正確に認識しておくことが不可欠である。

トップ写真:ドナルド・トランプ大統領と米中央司令官の司令官ジョセフ・ヴォテル将軍 出典:U.S. Central Command


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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