WHO北朝鮮に感染対策資金
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・WHO、北朝鮮に「中央緊急対応基金」約1億円を支給。
・北朝鮮政府、国内に新型コロナウイルス感染者ゼロと宣言している。
・WHOの措置に対し、関係者たちによる様々な推測が飛び交う。
いまの世界では新型コロナウイルスに感染されていない国はきわめて珍しくなった。北朝鮮がそんな国の一つのはずである。あえて「はずである」と書くのは、実際にそうなのかどうか、疑問があるからだ。ただし北朝鮮政府が公式に自国内にはコロナウイルスの感染者は1人もいない、と宣言していることはまちがいない。
ところがその北朝鮮に対して世界保健機関(WHO)から合計90万ドル(約1億円)の新型コロナウイルス対策費が支給されたことが判明した。
この資金はもともとは国連の人道支援機関からWHOに支給され、さらにWHOから北朝鮮政府に「コロナウイルス感染と戦う資金」として与えられた。複数のアメリカや韓国の報道機関が国連の発表を基にこの動きを報道した。
▲画像 WHO国際会議の様子 出典:flickr: UNclimatechange
それらの報道によると、この資金は国連の「中央緊急対応基金」と呼ばれる。同基金は自然災害や疫病災害などの人道上の危機への緊急の救済を目的とした財政援助資金とされる。この基金を管理するのは国連のなかの人道問題調整事務所(OCHA)という機関だという。
同調整事務所の発表では、この90万ドルの資金は2月末に北朝鮮政府に与えられた。その名目は「新型コロナウイルス感染と戦うための資金」とされており、普通に解釈すれば、北朝鮮の国内にすでにコロナウイルスの感染が発生し、その患者の治療や感染の拡大の抑止のために使う資金と受け取れる。
ところが北朝鮮政府はこれまで一貫して自国内にはコロナウイルスは侵入しておらず、感染者も一人も出ていないと宣言してきた。実際に中国との国境、韓国との境界線を厳重に封鎖する措置などをとってきたという。
国連の人道問題調整事務所はこの基金の目的についてさらに「グローバルに広がった新型コロナウイルスをそれぞれの国内で封じこめるための努力への財政支援」と述べており、その供与先のリストは北朝鮮以外はみなすでに感染者を出した諸国だった。
WHOがそれでも北朝鮮に資金を与えたことの動機については多様な観測がある。
WHOまたは国連が北朝鮮を政治的な理由で特別扱いしたのか、あるいは北朝鮮国内には政府の言明とは異なり、すでに感染者が出たとみなしたのか、さらには北朝鮮での国内感染の始まりが切迫したと判断したのか、米国や韓国の関係者たちはさまざま推測を述べている。
しかし同時にこれら関係者たちはWHOが公式には感染者がゼロだと宣言する国にあえて感染国なみの財政援助をすることはとにかく奇異だとして、WHOのテドロス事務局長の政治判断を批判する向きもある。
いずれにせよ、北朝鮮政府の新型コロナウイルスへの対応は改めて国際的な関心を集めることになったようだ。
トップ画像:非武装地帯で警備にあたる北朝鮮兵士 出典:U.S. Army, Installation Management Command, Korea Region, Public Affairs Office Photo by Edward N. Johnson
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。