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.国際  投稿日:2020/4/17

トランプvsバイデン経済再開計画


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

 【まとめ】

・崩壊危機の米経済再開への指針をトランプとバイデンが策定。

・各案は共通点多く、危機時にイデオロギー差ないのは興味深い。

・治療法ない今、経済が再びロックダウンに逆戻りする可能性も。

 

新型コロナウイルスの感染確認者数が現地時間の4月15日現在で約64万人、死者は2万8500人近く(ジョンズ・ホプキンズ大学調べ)と、文字通り全世界の新型肺炎の中心地となった米国。

感染爆発や痛ましい人命の喪失が続くが、米経済のロックダウンによる失業者の急増や企業の倒産は待ったなしの瀬戸際だ。すでに景気後退は始まっており、閉鎖が長引くほど米国人の消費力は衰え、会社の雇用意欲や投資計画も萎んでしまう。米経済の70%は消費で成り立っているため、このままでは経済が崩壊してしまう。

こうしたなか、トランプ政権や民主党で大統領候補に選出されることが確実視されるジョー・バイデン前副大統領が相次いで経済の再開に向けた指針を策定し、注目を浴びている。どのような考えをもって、どのような手順で米国を再始動させるのか。徹底比較する。

 

・簡潔で重点を押さえたバイデン案

バイデン候補は4月12日付の米『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄稿し、「どのように米国を安全に再始動させるのか、トランプ政権は明確な道筋を示していない」と指摘。簡潔に基本方針を示した。

▲写真 ジョー・バイデン前副大統領

出典:flickr; Gage Skidmore

まず、新規感染の数を抑えることが重要だとバイデン氏は説く。これには、社会的距離政策の維持と、前線に立つ医療従事者に必要な器具や防御具を優先して届けることが挙げられる。バイデン候補は、この面でトランプ大統領がきちんと仕事をしていないと述べ、「言い訳をやめるべきだ」とする。

第2に、感染検査をより広範に行い、感染者追跡をプライバシーに配慮しながら行うことが肝要だとバイデン氏は強調する。さらに、免疫確認のための抗体検査も併せて、複数回のテストを行うべきだという。この面においてもトランプ政権が数か月の時間を浪費したうえ、実行力に欠けると同氏は批判する。

第3に、感染爆発の再発に対応できるよう、医療機関を強化し備えを万端にすることが経済再始動には不可欠だとバイデン候補は言う。これらの手順が確実に実行されれば、企業活動を再開させ、より多くの人々を職場に戻せるとの見解だ。

さらにバイデン候補は、「もし私が大統領であれば、各産業からトップの専門家を招集して話し合い、どのように安全に再開してゆくべきか知恵を拝借する。また、連邦労働安全衛生局をして各分野の労働組合や従業員団体と協力させ、職場の感染防止に関する対策を立案させる」と主張した。

これらのポイントはいずれも現時点では正しい指針であり、トランプ政権からの反論はない。

 

・より実務的かつ詳細なトランプ案

このように、11月に迫った大統領選挙で「トランプ・キラー」とされる対立候補のバイデン氏が正鵠を得た案を示したことで、トランプ大統領は何らかの応答を行う必要に迫られた。

▲写真 トランプ大統領(2020年4月8日)

出典: flickr; The White House (Public domain)

まず、「専門家との擦り合わせ」に相当するものとして矢継ぎ早に金融機関の大物たちとテレビ会議を行う一方で、テック大手フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)をはじめ、アップルのティム・クックCEO、テスラのイーロン・マスクCEOなどを経済再開協議会のメンバーに加えたと発表した。

しかし、バイデン候補の提言する労働者の代表との話し合いが後回しになっているところが、トランプ氏らしいところだ。

▲写真 トランプ政権はマーク・ザッカーバーグ氏(左)、ティム・クック氏(中)、イーロン・マスク氏(右)らを経済再開協議会メンバーにした。

出典:<マーク・ザッカーバーグ>

Anthony Quintano from Honolulu, HI, United States

<ティム・クック>

 Valery Marchive (LeMagIT) / RanZag (talk)

<イーロン・マスク>

Steve Jurvetson

一方で、トランプ政権が示す米経済の再始動の指針はバイデン案より実務的かつ詳細である。米『ワシントン・ポスト』紙が4月14日に政権内で米疾病対策センター(CDC)や連邦緊急事態管理庁(FEMA)が中心となって検討される指針の10ページにわたる草案をすっぱ抜いたが、基本的な考え方においてバイデン案とは相違がない。

さらに興味深いことに、トランプ大統領と対立する世界保健機関(WHO)が公開した経済再開指針とも共通点が多い。民主党であれ共和党であれ、きちんとした専門家の意見を求めて作成したガイドラインが似通ったものになるのは、ある意味当然のことだ。

トランプ案は、米国を感染報告のない低感染地域、感染が広まった、あるいは感染爆発から立ち直った中感染地域、感染爆発が現在進行形で進む高感染地域に分け、低感染地域から順次経済活動を再開することを基本としている。

諸施設の優先順位としては、働く親の都合を考慮した上で保育施設や小学校、中学校、サマーキャンプ学童施設などをまずオープンする。感染が再び増加しないよう監視を行うとともに、手洗いやマスク着用および社会的距離政策が続行される。

再始動は、感染が顕著に低くなったとの確信が得られるまでは実行されず、感染再増加を厳しく監視し、医療機関の病床数・スタッフ・器具や装備を強化して感染再爆発に備える。

5月1日までは第1段階として国民に対する社会的距離政策の周知徹底期間、および検査期間とする。5月15日までは第2段階として医療機関の強化と教育機関や企業のサポートを行い、再開に備える。そして、「5月1日以前ではない」と明記される第3段階の再開へとつなげる。経済再開を急ぐ大統領の意向を汲みつつも、第2段階がすでに5月中旬までの時間を必要とすることから、現実的には早くても5月15日以降、安全性を選べば6月1日以降が想定されているようだ。

実際の再開は大統領や連邦政府ではなく各州政府の命令によることが、このトランプ政権の内部文書には明記されており、感染制御と医療キャパシティの確保に確信が持てた時点での再始動となる。この段階においても感染を疑われる者、医療従事者、高齢者や持病を持つ人々などの感染・抗体検査が優先される。

▲写真 CDCのロバート・レッドフィールド局長

出典:Centers for Disease Control and Prevention (Public domain)

再開を州単位で行うか否かについては、CDCのロバート・レッドフィールド局長がよりきめ細やかな対応が可能である「市郡単位で徐々に再開」という方策を提言している。またCDC48日に、医療機関、食料品店や警察など市民生活に不可欠な組織の必須業務に従事する者に限って社会活動の継続に支障が出ないように規制緩和を行う新たな指針を発表しており、再開に向けた手は着々とうたれている。

それによれば、家族がコロナに感染したり、感染者と1.8メートル以内で接触した者であっても、無症状であれば勤務が認められる。ただし、職場に入る前に体温を測り、雇用者の監督下で症状の有無を定期的に確認し、感染者との接触後14日間はマスクを着用することが条件で、本人に症状が出れば勤務続行はその時点で認められない。雇用者側は職場の消毒の頻度を上げることも求められる。

このようにして従来の2週間にわたる自宅待機を緩和し、必須業務要員の確保を狙う。人手不足の解消という形をとりつつも、感染爆発が和らげばこの緩和された基準が一般の従業員や学生・生徒・児童などにも徐々に適用される可能性があり、経済再開のひとつの方向性を示すものとして注目されている。

このように、経済再開に関する民主党バイデン案、共和党トランプ案、そしてWHO案には底流に専門家の練られた方針が貫かれており、パンデミック危機時に当たってはイデオロギーの差がほとんど見られなくなるのは興味深いところだ。

ただ、この3案が「切り札」として示す感染検査や抗体検査は正確性や一貫性に疑問がつけられており、コロナウイルスの変異や病原性の増大、一部元感染者の免疫不形成、症状再発や再感染に対する確実な答えとはなっていない。そのため、せっかく再開した経済が再びロックダウンに逆戻りする可能性もある。ワクチンや治療法が確立されていない今は、人間ではなくウイルスが米経済の行方を支配しているといえよう。

 

▲トップ写真 Lockdown(都市封鎖)イメージ

出典: flickr; Ivan Radic

 

 


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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