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.国際  投稿日:2020/11/14

トランプ氏、退任後に訴追?


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

【まとめ】

・トランプ氏、バイデン次期政権移行チームへの資料提供を拒否。

・トランプ氏への更なる追求は、米民主主義存続に重要な影響もたらす。

・米国は民主主義を維持発展させるか、岐路に立っている。

米大統領選挙で7100万票と史上最多レベルの一般票を獲得したものの、400万票余りの差をつけられて、民主党のジョー・バイデン次期大統領(77)に敗北を喫した共和党のドナルド・トランプ大統領(74)。法廷闘争を各州で仕掛けるも、次々と敗訴して旗色は悪い。

民意や司法の判断が明らかになってもトランプ大統領は潔く負けを認めず、2期目に突入するヤル気満々ではあるが、いずれ平和的な権力移譲に合意するか、それまで警護してくれたシークレットサービスによって2021年1月20日の次期大統領就任当日に、ホワイトハウスからつまみ出されるかの選択を迫られる。泣いても笑っても、トランプ氏に残された時間はおよそ70日間。前者がベターなチョイスであることは言うまでもない。

任期終了後のお仕事は

米大統領は世界一の超大国の指導者であり、退任後もそれなりの待遇が保障されている。年間約20万ドルの終身年金は大統領時代の給与の半分と、太っ腹だ。この他、任期満了後7か月の生活支援、レベルは落とされるものの死亡するまで受けられる身辺警護、また旅費、事務所経費、通信代や医療保険料などの手当も支給されるという。ただし、5年以上務めなければもらえない医療保険は、トランプ氏には資格がない。

一般人にはうらやましい限りの待遇だが、トランプ氏は大統領を辞めた(辞めさせられた)後に、どのような生活を送るつもりなのだろうか。おとなしく隠居するような人物ではないことだけは確かだ。

米メディアでは、

①不動産王・ビジネスマンとしての活動を再開する

②リアリティショーの帝王として復活する

③講演ツアーで儲ける

④回想録を執筆する、などが取り沙汰される。

また、

⑤大統領であった経験を活かしたコンサルティングなども考えられよう。

いずれも高収入が見込めるが、これら以外に

「プランB」である2024年の再出馬に向け、精力的な政治活動を行う

という可能性も捨て切れない

事実、多くの米メディアは、トランプ大統領がわが物とした共和党を引き続き領導し、自身もより強力なバージョンに生まれ変わって、2024年の大統領選挙で(おそらく高齢のバイデン次期大統領の後継となる形で)立候補すると見られるカマラ・ハリス次期副大統領と一騎打ちのバトルを演じる可能性が高いとしている。

▲写真 米大統領選挙期間中のデモ(イメージ) 出典:gair rhydd

もしそうなれば、トランプ大統領は現在のバイデン氏とほぼ同年齢の78歳。だみ声でがなり立て、ステロイドで強化されたようにさえ見えるエネルギーを引っ提げて、トランプ信者である米国人の半分を再び熱狂に巻き込むのか、注目される。

なお、今回の選挙ではよりリベラルな若年層の大半がバイデン氏に投票したものの、人種別でみれば白人の若者はトランプ氏への投票率が高かった。また、非大卒白人の一部がオバマ→トランプ→バイデンと寝返ったが、依然このグループのトランプ氏への支持率は高い。しかも、今回は郊外に住む白人女性の多くがトランプ大統領に投票した。

トランプ氏は、この強力な白人の支持層をこの先4年間でさらに広げ、固めてゆくだろう。もし本当に立候補するのであれば、トランプ氏は2024年の選挙を、脅かされる白人(トランプ共和党)vs白人の地位を脅かす有色人種(ハリス民主党)の構図で戦うことは間違いない。トランプ主義は、今年の大統領選でトランプ氏が敗北したから消滅するものではない。

トランプ訴追の可能性はあるのか

こうした中、トランプ政権が、当選した次期大統領と共有する慣習になっているインテリジェンス(諜報情報)や日々のブリーフィング資料を、バイデン次期政権移行チームに渡すのを拒み、問題になっている。それだけではない。国務省が政権移行チームに申し送りすべき外国首脳からのお祝いや連絡のメッセージを、「バイデン氏の選挙における勝利は確定していない」として、政権移行チームに渡すことを拒んでいる。

▲写真 ジョー・バイデン氏 出典:wikimedia.commons

そのためバイデン氏は直接、カナダのトルドー首相やドイツのメルケル首相、日本の菅首相や韓国の文大統領とコンタクトすることを強いられている。本来は、米政府としての継続性や安定性を重視し、新旧政権が協力して外国首脳へ統一された対応をすべき場面だが、それができなくなっている

こうしたトランプ大統領の言動は、子供じみて見える。自己都合で国事や米国民の利益を犠牲にしているからだ。一刻も早くトランプ氏が大統領選での負けを認め、バイデン氏に諜報情報や外国首脳からのメッセージが届けられるよう命令すべきだろう。

この他にもトランプ政権は、大統領記録法で義務付けられた任期中の公文書や私的な記録の議会図書館や大統領図書館への移行を行わず、重要なものを破棄するのではないかとの懸念が出ている。文書移行は法で定められているものの罰則はなく、現状では努力目標に過ぎないので、なおさらである。

どうしてそのようなことになるかと言えば、トランプ大統領とその政権は各種の不正や腐敗が疑われており、史上初の「退任後に起訴収監される大統領」になるのではないかと、すでに噂になっているからだ。

加えて、バイデン次期大統領が、2016年のロシアによる米大統領選介入疑惑でトランプ大統領を捜査したマラー元特別検察官のような立場の独立検察官を任命し、民主党による大統領弾劾で果たせなかった有罪確定、さらに起訴・収監を成功させるとの観測が、米政治サイト『ポリティコ』などで詳細に報じられている。

また、ニューヨーク市マンハッタン地区のサイラス・バンス地方検事が、トランプ大統領とトランプ・オーガナイゼーションを詐欺の疑いで捜査している。トランプ氏は散々、「ヒラリー(元民主党大統領候補)を収監しろ!」と支持者を煽って来たから、これは壮大なブーメランである(ただしトランプ大統領は、実際にはクリントン氏を訴追しなかった)。

だが、こうした民主党側のトランプ追及の動きは、資料保存、政権移行引き継ぎ、ひいては米民主主義の存続に極めて重大な悪影響をもたらす。トランプ政権が透明性を確保するために公文書や資料を残してゆく動機は極めて薄いからだ。

自分たちを牢屋に放り込もうと待ち構える連中に、適切な引継ぎや資料の移行を行おうとする者は少ないだろう。大東亜戦争末期に自分たちが戦犯裁判にかけられるかも知れないと理解していた日本政府の高官や陸海軍の軍人が、貴重な史料を焼却したり破棄したことを思い出せばよい。そのため、日本の歩んだ戦争への道や計画・遂行などの全貌をわれわれが知る機会は永遠に失われたのだ。

トランプ大統領は不正と腐敗にまみれた人間であり、その側近も含め、退任後には驚愕の犯罪の事実が次々と明らかになろう。だが、バイデン次期大統領や次期与党の民主党がトランプ追及に血道を上げるならば、政権終了後に大統領経験者への党派的で野蛮な復讐劇が連鎖して繰り広げられる韓国のような状態へと米国が堕落し、真実の徹底究明や国民の和解が永遠にできなくなってしまうだろう

トランプ一族や取り巻きの不正や犯罪を暴き、そのような過ちが繰り返されないようにすることは極めて重要だ。真相究明のためのメディアの役割が大きい。だが、民主党がトランプ共和党政権に「いけず」をされたからと言って、それを政権党間の復讐劇にしてしまえば、米国の民主主義は死んでしまう。

米国は韓国化するのか、民主主義を維持発展させるのか、重要な岐路に立っている。バイデン次期大統領や民主党知識層に、そのような大局に立った思考や判断ができるか。トランプ支持者を「気の狂った者」「正常な判断ができない者」「真理の敵」「見下すべき連中」とみなすリベラルエリートたちの思考を見るにつけ、米国の韓国化は不可逆的に進行するのではないかと思われる

トップ写真:演説中のドナルド・トランプ 出典:wikimedia.commons




この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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