中国「マスク外交」の失態
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・〝発生源〟中国が他国の防疫を支援する「マスク外交」を展開。
・背景に「新型コロナがアメリカの世紀を終わらせた」との政治宣伝。
・世界各地で「中国のマスク外交の失態」次々と。逆効果招く事態に。
中国の武漢で発生した新型コロナウイルスは、今尚、全世界で猛威を振るっているが、中国政府は自国での感染を克服したとして、他国の防疫努力を支援するという言動を取り始めた。多数の被害諸国にマスクや人工呼吸器、医師団までを送るようになったのだ。この中国の対外活動は、欧米では「マスク外交」とも評される。では、その結果はどうなのか。
中国外務省の3月末の発表によると、中国政府は欧米、日本、東南アジア、中東、アフリカなど合計120ヵ国に医療用のマスクや防護服、検査キット、人工呼吸器などを提供し、合計170人に及ぶ中国人医師団をも派遣したという。
▲写真 中国山西省から埼玉県に送られたマスク(2万枚)と防護服(1千着)(2020年4月9日 埼玉県庁)。出典:埼玉県ホームページ
中国当局はこうした動きの背景として「新型コロナがアメリカの世紀を終わらせた。アメリカは世界の災難の前に他国を助けられない」(官営メディアの「環球時報」の評論)という強烈な政治宣伝を発信している。
批判されるアメリカの側では、中国がコロナウイルス感染を当初、隠蔽し、虚偽の情報までを流したことが国際的な感染を広げたという反論が多く、中国の今の動きに対しては「放火犯が消防士のふりをしている」というような辛辣な批判も出たほどだ。
▲写真 イタリアに到着した中国の医療チーム(2020年3月18日 ミラノ)出典China International Deveropment Cooperation Agency (cidca.gov.cn) [Photo/Xinhua]
さて、中国政府のこうしたコロナウイルスに関連する対外活動について、アメリカの大手紙ワシントン・ポストが世界各地の記者を動員した総合レポートを4月14日付の紙面に載せていた。
この記事は中国政府が自国の国際的な印象や指導力を宣伝するために、コロナウイルス感染防止のマスクや検査キットを寄贈するだけでなく、諸外国のメディアなどを利用して、中国に有利な主張や情報を発信する活動を広げている実態を伝えていた。
▲写真 中国政府のホームページには各国への支援物資提供や医療チーム派遣に関する報告が数多く掲載されている。出典:China International Deveropment Cooperation Agency (cidca.gov.cn)
そして同記事は、結論として「中国がコロナウイルスの感染で傷ついた自国の対外イメージを修復するための試みはかえって逆の効果を招いた」という厳しい総合判断を下していた。
この記事はその「逆の効果」、つまり中国のマスク外交の失態の証拠として以下のような実例を挙げていた。
・イギリスでは、下院の外交委員会が政府に対して、中国当局が発信しているコロナウイルスの発生や拡大についての情報は虚偽が多いとして、特別の調査を開始することを要求した。
・ドイツでは、駐在する中国政府外交官がドイツの議会の一部に働きかけて、中国政府のコロナウイルス対策を賞賛する声明を出させようと試みたことに対して、ドイツ議会の他の組織が抗議の声をあげて阻止した。
・スペイン、チェコ、オランダの各国では、それぞれの政府が中国が提供したコロナウイルス対策用の大量のマスクと検査キットに欠陥があるとして、返却する措置をとった。
・ナイジェリアでは、政府が中国人医師団をコロナウイルス対策のために招こうとしたのに対して民間の医師協会が反対し、「中国医師団はウイルスを持ちこむ恐れがある」とまで述べて、論議を招いた。
・ブラジルでは、教育大臣が「中国はコロナウイルス対策に必要な医療器具を国際的に独占することで世界制覇を図っている」と発言したのに対して、中国のブラジル駐在の外交官たちが激しく反論して、衝突した。
・イランでは、保健省報道官が中国のコロナウイルス感染者の発表は正確ではないと発言したことに対して、現地の中国人外交官が激しい反論と非難を表明した。発言をしたことに対して、現地の中国大使らが、「まったく根拠のない虚偽宣伝だ」と反撃して、論争となった。
・スリランカでは、地元の実業家が中国政府の新型コロナウイルスへの対応を批判する以上のような事例は、いずれも中国のマスク外交の失態の顕れというわけだった。
**この記事は 一般社団法人日本戦略研究フォーラムのサイトの「古森義久の内外抗論」という連載コラムからの転載です。
トップ画像:バングラデシュに到着した中国からの支援物資(2020年3月26日) 出典:China International Deveropment Cooperation Agency (cidca.gov.cn) [Photo/Xinhua]
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。