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.社会  投稿日:2020/5/2

PCR検査増やせば感染者減る?


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・メディア、特にワイドショーはコロナ一色。

PCR検査、抗体検査を増やせとの報道が多い。

・検査を増やせば感染者は減るのか?報道はより中立的であるべき。

 

自粛も1ヶ月になろうとしている。朝から晩までメディアはコロナ一色。緊急事態宣言は延長必至であり、必然的に家にいる時間が長くなり、ついテレビを見てしまう。普段家にいないビジネスパーソンは知らなかったかも知れないが、テレビは早朝から夜7時まで、ほとんどライブで、ニュースかワイドショー(テレビ局は情報番組と言っている)を放送している。

 

■ テレビの番組制作

筆者も元々民放テレビの人間だからよくわかっているが、ワイドショーはほとんど外部制作会社のスタッフが作っている。日々の事件・事故、芸能スキャンダル系のニュースを追っかけて番組の形するのには長けていても、今回の新型コロナウイルス感染症などという医学の専門知識が必要な番組作りは極めて不得手である。

筆者には苦い経験がある。2011年3月東日本大震災が起きた時、私はフジテレビの解説委員として、BSフジのプライムニュースの解説キャスターという肩書きで番組制作に関わっていた。未曾有の原発事故をどう報道するのか、正直途方にくれた。現場から情報が入ってくるわけでもない。福島第一原子力発電所に記者が近づくことも出来ない。それなのに格納容器の中で何が起きているのか、これからどうなるのかを報道し続けなければならない。これには本当に参った。

まず、誰が専門家なのかわからない。他局でとある学者が出て解説をしているのを見たら、「とにかくその人を呼べ!」と怒声が飛び交う。なにがなんでも専門家(かどうかわからないまま)をかき集める。そんな状況だった。手当たり次第に大学の先生を番組に呼んだものの、テーマとその人の専門が違っていた、などという笑えない事が起きた。

そこで私が学んだことはただ一つ。専門的な知識が必要とされるテーマは、思い込みを排し、慎重な上にも慎重に、偏ること無く報道することの重要性だった。放送法も、放送は偏向してはならず、多様な意見を提供するよう求めているはずなのだが、偏向していると思われる番組が無くならないのは残念なことだ。

今回の新型コロナ報道を見る限り、テレビマンは過去の教訓から全く学んでいないように見える。

なにせ、今回相手にするのは、未知のウイルスである。わからないことが多すぎる。学者、もしくは専門家と称する人らが、毎日自説を展開している。何が正しくて何が正しくないのかなど、誰にもわからないのに、テレビで彼らが断定的に話したり、憶測を述べたり、司会が結論を誘導したりしてしまう。これは一歩間違えば印象操作ともいえるもので、日本のテレビの悪弊だと私は思っている。

とりわけ、地上波テレビは影響力が強大だ。情弱な人は洗脳されやすい。残念なことに、世間で「・・・らしいよ」とか、「・・・なんだって」と断定的に語られる言説のネタ元が、実はワイドショーだったりするのだ。

その怖さがわかるがゆえに、局のコメンテーターは中立的な物言いを心がける。いや、そうすべきだと私は思っている。筆者は取材もしていないアナウンサーや専門家でもないタレントもどきのコメンテーターが断定口調でコメントする危うさにずっと警鐘を鳴らし続けている。単なる演出のノリでコメントなどすべきではないのだ。世論をミスリードしないために、それは最低限必要なことだと思っている。

 

■ PCR検査

さて、筆者がずっと気になっているのが、検査の問題だ。

世の中は、「PCR検査増やせ派」と「検査増やしても大して意味ない派」、真っ二つに分かれている。いや、どちらかというと、新聞、タブロイド、テレビは「検査増やせ派」が大半ではないか?

それぞれに言い分がある。

「検査増やせ派」は、PCR検査(注1)が少ないから感染者数が少ない。もっと検査しないと、感染の広がりがわからない。と主張する。

一方、「検査増やしても大して意味ない派」は、PCR検査そのものの感度が低い中(注2)、検査数をやみくもに増やすと医療崩壊につながるので得策ではない、と主張する。

▲図 PCR法検査の原理 出典:大阪大学微生物病研究所

実は、メディアの報道ぶりについては、医療従事者がネット上で活発に意見交換をしている。そのやりとりを丁寧に見ていると、メディアの報道ぶりと、医療界の意見がかなり乖離している事に気づく。メディアの報道だけを見ていると圧倒的に「検査増やせ派」、すなわち日本のPCR検査数の少なさを問題視する意見が多いのだ。しかし、ウェブ上ではそれに異を唱える医療従事者が少なからずいる。これはどういうことか。筆者は当初から違和感を感じていた。

そもそもテレビは先に述べたように放送法がある以上、両論併記すべきだし、どちらかの立場を支持するにしても、その根拠を示すべきだ。今回の場合だと、PCR検査と感染者数や致死率などとの相関関係をきちんと示さねばならない。もし自分たちでできないのなら、それこそ専門の医師か学者に頼めばいい。

▲写真 米ミシガン州保健福祉省ミシガン研究所におけるCOVID-19検出テスト 出典:米ミシガン州警備隊  (Air National Guard photo by Master Sgt. David Eichaker)

 

■ 市中感染報道

また最近ではPCR検査から抗体検査に関心が移り、その上で市中感染について報道されることが多くなってきた。

まず、4月24日、慶応大学病院(東京都新宿区)が、新型コロナウイルス感染症以外の病気治療で入院した患者67人に対し、PCR検査を行ったところ、5.97%の4人が陽性だったと発表した。

次に、4月30日、久住英二医師が理事長を務めるナビスタ・クリニック(東京都新宿区・立川市)が4月21日~28日に抗体検査を実施、対象はホームページで募った20歳から80歳の男性123人、女性79人の計202人。(内訳:一般市民147人、医療関係者55人)結果、202人の5.9%の12人が陽性だったことが報じられた。内訳は、一般市民147人中7人が陽性(4.8%)、医療従事者55人中5人(9.1%)が陽性だった。

▲写真 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体検査試薬キット 出典:KURABO

どちらもメディアの報道ぶりは「市中感染」が拡がっていることを示唆していた。

しかし、この2つのニュースに対し、名古屋市立大学大学院医学研究科の鈴木貞夫教授(公衆衛生学)は、「代表性のなさ」「数の少なさ」を指摘する。鈴木教授は、HPVワクチンと有害事象として報告された症状との因果関係がなかったとした、HPVワクチンの安全性に関する調査研究(いわゆる「名古屋スタディ」)を監修したことで有名である。

私の目を引いたのは、慶應大学病院の発表時に、鈴木教授が寄せたコメントだ。

偶然性の可能性排除できず」と題して、鈴木教授は、「PCR検査で正しく陽性と判定できる割合は五~七割程度と低い。約6%が陽性であれば、実際には患者の10%程度は感染者と考えるべきだ。これは公表されている感染者数から考えられる割合と比べ一千倍近く高く驚くべき数字だ。一方で、67人は都民からの無作為抽出ではなく、この結果をもって都民の10%程度が感染者ということにはならない。また数も少なく、偶然の影響も排除できない。」と報道した東京新聞にコメントを寄せた。(引用:東京新聞ウェブ版4月23日夕刊)

同時に、医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は、「にわかに信じ難い衝撃的な数字だが、米国では発熱した人の検査で5%が陽性という報告があるので、海外よりも深刻だ。院内感染対策を早急に見直す必要がある。感染がまん延している可能性が高くなった今、市民の行動制限よりも、感染リスクの高い高齢者施設と病院でのPCR検査の徹底に切り替えるべきだ。」(引用同上)とコメントを寄せている。

抗体検査を行ったナビタスクリニックの久住英二医師は、希望者202名に対する調査は、都の状況にあてはめられるかと聞かれ、「都民を代表するような集団なんてものはないんですよ。われわれにできることは何かというと、いろんな集団で検査してみて、だいたい数値が一致したら、それぐらいなんじゃない? と推定するしかないんですよ」と取材に答えている。(引用:FNNプライムONLINE

いずれにしても、「市中感染」が拡がっていると断定するには、母数が少ないし、なにより、都民を代表している集団とはいえない。そういう意味において、この数字だけをもって「市中感染」の可能性を論じるにはかなり無理がある。

一方、4月21日、千葉大学も「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低いー死亡者数からは、西洋とアジアでは感染の広がりは100倍違うー 」とのニュースリリースを出した。結論として、「新型コロナ感染症で死亡者数を減らすためには PCR検査の陽性率を低下させることが必要であり、そのためには PCR検査数を濃厚接触者などで症状が見られていない者にまで幅広く拡充させることが 急務である」と結論付けている。

これも「PCR検査を増やす派」の根拠になっているが、これも私にはしっくりこない。検査を増やすことが何故、感染爆発を防ぐことにつながるのか、がわからないのだ。番組として、そこが理論的に説明できないのなら、簡単に検査を増やせとはいえないはずだ。

繰り返しになるが、メディア、特にワイドショーは視聴者にとって影響力が強いがゆえに、より慎重に情報を検証することが求められる。

普段テレビを見ない人もテレワークなどで視聴時間が伸びていよう。報道に携わる者は、専門家がしっかり番組を検証していることを忘れてはならない。彼らはウェブ上で新聞・テレビの報道ぶりを詳細に検証し、問題点を指摘している。ある意味ありがたいことだが、果たしてどれだけの番組制作者や記者がそれをみているだろうか?番組制作者は常に謙虚に、専門家の意見によく耳を傾け、その上で、国民をミスリードしない報道を心がけるべきであろう。もとより、大切なことはこの未知のウイルスの感染拡大を一刻も早く止め、一人でも亡くなる人を減らすことなのだから。

 

注1)PCR検査

Polymerase Chain Reaction法(PCR法)という、遺伝子を増幅する方法を使い、ウイルスの遺伝子を増殖して検出しています。

<PCR法の原理>

まず一本のDNAをもとに、DNAを複製します。さらに、複製された2本のDNAをそれぞれ複製します。これを繰り返すことで、2本が4本、4本が8本、、、と倍々にDNAが増幅されます。患者さんの検体に含まれるウイルスの遺伝子量では検出できませんが、このPCR法で増幅することにより検出できるようになります。(出典:大阪大学微生物病研究所

 

注2)PCR検査の正確さ

新型コロナウイルスに既に感染していると考えられるのに、早い段階では、60~70%くらいしかPCR検査が陽性にでない可能性が報告されています。(引用:一般社団法人日本疫学会

トップ写真:ドライブスルー方式で新型コロナウイルスの検体を採取するノースダコタ 出典:flickr : The National Guard (U.S. Air National Guard photo by CMSgt David H. Lipp)


この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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