PCR検査増やせ大合唱の謎
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・相変わらずテレビでは「PCR検査増やせ」報道が多い。
・「国民全員にPCR検査を」と主張する専門家もワイドショーに出演。
・100万人当り感染者率と死亡率が断トツに低い日本は成功例ではないのか。
前記事で「PCR検査増やせ派」がメディアを中心に勢力を増し続けている現状を指摘した。
その後、自分が現役時代に関わっていたBSフジLIVE「プライムニュース」に本庶佑京都大学大学院特別教授がゲストとして出演した回(2020年4月22日放送)で「PCR検査を増やせ」との趣旨の発言をしたとことを同番組の記事で知って驚いた。
タイトルは、「PCR検査の数断然足りない」…ノーベル賞本庶佑教授が語るコロナ対策「検査は大学研究室でもできる」だ。
本庶氏の主張は明確で、医療現場の感染拡大を防がねばならない、ということだ。その上で、
「私が一番心配していること。戦争でいうと一つの小隊がころっとやられる状況。こういうことが起こらないためにPCR検査を増やし、医者に来る前に陽性かどうかがわかるようにすれば、医師もきちんとした対応ができる。病院の庭で検査するとか、もっと数を増やしていかなければいけない。」
とし、現在日本で行われているPCR検査の数について、
「断然足りない。一桁増やしていい。これは技術的問題ではないと私は思う。保健所でなく、現場医師が受けるべきだと判断すれば検査を受ける仕組みがいい。」
と述べている。
また、PCR検査の技術者数の不足については、
「実際、この検査は大学研究室でもできる。試算したが、技術者3人の組で1日に100検体はこなせる。1万の検査のためには技術者300人。9時から17時勤務で、と考えると全く問題はないし、僕は制度の問題だろうと思っています。」
と述べた。
本庶氏はさらに、「PCR検査を増やすことに反対している方々がある。「検査で陰性だった人に感染していないというお墨付きを与え、いわゆる偽陰性を増やすのは有害である」というご意見。「ないことは証明できない」というのは科学の基本的な考え方で、PCR検査でも「ない」ということには何の意味もない。そこを誤解されている。PCR検査は陽性の場合だけを追いかけるもの。」としている。
その後キャスターが発した「検査することによって陽性の人や過去の感染履歴がある人を正確に把握すれば致死率が下がる、という理解でよいですか。」という問いがよくわからない。
致死率=死亡症例数/感染症例数だが、確かに分子(死亡症例数)が変わらなければ、分母(感染症例数)が増えれば増えるほど致死率は小さくなる。しかし、死亡者数は時系列的に増えていくので、この問いは意味が無い。そもそもPCR検査の精度は70%以下と言われており、正確に陽性の人の数を把握出来ないという問題がある。現時点の致死率をもって議論しても意味は無い。
一方、この問いに対し、本庶氏は「そのとおり。ただこれから重症者が増える可能性はあります。10%が感染しているようなら致死率は低くなる。すると感染しようがしまいが気にせず、重症者の治療へフォーカスをあてるという戦略に切り替える必要がある。」と述べている。
「市中感染率」については前回の記事に書いたが、現時点で正確な数字はない。約6%という数字が一人歩きしているが、根拠があるわけでもない。今現在、10%感染しているなら確かに致死率は下がるかも知れないが、日本はもともと重症者の治療にフォーカスしているわけだから、「戦略を切り替える」必要はないことになる。
PCR検査に医療リソースをより多く割くと、何故重症者治療が手厚くなるのか、説明してもらいたい。しかし、番組では誰もそれを指摘しなかったようだ。
▲写真 米ニューヨーク市のJavits New York Medical Stationでのコロナウイルス抗体検査 2020年4月29日 出典:Photo By: Army Pfc. Genesis Miranda
■ 「国民全員にPCR検査を」
そして、5月7日朝のテレビ朝日系列の「羽鳥慎一モーニングショー」を見ていたら、WHO事務局上級顧問で英国キングスカレッジ・ロンドン教授の渋谷健司氏が「極端な意見かも知れないが」と前置きしつつも、「国民全員にPCR検査を」と提唱していた。
国民全員にPCR検査を実施するだけの医療リソースは日本に無いだろうし、現実的では無い。それに、本庶氏が提唱するように大学の研究室で検査をするなどということも現実的では無い気がする。検体を色々な場所に運んだり、専門で無い人が検査することは、むしろ感染リスクを上げるような気がするのだが、間違いだろうか?
少なくとも今の日本の現状を見ると、新型コロナウイルス感染症による死亡者数は557名(2020年5月8日厚労省発表)で、欧米諸国と比べると圧倒的に少ない。
▲図 入退院等の状況(括弧内は前日からの変化)※今までに重症から軽~中等症へ改善した者は81(+4)名
※4 退院した者のうち2,196名、死亡者のうち154名については、個々の陽性者との突合作業中。
当該人数を表中の数値に含むため、入退院等の状況の合計とPCR検査陽性者数は一致しない。出典:厚労省5月8日公表分
検査を増やすことが、死亡者数を減らすことに繋がるというならそのわけを知りたいと思うのは筆者だけだろうか?
▲図 新型コロナウイルス死亡者数の分析 出典:厚労省(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議資料 2020年5月4日)
話は戻り本庶氏は、PCR検査の目的について、「厚労省の目的は私の考えと初めから違うと思う。私は当初から、戦況を見極めるためという目的で使うべきだという主張です。」とも述べている。
日本は「戦況を見極める」事が出来ていないのだろうか?下図は、名古屋市立大学大学院医学研究科教授で、疫学が専門の鈴木貞夫氏が作成したもの。国別の人口100万人あたりの新型コロナウイルス感染症の感染者率と死亡率だ。これを見ると一目瞭然で、日本と韓国は他国に比べ、ダントツに低い。韓国と日本のPCR検査数の差をあげて、日本も韓国のように増やせ!と言っている人は、検査が少なくても結果はあまり変わらないことに対してどう思うのだろうか?
▲図 Ⓒ鈴木貞夫教授
▲図 Ⓒ鈴木貞夫教授
鈴木教授は、日本が感染者数を低く押さえ込めている理由を、「クラスターを片っ端からつぶして、クラスターで対応できる期間を伸ばしたこと、次のフェイズは、自粛で乗り切ると決めたこと」ではないか、と述べている。
クラスターつぶしとは、以下の図にあるように、クラスターを発見したら、感染源・感染経路を探索し、感染拡大防止対策を実施するという地道な対策のことを言う。
▲図 クラスター対策による感染拡大対策 出典:厚労省
その上で鈴木教授は、「人口あたりの率で,感染も死亡も(欧米諸国の)100分の一に抑えているのだから,誰が何と言っても『成功』だ」とした上で、「実際に今回の新型コロナ流行にPCR検査がどのくらい有効に役立っているのか,絶対値としてどのくらいの死亡減少に貢献できたか,また,ひとり救うためにいくらかかったのか」を学問的に算出してもらいたい、と述べている。
私もそう思う。メディアがこうした事実を評価せず、「検査を増やせ」と連呼することが不思議でならない。PCR検査が目的化してしまっている。「クラスターつぶし」から「強制力の無い自粛」という日本式の対策を取ってここまで来て、今からPCR検査を「全国民」を対象に行う意味がどこにあるのか、私にはわからない。その費用は誰が負担するのか、という話もある。
最後に、前回の記事でも紹介した千葉大学の「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低い」と題する研究発表について、問題提起したい。千葉大のこの研究発表は、「死亡者数を増加させないために陽性率を低下させるようにPCR検査能力を拡大することが急務」と結論付けている。
「アイスクリーム理論」というものがある、と聞いた。以下の図の事例Aを見てもらいたい。気温が上がる、アイスクリームが売れる、水難事故が増える、という3つの事象がある時、共通の原因の結果同士が関連を持つのは当然だ。しかし、アイスクリームの販売を禁止しても水難事故は減らないのは当たり前である。
これを新型コロナ流行に当てはめてみる(事例B)。PCR検査を増やしても、死亡者数は減らない、ということになる。
それでも、検査を増やせば死亡者は減るのだというのなら、それを理論的に証明しなければならないだろう。
読者の皆さんはどうお考えになるだろうか?
▲図 アイスクリーム理論 作成:鈴木貞夫教授
トップ写真:ドライブスルー方式で行われている新型コロナウイルス検査 米ペンシルバニア州モンゴメリー群 2020年3月20日 出典:ペンシルバニア州警備隊(U.S. Air National GuardPhoto By: Senior Airman Wilfredo Acosta)
【訂正】2020年5月10日
本記事(初掲載日2020年5月9日)の本文中、「重傷者」とあったのは「重症者」の間違いでした。本文では既に訂正してあります。
誤:「市中感染率」については前回の記事に書いたが、現時点で正確な数字はない。約6%という数字が一人歩きしているが、根拠があるわけでもない。今現在、10%感染しているなら確かに致死率は下がるかも知れないが、日本はもともと重傷者の治療にフォーカスしているわけだから、「戦略を切り替える」必要はないことになる。
PCR検査に医療リソースをより多く割くと、何故重傷者治療が手厚くなるのか、説明してもらいたい。しかし、番組では誰もそれを指摘しなかったようだ。
正:「市中感染率」については前回の記事に書いたが、現時点で正確な数字はない。約6%という数字が一人歩きしているが、根拠があるわけでもない。今現在、10%感染しているなら確かに致死率は下がるかも知れないが、日本はもともと重症者の治療にフォーカスしているわけだからら、「戦略を切り替える」必要はないことになる。
PCR検査に医療リソースをより多く割くと、何故重症者治療が手厚くなるのか、説明してもらいたい。しかし、番組では誰もそれを指摘しなかったようだ。
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。