菅首相辞任へ 総裁選の行方混沌
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・3日自民党臨時役員会で菅首相、総裁選不出馬を表明。
・総裁選に、岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相に加え、河野太郎行政改革担当相も名乗り。
・衆院選で自民党が大敗するリスクは減ったが、次の政権もコロナ対策に失敗すれば短命に。
政局が一気に流動化し始めた。
菅首相が、3日午前の自民党臨時役員会で「総裁選に出馬しない」ことを表明したことが引き金を引いた。
3日午後1時過ぎに記者会見した菅首相は次のように述べた。
■ 総理、「新型コロナウイルス対策に専念したい」
記者: 自民党の臨時役員会で菅首相は自民党総裁選に立候補しないと報じられたが首相からの説明をお願いします。
菅首相: 先ほど開かれました自民党役員会において、私自身、新型コロナウイルス対策に専念したい。そういう思いの中で、自民党総裁選挙には出馬をしない、こうしたことを申し上げました。
総理大臣になってから一年間まさに新型コロナ対策を中心とするさまざまな国が抱える問題について全力で取り組んできました。そして今月17日から自民党の総裁選挙が始まることになっております。私自身出馬を予定する中で、このコロナ対策と選挙活動、こうしたことを考えたときに、実際莫大なエネルギーが必要でありました。そういう中でやはり両立はできない、どちらかに選択すべきであり、国民の皆さんにお約束を何回ともしてます。新型コロナウイルス、この感染拡大を防止するために私は専念をしたいそういう判断をしました。国民のみなさんの命と暮らしをまもる内閣首相大臣の私の責務でありますから、それに専念してやりとげたい。このように思います。また来週にでも改めて記者会見したいこのように思います。以上です。
こう一方的にぶら下がり会見で話すと、記者団の質問は一切受けず去った。
またこれに先立ち、臨時役員会後、二階俊博幹事長は党本部で正午過ぎに記者団に次のように述べた。
二階幹事長: 本日役員会で菅総裁からコロナ対策に専念したいということで総裁選不出馬のご発言がありました。党役員に関しては役員人事を撤回されましたので、任期まで引き続き役員として職責を果たすということになるわけであります。
Q. 菅総裁の不出馬の受け止めは?
A. まあ正直びっくりしていますが、総裁のご発言なので考えに考えたすえご決断されてのことであろうと思いますから、いろいろ我々が押し問答してもこれは適切ではないと考え、総裁のお考えを受け入れて今後の党運営に対処していきたいと思います。
Q. 不出馬の話はいつ聞いた?
A. 今朝聞いた。
Q. 役員会の前に幹事長室で聞いたのでしょうか?
Q. 総裁選は今後日程通り行う予定でしょうか?
Q. 首相から立候補しないことを聞いてどのような声をかけたか?
A. 当面のことは、確実なことを申し上げたわけでは・・・
在任中のご活躍ご活動に対して我々は敬意を表するとともに、これからも党の発展のために高い立場からご支援をいただくようにお願いしたいということを申し上げた次第です。
Q. 昨日の菅首相との面会の時点ではそのようなそぶりはなかったのか?
A. ご本人に聞いてみてください。
Q. 菅首相の一年間の評価は?
A. この一年間、ずいぶんご活躍をなさったと思っております。執行部と党との間にもなんのごたごたもなく、一丸となって総理総裁を支えてきた。長い経験のあるお方、これくらい執行部と党の間で静かに職責に向かって一生懸命取り組んだというような、歴史的にも素晴らしいことだと今、思い返しております。
Q. 首相からの後継指名はあったのか?
A. ありません。
Q. 総裁選で支援したい人は?
A. そんなこと私が申し上げることは僭越であります。
Q. 臨時国会の日程は?
A. 規則に基づいて流れるように取り組んでいくということには違いありません。何ら問題はない。
Q. 首相が一年で辞めることに対して、忸怩たる想いですか?
A. 誠に残念な思いはありますが、精一杯おやりになって、熟慮の上、高い立場からご決断されたことですから、我々はそれをしっかり受け止めて党の円満な今後の発展につなげていくいうことが我々に残された仕事だろうと思っています。
Q. 内閣支持率の低下や党内の若手の不満が今回の辞任につながったのでは?
A. まったく関係ないでしょう。党内の若手にそんなこといっているものがいるなら、自分の選挙をしっかりやりなさい。こういうことです。首相の支持率どうだとかそんなことだけでそれぞれの選挙が決まるわけではない。私も少なからず選挙の経験を持っておりますが、一生懸命戦うことに専念して、時の総理が誰なのかということは考えずにやるわけですよ。選挙民の皆さんはお前と総理の関係はどうなんだとか思いませんよ。それはマスコミの皆さんがご専門の立場からいろいろと分析して検討される、これは大事なことそれは職責でしょうから、しかしそんなことだけで選挙が決まるわけじゃないでしょ。
▲写真 中国北京にある人民大会堂で中国の王毅外相と会談する二階俊博自民党幹事長(2018年8月31日) 出典:Photo by Roman Pilipey-Pool/Getty Images
■ 総裁選の行方
この最後の質問で二階氏が語気を強めたのが印象的だった。淡々と話している感がある二階氏だが、意外と短気なのか、挑発的な質問には、真っ向から反駁することがままある。
誰が見ても衆院選を目の前にした内閣支持率の低迷が背景にあるのは明白だ。支持率の低迷というより、菅首相の下では選挙に勝てないこと方がより深刻だろう。
今年4月の衆参3選挙。参院広島選挙区再選挙、参院長野選挙区補選では自民党は敗北、衆院北海道2区補選は不戦敗だった。
地方選挙でも負け続きだった。1月の山形県知事選、3月の千葉県知事選、6月の静岡県知事選でも自民系候補が落選した。千葉県知事選に至っては、自民党推薦候補は立憲民主党らが支援した熊谷候補に100万票もの差をつけられた。
7月の東京都議選でも、下馬評では自民党は優勢だったが、都民ファーストが健闘したことで、事実上の敗北を喫した。そしてとどめは、8月の横浜市長選だった。菅首相が全面支援した小此木八郎前国家公安委員長は、立憲民主党が推薦した候補に完敗した。
国民は菅首相を通して自民党を見ている。現政権の政治に多くの国民が不満を抱いていなければ、こんな選挙結果が相次ぐはずがない。
確かに新型コロナ対策は政府にとって「莫大なエネルギーが必要」であることに間違いない。それはどの国どの政権においても同じだ。
日本では、他の国に比べて死者が少ないこと、ワクチンの総接種回数が1億3000万回を超え、うち、1回以上接種者が国民の58%、2回接種者が47.1%(2021年9月3日時点)は、国際的に見て決して悪い数字ではない。
しかし、国民に自粛を強いながらオリンピック・パラリンピックを強行したこと、8月に新規感染者数が急増したこと、緊急事態宣言が延長に次ぐ延長を繰り返したこと、などから、国民の不満はピークに達していた。
私は、菅首相のコミュニケーションスキルに問題があると依然から指摘してきた。官僚の作文を棒読みし、記者会見では記者の質問に真っ正面から答えず、はぐらかす。これを繰り返していたら、国民との間に共感が生まれないどころか、反発が増幅するばかりだろう。結果、自粛要請はほとんど意味をなさなくなってしまった。なぜ、誰も進言できなかったのか、不思議でならない。
首相の権限は絶大だ。緊急事態宣言明けすぐに国会を解散することはテクニカルに可能だった。しかし、自ら伝家の宝刀をあっさり棄てた。それも不可解だったが、次に党人事と閣僚人事に手を付けようとしたのも余りに唐突だった。人事で政権浮揚を図ったのだろうが、これがまた党内にとんでもないハレーションを引き起こした。
二階幹事長が菅政権の生みの親であることは、本人が一番分かっているはずなのに、幹事長交代を言い出した。下村博文政調会長には出馬を諦めさせた。
出馬を表明している岸田文雄前政調会長が、党役員の任期を1期1年、連続3期までに制限することを公約とする考えを示した直後、追い打ちをかけるように菅首相が党人事に手を突っ込んだことは、二階氏としては面白いはずがなかろう。不興を買ったのは間違いない。
そもそも、総裁選前のこの時期に党人事を言い出すこと自体、不可思議だったし、まして閣僚人事までとなれば党内が大混乱になることは誰だって分かるだろう。こんな状況で、一体誰が引き受けるというのか。
結局、菅首相は自ら引かざるを得なくなってしまった。当初無投票で総裁選を乗り切るシナリオを菅首相周辺は描いていただろうが、ことここにおよんで総裁選で勝てる見込みが消えた。総裁選で負けることが明白ならば、身を引くしかない、との判断が働いたものと思われる。完全に追い込まれて打つ手がなくなり万策尽きた。菅支持を表明していた安倍・麻生ラインも最後は見切りをつけたものと思われる。
菅不出馬宣言後、事態は急速に動いている。既に出馬を決めている岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相に加え、3日、河野太郎行政改革担当相も名乗りを上げた。
▲写真 河野太郎行政改革担当相 2019年09月11日(水) 出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
下村博文政調会長や、石破茂元幹事長、野田聖子幹事長代行らも出馬を模索している。これまでにないくらい賑やかな顔ぶれだ。まさか、名前が挙がっている全員が立候補するとも思えないが、複数の候補による総裁選はそれなりに関心を集めるだろう。
自民党はここにきてようやく覚悟を決めた。菅首相と心中するのはごめんだと言わんばかり、自分たちが選んだ菅氏を切った。ある意味、民が政治を動かしたと言えるのではないか。
これで、自民党は衆院選で大敗するリスクをかなり減らしたことは間違いない。野党は千載一遇のチャンスを逃した。
▲写真 岸田文雄前政調会長(2020年09月14日) 出典:Photo by Eugene Hoshiko – Pool/Getty Images
しかし、誰が自民党総裁に選ばれようと、菅首相が必死に戦ってきた新型コロナの猛威が減じることはない。次々と変異するウイルスに対抗していかねばならないことに変わりは無い。
だれが総裁になり、政権を担うことになろうと、コロナ対策を筆頭に、経済対策、エネルギー問題、外交・安全保障問題など、待ったなしの課題が山積だ。死ぬ気で改革を推し進めなければ、次の政権も短命に終わるだろう。
次の首相を決める総裁選は今月末に迫っている。
トップ写真:会見する菅首相(2021年7月30日) 出典:Photo by Issei Kato – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。