言葉のナイフいつか貴方にも
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・ネットいじめが無くならない。
・SNS上の誹謗中傷は「嫉妬」が原因。
・競争からこぼれ落ちた人にもセカンドチャンスを。
有名女子プロレスラーの死に社会が揺れている。正直、彼女が出演していた番組に興味が無くて見てもいなかったし、彼女の死がネットいじめのせいかどうかはわからない。しかし、酷い誹謗中傷の書き込みがあったことは事実だという。
SNSをやっている人なら誰しも経験があるだろう。突然、赤の他人から批判が飛んでくることが。その時、どういう気持ちになるか?胸の奥底から嫌な気持ちが沸き起こってくる。なんともいえない不快な気持ちだ。人によっては、不安が広がり、恐怖を感じることもあろう。
かくいう私もそんな嫌な経験をしたことがある。ニュースのキャスターをやっていた時、視聴者の投稿は見ない方がいいですよ、と番組担当者から言われていたが、つい覗いてしまうのが人情というもの。すると、そこ書かれていたのは、酷い悪口ばかりだった。基本、ネット上には批判・悪口が多い。分かっていても、そんな言葉を投げつけられたら誰だって落ち込むのは当然だ。
▲写真 イメージ 出典:Wallpaper flare
かつては「2ちゃんねる」、今はSNSだ。特にTwitterは匿名なので書きやすいのだろう。ほぼ実名のfacebookより炎上しやすい。そのfacebookですら、不快なコメントは後を絶たない。
ネット上の誹謗中傷やいじめは、場合によって名誉毀損罪、侮辱罪、脅迫罪、信用毀損及び業務妨害罪、偽計業務妨害罪などに問われることもある。それがわかっていて、何故ネット上の誹謗中傷やいじめが止まないのか?
一つには、スマホの普及でSNSに簡単に投稿できるようになったことが上げられよう。もう一つには、自分だけは捕まらない、と思い込む「正常性バイアス」だ。実はどちらの理由もやっかいだ。
インターネットは基本便利なもので、情報がいともたやすく手に入る社会になった。私たちがインターネットから受けている便益は計り知れない。そのインターネットを否定することなど考えられない。
それに匿名だろうが実名だろうが、ネット上で相手を攻撃する人はいなくならない。面と向かって言うわけではないし、なにより書き込むのは簡単だ。いつでもどこでも、スマホさえあれば。
罰則を厳しくしても、犯罪はゼロにはならない。厳罰化が進んでも飲酒運転が無くならないのと同じだ。自分だけは大丈夫、と思い込んでいる人間を止めるのは不可能だ。
私が思うネットいじめの一番の原因は「嫉妬」だと思う。目立ったり成功している人が許せない。そんな非寛容さが社会に蔓延している。人のあらを見つけては、「引きずり下ろしてやろう」という歪んだ感情が止まらない。
社会の閉塞感ゆえか。努力すれば報われる社会はとうの昔になくなってしまったのか。格差社会が拡がり、いくら頑張っても未来はない、という諦観と絶望に苛まれている人が溢れているのか。
そんな社会は是正しなければ、ネットいじめは決してなくならない。欧米的競争社会は日本の文化にはなじまない。
今回新型コロナウイルス感染症による死者が少なかったのも、貧富の差が他の国に比べて小さいからでは無いのか?競争は社会にあってしかるべきだとは思うが、競争から一度こぼれ落ちたら二度とチャンスが回ってこないような社会は、日本にはそぐわない。
他人を攻撃することでしか自分の存在を確かめられないなんて悲しすぎる。もし本当にそう思っているのだとしたら、それは大いなる間違いだ。言葉のナイフはいつか、自分に向かってくる。人を言葉のナイフで傷つけて溜飲を下げても、それは一時のことだ。
物騒なものは懐にしまっておくがいい。「人を呪ろわば、穴二つ」だ。嫉妬を自分が前に進む原動力に変えることはできないか?それが出来たら見える景色もずいぶん変わるはずだ。
それが出来た人にはチャンスが訪れるはずだし、訪れる社会にしていかねばならない。私たちのために。そして私たちの次の世代のために。
一人の人がこの世を去った。どうしたらネットいじめのない社会になるのか。私たちに考えるチャンスを与えてくれた。
トップ写真:イメージ 出典:Pixabay
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。