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.国際  投稿日:2024/8/21

日中関係の再考 その6 中国の無法な海洋戦略


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・尖閣諸島を巡る危機が高まり、中国の軍事攻勢が激化している。

・日本は台湾有事よりも尖閣有事を優先して考えるべきだ。

・中国は国際規範を無視し、軍事力で領土拡張を進めている。

 

日中関係では尖閣諸島をめぐる危機が高まっている。中国側の軍事がらみの攻勢が日に日に激しくなっているからだ。このままだと中国政府は日本固有の領土の尖閣諸島を中国領の釣魚島だと改めて宣言して、日本側がなお保持している尖閣の施政権はもう中国側の手中にあるという主張を全世界に向けて言明するかもしれない。その場合に尖閣諸島は無人のままにして、実効支配の実態を有さない日本政府は一体、どう対応するのか。

日本国内では台湾有事がしきりと論じられる。台湾有事は日本有事だとも主張される。だが実際に中国が台湾への軍事攻撃を始めた場合、わが日本は具体的にどんな行動をとるのか、現実の政策が国政レベルで論じられることはない。要するに日本政府がアメリカに対して「台湾有事は日本有事」という趣旨の言葉を述べるのも、どうも「口だけ」という実態のようなのだ。

日本が台湾危機よりも優先して考えねばならないのは尖閣有事なのである。これまでその尖閣に対する中国政府の動きを歴史をさかのぼって報告してきた。中国政府が尖閣諸島の歴史にもかかわらず、法的な変遷にもかかわらず、説得力のある根拠がなにもないのにもかかわらず、尖閣を中国領土だと主張する背景には、中国政府が長年、一貫してとってきた海洋での領土膨張を進めるうえでの特異な戦略が存在する。

中国のこの海洋領土の拡張は領有権の主張がぶつかる相手諸国の立場を無視することが特徴である。そんな無法な態度で中国は近年、南シナ海や東シナ海の島々を奪取しようとしてきた。この中国の海洋戦略の無法な特徴は国際的にも批判の的となってきた。

中国との領有権争いでは直接の当事国ではないアメリカ側の見解をみよう。実はアメリカでは中国のアジアでの海洋の軍事力増強や実際の領土の拡張に真剣な関心を向け、専門的な調査や研究を続けてきた。この対応の幅広さや深さは日本側の比ではない。アメリカのその研究の代表的な機関がアメリカ海軍大学校付属の「中国海洋研究所」である。

この研究所は中国の海洋での膨張がアメリカの国家安全保障にとっても真剣な懸念の対象になるという観点から2006年に海軍の調査・研究機関の一部として設立された。私はワシントン駐在の記者としてこの研究所に頻繁に連絡して、取材してきた。この中国海洋研究所は中国の南シナ海でのスプラットレー諸島への進出や東シナ海での尖閣への攻勢などを詳しく追って、その背後にある中国側の海洋膨張戦略について分析してきた。

この研究所には日本でも広く知られた日系アメリカ人学者のトシ・ヨシハラ氏やアメリカ海軍の長年のアジアでの勤務で中国海洋戦略の実態をみてきたピーター・ダットン氏が勤務していた。なかでもダットン氏はつい3年ほど前まではこの研究所の所長を務めていた。そのダットン氏が中国の海洋領土紛争への対応について述べたことがある。

「中国の紛争相手国や国際機関に対する態度は“My way or no way”.だ」

つまり紛争の解決は自国の主張による方法でなければ、もう他の方法はない、という意味だった。中国は自国の主張を絶対に曲げない、ということだ。なるほど中国の南シナ海でのベトナムやフィリピンという領土紛争の相手国への行動をみると、当事者同士で協議や交渉をして妥協しあう、という態度はまったくうかがわれない。自国の主張だけを一方的にぶつけ、その通りに行動するというパターンが定着していることがわかる。日本の尖閣諸島への態度も同様である。

そこで数歩、引き下がって、中国の海洋領有権紛争へのアプローチに全体としてどんな特徴があるのかを紹介しよう。前述のアメリカ海軍の中国海洋研究所の分析をも参考にした特徴づけである。

第1には中国が国際規範を無視することである。

中国政府は南シナ海でのスプラトレー諸島の奪取でも国連海洋法の規定や国際仲裁裁判所の裁定を無視してきた。国連海洋法も無視して、排他的経済水域(EEZ)の規定なども、お構いなしである。

典型的なその事例は国際仲裁裁判所の裁定の排除だった。中国は南シナ海の大部分を自国領海だとしてその根拠に中国の古い文書にあったという「九段線」を提示した。それに抗議したフィリピン政府が国際仲裁裁判所に提訴し、同裁判所が「九段線」は違法だと裁定したが、中国政府はその裁定を「一片の紙きれにすぎない」と排除した。

第2には、中国は領土紛争に対しては多国間の協議を排し、二国間に徹する。

南シナ海、東シナ海での一連の領土拡張では中国はすべての事例で二国間のやりとりに終始してきた。第三国や国際機関の仲介を求める方式には反対する。

尖閣諸島に関しても中国側は国際機関の調停には一切、応じない態度を明確にしている。南シナ海のスプラトレー諸島についてもベトナム、フィリピンなどの関連諸国と個別に対峙してきた。

第3には中国政府は対外的な領土紛争に対して、まず国内法を利用する。

すでに述べたように中国政府は1992年に「領海法」を発布した。この法律は本来、国内法である。ところがその内容は日本領土の尖閣諸島などを一方的に中国領土だと断定していた。その中国の国内の法律を対外的にも勝手な拡大適用という形で打ち出し、尖閣などを中国領だと宣言してしまうわけだ。

「九段線」の扱いも同様だった。中国政府は対外的には2012年ごろからこの「九段線」の宣言を明確にし始めたが、本来、1950年代から中国内部の基準資料として存在してきた「中国領海」の表示なのだという。

第4には、中国は領土領海の拡張には頻繁に軍事力を使うことである。

歴史を振り返ると、中国は1962年10月にカシミールの領有権を争ってインド軍と全面衝突した。69年3月にはソ連軍とウスリー川で大規模な軍事衝突を起こした。

中国はさらに74年1月には南シナ海のパラセル諸島を当時の南ベトナムの駐留軍を打破して占拠した。95年2月にはスプラトレー諸島のミスチフ環礁を駐留のフィリピン軍に攻撃をかけて追い払い、占拠した。

この南ベトナムとフィリピンへの軍事攻撃はちょうどアメリカがそれぞれの国から撤退したばかりの時期だった。中国はそうした相手の軍事態勢の弱化を狙うとも指摘されている。

中国の海洋での領土拡張には以上のような特徴がある、というのだ。だから日本領土の尖閣諸島に対しても、中国は軍事力での占拠の機会を虎視眈々と狙っているとみるべきである。

(その7につづく。その1その2その3その4その5

トップ写真:フィリピンと米国は、1万6000人の兵士が参加する最大規模のバリカタン(肩を並べる)合同軍事演習の様子。フィリピンが、係争中のスカボロー礁付近で中国が自国の船舶に放水砲で攻撃し、船舶に損傷を与え、乗組員に負傷を与えたと非難した事件を受けて行われた(2024年5月6日フィリピン・イロコス・ノルテ州ラオアグ) 出典:Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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