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.国際  投稿日:2020/11/16

アント・グループ上場止めた習近平


澁谷 司(アジア太平洋交流学会会長)

「澁谷司の東アジアリサーチ」

【まとめ】

・習近平主席の“鶴の一声”でアント・グループIPO延期が決定。

・中央弁公庁は「新時代の民間経済統一戦線の強化に関する意見」を公表。

・習近平政権、民間企業人に共産党イデオロギーを学び、実行させるねらい。

今年(2020年)11月3日、アリババ集団傘下の金融会社、「アント・グループ(螞蟻科技集団)は、香港と上海で同月5日に予定していた新規株式公開(IPO)を突然、延期すると発表した。前日(2日)、アリババ創業者、馬雲(ジャック・マー)は金融当局から事情聴取を受けていた

金融とITが融合したフィンテック企業、「アント・グループ」は利用者10億人のスマートフォン決済アプリ「支付宝(アリペイ)」(中国最大のオンラインモール淘宝網の公式決済)を運営している。同グループは公募価格ベース(2市場)で約345米億ドル(約3兆6225億円)を調達した。これは、サウジアラビアの国営石油会社「サウジアラムコ」による史上最大のIPO、294億米ドル(約3兆870億円)を上回る見通しだった。

▲図 アント・グループとAlipayのロゴ 出典:アント・グループ

「アント・グループ」の上場には、投資家から3兆米ドル(約315兆円)の応募があったと言われる。だが、「アント・グループ」上場延期のため、アリババの株価が一時10%近くも下落した。

さて、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙によれば、この上場延期劇は、習近平主席の“鶴の一声”で決まったという。

最近、馬雲はイノベーションを通じて中国金融問題の解決を支援したいと述べた。また、馬は「リスクのないイノベーションは、イノベーションを阻害する。リスクをゼロに抑えるが最大のリスクである」とも語った。中国の金融規制こそが科学技術の革新を妨げていると当局を批判したのである。

習近平主席がこれに激怒したという。そして、習主席は「アント・グループ」のIPO延期を決定した。

▲写真 アント・グループ Exective Chairman、EricJing氏、INCLUSION FintechConferenceに出席(2020年9月26日) 出典:アント・グループ

今度の“事件”で、中国の企業家は教訓が得られたのではないか。まず、中国共産党を批判する人間は、馬雲いえども当局の調査対象となる。また、(後述するように)民営企業は、目下、北京の進めている「統一戦線」へ積極的に参加しないとビジネスがスムーズに運ばない。この2点である。

周知の如く、1979年の「改革・開放」以来、中国は主に民営企業によって発展を遂げた。そのため、民営企業に関する「56789」というタームが人口に膾炙している。すなわち、民営企業による国家への貢献度は税収で5割以上、GDPで6割以上、技術革新の成果で7割以上、都市部の雇用で8割以上、企業数で9割以上を占める。

しかし、2015年、習近平政権は、「混合所有制」改革と称して、活きの良い民営企業(平均9〜11%の利潤)と国有企業(同3〜4%の利潤)を合併する挙に出た。

この狙いは、2つあった。1つは、民営企業を国有企業に近い存在とする。そうすれば、中国共産党の影響力が浸透しやすくなるだろう。

もう1つは、ゾンビと化した国有企業(約2000社)を延命させるためである。仮に、国有企業従業員数が平均5万人だとしよう。ゾンビ企業すべてが倒産・整理されたら、一挙に1億人の従業員が失業する。

もし、その従業員の家族が3人だとすれば、たちまち3億人が路頭に迷う事になるだろう。習近平政権は、このような社会不安を回避しようとして「混合所有制」を打ち出したのではないか。だが、民営企業が国有企業と合併すれば、企業全体の経営効率が落ちるのは火を見るよりも明らかだろう。

ところで、「混合所有制」改革に続き、今年9月、中国共産党中央弁公庁は「新時代の民間経済統一戦線の強化に関する意見」(以下、「意見」)を公表し、各地域の各部門に対し、それを誠実に実施せよという通知を出した。

そもそも「統一戦線工作」とは、共産党以外の勢力を取り込む際に行う政治活動の事である。中国共産党は、ついに民営企業との「統一戦線工作」強化を指示した。換言すれば、これは事実上、民営企業の「国有企業化」宣言に等しいのではないか。

「意見」の3では「民間経済人のイデオロギーと政治建設強化」が謳われている。そこには、「愛国主義・社会主義を旗印に掲げ、政治指導と思想導力を高め、民間経済人の思想・政治工作の基礎を固める」とある。

更に「6.政治的コンセンサスを集約し、拡大する」の項目には「民間経済人を教育指導し、新時代の『中国の特徴を持つ社会主義』に関する習近平思想を実践的に導き、政治的立場、政治的方向性、政治理念、政治路線において党中央委員会との整合性を高度に保ち、常に政治的に鋭敏な人物にようにする」と書かれている。

つまり、習近平政権は、民間企業人も共産党イデオロギー(特に「習近平思想」)を学び、それを着実に実行する必要があるという。

▲写真 習近平主席 出典:Flickr; Global Panorama

けれども、中国の経済発展はひとえに社会主義イデオロギーを捨て、自由な経済活動が行われた結果である。もし、習近平政権が、民間経済人に共産党イデオロギーを押し付ければ、彼らは硬直した考え方しかできず、柔軟な企業運営はできなくなるに違いない。

結局、習近平政権の「国進民退」(国有企業のシェア拡大と民営企業のシェア縮小)では、今後、経済成長は望めないのではないか。

トップ写真:ジャック・マー氏 出典:Flickr; Foundations World Economic Forum




この記事を書いた人
澁谷 司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。


東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。


元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷 司

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