中国の国連ハイジャック作戦
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国が多数の国連機関トップ占め、中国有利に影響力を強めている。
・米「独裁を守る多国間主義」と非難。中国影響力抑止する措置展開。
・国連が中国にハイジャックされるなら、日本も認識の転換迫られる。
中国が国際連合の多様な機関の主導権を握り、国連全体を自国に有利な方向へ動かそうとする活動がますます顕著となってきた。アメリカ政府は中国の苛酷な人権弾圧までが国連で許容されることにもなりかねないこの国連ハイジャック作戦の阻止に力を注いでいる。
だが果たして中国のこの影響力拡大をどこまで防げるのか。そのせめぎあいは国連重視を過度なまでにうたってきた日本政府にとっても注意せざるをえない展開である。
中国は現在、国連専門機関合計15のうち国連食糧農業機関(FAO)、国連工業開発機関(UNIDO)、国際電気通信連合(ITU)、国際民間航空機関(ICAO)の4つに中国人の最高責任者を送り込んでいる。
なぜ国連で影響力を強くすることが中国にとって重要なのか。
2020年夏、香港での中国の弾圧を非難する決議案が国連人権理事会に提出された。イギリス、その他の民主主義諸国が主体の決議案だった。だがほぼ同時にキューバなど非民主主義の傾向の強い諸国による香港についての別の決議案が出された。その内容は香港に関して結局、中国政府を弁護する趣旨だった。
二つの決議案が同時期に個別に採決された。イギリス主導の中国非難の決議案は人権理事会で27ヵ国の賛成票を得た。キューバ主導の中国弁護の決議案は53ヵ国の賛成票を得た。中国政府による人権弾圧や国際公約違反が明白であっても、その中国の動きを非難するよりも弁護する国が二倍ほども存在するのである。この事実は中国の人権弾圧への国連全体による非難を消してしまうことになる。
中国は新型コロナウイルス大感染でも国連機関である世界保健機関(WHO)の支持を得て、国際的な糾弾を薄めることができた。中国から経済援助をふんだんに得たエチオピアのテドロス・アドノム元外相が事務局長だったWHOはコロナ発生に際しては中国政府の意向を忠実に受けて、発生自体を秘密にする隠蔽工作に完全に加わったのだ。
中国は国連やその関連機関の効用を十分に認識して、ここ数年、各種国連機関のトップの座を自国の代表が得るよう工作を重ねてきた。その結果がいまの4機関の実績なのだ。その工作は露骨である。
2019年6月のFAOの事務局長選では中国の屈冬玉候補が圧勝したが、その背後では中国代表たちが票を投じる多くの国の政府に対して債務の取り消しや輸出の停止などアメとムチとの激しい勧誘や威迫をかけたことが伝えられている。
2020年3月には国連専門機関の世界知的所有権機関(WIPO)の事務局長選挙が実施された。中国はこの選挙でも自国民の王彬穎氏を強く推し、中国にとって5番目の国連機関のトップポストを獲得しそうな気配だった。
だが実際の選挙では対抗馬のシンガポール知的財産権庁長官のダレン・タン氏が選出された。アメリカ政府が介入し、強力な反中国のロビー工作を進めた結果だった。シンガポール代表に反中国票のすべてを集めるために他の諸国の候補を辞退させての勝利だった。
このように国連でのアメリカの動きは重要である。トランプ政権はすでにWHOなどから脱退しているが、なお逆に介入しての中国阻止の活動も進めてきた。こうしたアメリカ政府の国連での中国抑止の政策と活動についてトランプ政権の国連大使ケリー・クラフト氏が10月21日、報告を発表した。アメリカの新聞ニューヨーク・ポストへの寄稿論文という形だった。
そのクラフト大使の報告の骨子を紹介して、アメリカの国連での中国への対抗策に光をあてよう。クラフト大使はまず国連での中国の活動について以下の諸点を述べた。
・中国は国連安全保障理事会の常任メンバーの地位を利用してシリア、ベネズエラ、イランなどの圧政政権を守ってきた。
・中国は国連で中国への債務を抱えた諸国に圧力をかけて、国連の人権理事会や総会で中国政府の弾圧行動を賞賛する声明に署名をさせてきた。
・国連に勤務する中国人は国際公務員として中立を保つはずなのに、国際民間航空機関(ICAO)の 柳芳事務局長はその地位を利用して台湾を国際民間航空から排除するためのサイバー攻撃などに参加した。
・国際電気通信連合(ITU)の趙厚麟事務局長はアメリカの反対する中国政府の「一帯一路」構想を推進し、中国軍部と密着するファーウェイ社の事業拡大を支援する言動をとった。
クラフト大使はこうした中国の動きへのアメリカ政府としての反対を明確にしたうえで、アメリカ側が実際にとってきた措置について次のように述べた。
・アメリカ政府は2020年6月、国連の新たな政治宣言の草案に中国の提案による「習近平思想」という表現があることに反対し、最小限30ヵ国の賛同を得て、その削除に成功した。
・今年9月、クラフト大使はニューヨークの台湾政府事務所の代表と1対1の会談をして、台湾の国連機関へのかかわりを強めることを協議した。国連を舞台とするアメリカと台湾の政府代表のこの種の会談は初めてだった。
・アメリカ政府は国連の各種の場で中国政府によるウイグル人などの民族弾圧に抗議を続ける一方、今年10月にはウイグル、香港、チベットでの中国の弾圧を非難するドイツとイギリスの共同声明を支援して、共同署名国を39ヵ国に拡大することに成功した。
・アメリカ政府は多国間主義から離脱するのではなく、人権、民主主義、法の支配に依拠する多国間主義が破壊されることを防止し、破壊された部分を修復することに全力をあげているのだ。
・アメリカは一部の国連機関から離脱したが、当面、修復が困難とみなした機関からの脱退であり、修復が可能な機関に対しては関与を続けて、その改善に努める。多国間主義も独裁的な覇権を促進するようになれば、意味がない。
・この戦いは決してアメリカと中国との闘争ではない。世界の市民に寄与する民主的な多国間主義システムと独裁を守る多国間主義システムとの闘いなのだ。アメリカにとっては独裁的な政権の下で苦しむ人々のための闘いである。
以上のようなクラフト大使の言明はトランプ政権の対外姿勢を一国主義と断じ、国際問題への関与を拒むという非難への反論だともいえよう。
しかしトランプ政権の国連大使のこうした言明は中国が国連機関への影響力行使を強めている実態をまず指摘しているという点で日本にとっても重要な警告だともいえる。人権や民主主義を基調とする国連の機能が共産党独裁支配の中国にハイジャックされるような事態となれば、戦後の日本の国連への認識も根本からの変革を迫られるだろう。
***この記事は日本戦略研究フォーラムの古森義久氏の連載コラム「内外抗論」からの転載です。
トップ写真:国連総会でスピーチする習近平中国国家主席 2020年9月 出典:United Nations
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。