中国5中全会、何も決まらず
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
「澁谷司の東アジアリサーチ」
【まとめ】
・今度の5中全会は、「習近平派」と「反習近平派」の妥協の産物。
・習主席の後継決まらず。経済政策は具体的数字示されず。
・台湾政策は、「武力統一」から「平和統一」路線に転換。
今年(2020年)10月26日から29日にかけて、中国共産党の19期5中全会が開催された。結論を先取りすれば、今度の5中全会は、「習近平派」と「反習近平派」の妥協の産物だった。
同会で、習近平主席のリーダーシップが発揮された形跡は見られない。おそらく、「反習派」の“巻き返し”で、「習派」は政権維持がやっとの状況ではなかったのだろうか。
第1に、同会人事では、今の習近平・李克強体制後、誰が後継者に指名されるのか注目された。以前、陳敏爾・重慶市トップと胡春華・副総理が、次期主席・首相として有力視されていた。だが、最近、急浮上したのは、上海市のトップ、李強である。そして、李強こそが、習主席の後継者になるのではないかと噂されていた。
けれども、陳敏爾・胡春華・李強らの人事は決定されなかった。この時期、重要な人事が決まらないというのは、党内が分裂してまとまっていない証左だろう。ちなみに、習近平主席は終身制(1982年に廃止された「党主席」が復活か)を敷いて、第20期(2022年〜27年)・第21期(2027年〜32年)も政権を担うつもりかもしれない。しかし、この案には大きな疑問符が付く。
第2に、人事以上に重要なのは、これからの経済政策である。
5中全会では、確かに、2021~25年の「第14次5ヶ年計画」が打ち出された(各期の5中全会では通例「5ヶ年計画」を可決)。ただし、今年5月下旬に行われた全人代同様、今回も、具体的な目標数字が示されなかったのである。
数字は、ほとんど過去のモノばかりだった。例えば、昨2019年、1人当たりの可処分所得は、3万0733元(約48万2000円)、今年第3四半期までの1人当たりの可処分所得は、2万3781元(約37万3000円)だったという。
また、同会では、2035年までの長期目標を掲げた。そして、「1人当たり国内総生産(GDP)を中等先進国並みにする」との目標を設定している。だが、中国には、月収2000元(約3万1400円)以下の人が約9.64億人いて、全体の68.85%を占める。実現は不可能に近いだろう。
さて、2015年、「中国製造2025」が発表された。中国が「製造大国」から「製造強国」を目指す意欲的な経済政策だった。だが、いつの間にか、「中国製造2025」は叫ばれなくなった。近年、計画が挫折したためではないか。
周知の如く、米中貿易戦争及びワシントンによるファーウェイ(華為技術)等への制裁で、中国は経済的に追い込まれている。その上、武漢市で「新型コロナ」が発症し、またたくまに中国全土へ拡がった。また、長江・黄河流域での水害、バッタの蝗害、新型のウイルス発生も報告されている。そのため、生産も消費も落ち込んだ。
そこで、習近平政権は、内外の「双循環」を謳い始めた。「内循環」(国内循環)を主とし、「外循環」(貿易や対外開放)を従とした政策を打ち出した。いわば「自力更生」路線である。しかし、これは単に社会主義政策の復活に他ならない。
最近、習近平政権は、民営企業にさえも、国有企業並みの“思想強化”を要求している。これでは、民営企業が自由な経済活動を阻害される。将来、更に、中国経済は右肩下がりとなるだろう。
実は、5中全会では、台湾に関しても話し合われた。結局、習近平政権は、台湾への「戦狼外交」展開、あるいは、台湾との「武力統一」を選択するのではなく、今後、「平和統一」という従来の路線を採ることにした。
以前から、我々が主張しているように、中国軍が台湾を攻め落とすのは容易ではない。したがって、中国共産党の決定は妥当ではないか。台湾には最大4000人単位の米軍が駐屯できるという。在日米軍は、沖縄に2万3000人弱、日本本土に約2万2000人、合計約4万5000人近くが駐留する。
日本の面積は、37万7900 km²、他方、台湾は3万6190 km²である(面接比は、日本が台湾の10.44倍)。したがって、仮に米軍が台湾に4000人規模で駐留しているならば、在日米軍とほぼ同程度の兵力だと考えられる。また、いざとなれば、在沖米軍約2万3000人も(約700キロメートル離れた)台湾防衛に赴くに違いない。
現在、米連邦議会では、「台湾侵略(未然)防止法」(Taiwan Invasion Prevention Act)が提出されている。もし、この法案が成立すれば、中国軍が台湾を脅かす行動に出たら、大統領はすぐさま米軍を出動させ、それを阻止する事が可能になるだろう。
ところで、5中全会が閉幕した翌30日、国務院新聞弁公室は同会に関する記者会見を開いた。その際、党中央紀律検査委員会委員の江金権が中央政策研究室主任という身分でその会見に臨んでいる。
中央政策研究室は、いわば中国共産党の“頭脳”である。このポストには、18年間、3人の主席に仕えた王滬寧が就いていた。王は、江沢民元主席の「3つの代表」、胡錦濤前主席の「科学的発展観」、習近平主席の「中国の夢」、「習近平思想」、「習核心」を生み出している。だが、その王滬寧が突然、解任された。異例の人事である。
トップ写真:習近平国家主席と安倍前首相 2018年10月 出典:首相官邸
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。