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.社会  投稿日:2020/11/28

コロナ第3波とPCR論争


上昌広医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・日本のコロナ対策、専門家約40%「科学的」、25%「非科学的」と回答。

・世界各機関で無症状感染者に関する研究報告が次々と発表される。

厚労省、無症状者の「実証研究」について議論されていない可能性がある。

新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が続いている。人命、経済ダメージ、いずれにおいても被害は甚大だ。果たして、日本の対策は妥当なのだろうか。本稿では、この問題を論じたい。

コロナ対策の目的は、死者を減らし、経済的ダメージを少なくすることだ。表1は、東アジア4カ国の人口10万人あたりの死者数、GDPの前年同期比を示したものだ。直近の7~9月期の場合、死者数は0.5人、GDPはマイナス5.8%だ。東アジアで最低である。

▲表1

7~9月期は、コロナが猛威を振るった欧州の多くの国より、経済ダメージは大きくなっている(表2)。10月28日現在、7~9月期の経済統計が公開されていないロシア・ポーランドを除く人口3,000万人以上の欧州5カ国で、日本より経済ダメージが大きいのは英国とスペインだけだ。日本のコロナ対策が失敗しているのは、一目瞭然だ。

日本政府はコロナ対策に金を惜しんだわけではない。日本のコロナ対策費の総額は約234兆円で、GDPの42%だ。これは主要先進7カ国で最高だ。ドイツとイタリアは30%台、イギリス、フランス、カナダが20%台、米国が15%台である。

▲表2

では、何が悪かったのだろう。私は科学的でなかったことだと考えている。11月11日、英『エコノミスト』誌は、世界各国のコロナ対策の科学的な妥当性を検証した記事を掲載した。

この記事では、スイスの科学出版社『フロンティアズ』が、5,6月に世界24カ国の約2万5,000人の研究者に対して、自国のコロナ対策が、どの程度科学的か聞いている。

最も「科学的」と評価された国はニュージーランド、次いで中国だった。70%以上が「科学的」と回答している。ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン政権は、3月初めに国境を閉鎖し、厳格な封鎖を行ったが、専門家は、このような対応を科学的と判断したことになる。ジャシンダ・アーダーン首相は「ニュージーランド史上、最高の政治家」と評され、10月17日の総選挙では大勝した。

一方、もっとも「非科学的」なのは米国、ついでブラジル、英国と続く。米国については「科学的」と回答した研究者は約20%で、約70%が「非科学的」としている。トランプ大統領は、公衆衛生のアドバイザーを「馬鹿者」と評し、マスクの使用に否定的態度を貫いてきたし、英国のボリス・ジョンソン首相は、10月31日に2度目のロックダウンを発表したが、これは専門家が提言してから6週間後だ。トランプは11月の大統領選挙で再選されず、英国は「コロナ対策の欧州の劣等生」だ。

では、日本はどうだろう。約40%の専門家が「科学的」、25%が「非科学的」と回答していた。24カ国中17位で、アジア5カ国中では最低だ。コロナ流行中に、「Go Toキャンペーン」を強行するなど「非科学的」と言われても仕方ない。

ただ、「Go Toキャンペーン」は苦境に立つ旅行業界や地方都市へ配慮せざるを得なかった政府の立場も理解できる。科学的には妥当ではないが、政治的評価はわかれるところだろう。この判断は、菅政権が感染対策と経済対策の何れを優先しているかという点で分かりやすい。

▲写真 Go To トラベル 出典:Wikimedia Commons; Indiana jo

問題は、科学的判断とされているものが、間違っている場合だ。科学的な妥当性は専門家しか判断できず、誰からもチェック出来ないため、容易に暴走してしまう。これこそ、現在の日本がおかれた状況だ。

最近、このことを象徴するケースがあった。それは11月25日の衆議院予算委員会で枝野幸男・立憲民主党代表に対する田村憲久厚労大臣の答弁だ。PCR検査が増えない理由を質問され、「ランセットに掲載されている論文だが、(感染の)蓋然性高いところで定期的に検査をやると、当該集団から感染を29~33%減らすことができるが、一般の集団に広く検査をした場合には、接触者調査とこれに基づく隔離以上に感染を減らす可能性は低い。だいたい2%くらいしか自己再生産を下げる(下げない)」と答弁した。

さらに、「アメリカは1億8千万回検査しているが、毎日10数万人が感染拡大している。こういう論文が載っているわけですので、以前から申しているように、蓋然性の高いところはしっかりやっていくが、すべての国民に(検査をする)という話になると、強制的に一定期間で、全ての地域のその地域を(検査を)やれれば、一定の効果があるが、日本では強制ができない。これが世界で起こっていることだ。アメリカ、ヨーロッパでは、日本以上に検査を行っているが、感染拡大は日本以上に起こっている」と見解を述べた。

この見解が的外れなのは表1,2を見れば明らかだし、医学的にも間違いだ。田村大臣が紹介したのは、616日に『ランセット感染症版』が掲載した「CMMID COVID-19ワーキンググループ」のモデル研究だ。確かに、この中で、彼らは、一般集団を広く検査しても感染は5%しか減らせないが、発症者を見つけ、家族とともに隔離し、さらに接触書をトレースすれば感染を64%も減らすことができると推定している。

この研究は、PCR検査数を抑制したい厚労省にとって都合がよかった。厚労省は、この理論に基づいた形で、コロナ対策を立て、世界で例をみないレベルでPCR検査を抑制してきた(図1)。そして、多くの専門家が、この姿勢を支持してきた。コロナ感染症対策分科会の委員を務める押谷仁・東北大学大学院教授は、3月22日に放映されたNHKスペシャル『”パンデミック”との闘い~感染拡大は封じ込められるか~』に出演し、「全ての感染者を見つけなければいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」、「PCRの検査を抑えているということが、日本がこういう状態で踏みとどまっている」と述べている。

▲図1

ただ、その後の研究で、多くの無症状感染者がいることが判明し、状況は一変した。CMMID COVID-19ワーキンググループ」は、11月10日に「コロナ感染を検出するための様々な頻度での無症候感染者へのPCR検査の有効性の推定」という論文を発表し、無症状の人へのPCR検査が有効と意見を変えている

彼らは、PCR検査の陽性率は、まだ症状が発症しないことが多い感染の4日後に77%でピークとなり、感染10日までに50%に低下するとしている。彼らは感染後1-3日の間がもっとも感染を検出しやすく、積極的に検査を活用すべきとしている。

この論文は英国では大いに話題になったようで、筆者は渋谷健司・英キングス・カレッジ・ロンドン教授から教えて貰った。厚労省が、この研究を知らないのであれば、専門家として能力不足だし、もし、知っていて答弁に盛り込まなかったのであれば悪質だ。

ただ、いずれの論文もモデル研究だ。前提の置き方で結果は変わる。結果の解釈は慎重であるべきだ。

実は最近になって無症状の人へのPCRについて、決定的な「実証」研究が報告された。それは、11月11日、医学誌の最高峰である米『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』オンライン版に掲載された米海軍医学研究センターの臨床研究だ。

この研究の対象は、1,848人の海兵隊員の新兵だ。彼らは、サウスカロライナ州のシタデル軍事大学に移動し、訓練を開始するにあたり、14日間の隔離下におかれた。その際、到着後2日以内に1回、7日目、14日目に1回ずつ合計3回の検査を受けた。この結果、51人(3.4%)が検査陽性となった。

意外だったのは、51人全てが定期検査で感染が確認され、46人は無症状だったことだ。残る5人も症状は軽微で、予め定められた検査を必要とするレベルには達していなかった。発熱や倦怠感などの症状からコロナ感染を疑われたケースは一例もなかった。

若年者は感染しても、無症状者が多く、有症状者を中心とした検査体制では、殆どの感染者を見落とすことを示唆している。日本の第三波では若者の感染者が多く、家庭内感染が問題となっているが、宜なるかなだ。

この研究で注目すべきは、51人の検査陽性者のうち35人は、初回のPCR検査で陰性だったことだ。多くは入所後に感染したことになる。無症状の感染者を介して、集団内で感染が拡大したことを意味する。

この研究は、これまでに実施された無症状者スクリーニングの世界最大の研究だ。信頼性は高い。この研究は、11月12日に米『ウオール・ストリート・ジャーナル』が「新型コロナの症状観察、無症状感染者をほぼ全て見落とし=研究」という記事で紹介している。米国を代表する経済紙が、この研究を重視していることは示唆に富む。残念ながら、日本の全国紙で、この研究を報じたところはない。田村大臣の答弁にも盛り込まれていない。

コロナ対策は科学的に合理的であるべきだ。その際、参考にすべきは医学研究だ。各国の試行錯誤が臨床研究として情報共有されている。田村大臣の答弁を聞く限り、厚労省内では科学的な議論は十分になされていないようだ。

コロナ流行早期のモデル研究を未だにエビデンスとし、最近、発表されたエビデンス・レベルが高い「実証研究」を無視するのは科学的とは言えない。科学的エビデンスを無視すれば、感染は拡大し、経済は停滞する。ツケを払うのは国民だ。猛省を求めたい。

トップ写真:コロナウイルス検査(イメージ) 出典:Pikist




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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