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.社会  投稿日:2020/3/30

新型ウイルス感染拡大止まず


上昌広医療ガバナンス研究所理事長)

【まとめ】

・コロナの日本と欧州の流行状況は異なり一律に論じられない。

・日本は感染者少なく、感染者に占める致死率高い。

・ワクチンが開発されていない今、ロックダウンには課題が残る。

 

3月11日、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長がパンデミック(世界的な流行)を宣言した。感染は東アジアから全世界に拡がり、特に欧米が深刻な状況となった。

3月29日現在、感染者は米国8万5,228人、イタリア8万6,498人、スペイン6万4,059人、ドイツ4万8,582人、フランス3万2,542人、英国1万4,547人だ。

感染者の致死率はアメリカ1.5%、イタリア10.6%、スペイン7.6%、ドイツ0.7%、フランス6.1%、英国5.2%だ。米独を除き、概して致死率は高い。

エボラ出血熱(致死率50%)、中東呼吸器症候群(MERS, 34%)には及ばないものの、重症急性呼吸器症候群(SARS, 9.6%)と大差なく、季節性インフルエンザ(0.1%)とは比べものにならない。経済的に豊かで、医療レベルの高い西側先進国でも多くの感染者が亡くなっているのだから、おそるべき病原体といっていい。

では、日本はどうだろう。3月28日午後11時現在、感染者数は1,680人(クルーズ船を除く)で55人が亡くなっている。致死率は3.3%だ。看過できない数字だ。

ただ、日本人の受け入れ方は違う。3月中旬以降、感染者が急増し、小池百合子・東京都知事が3月23日の記者会見で「ロックダウンなど強力な措置を取らざるを得ない状況が出てくる可能性がある」と発言したものの、ロックダウン(都市閉鎖)が続く欧米諸国と比べて、日本の危機感は薄い。知人のドイツ人の記者は「街を歩いていて、日本は明るいと感じる。欧州の塞ぎ込んだ街の雰囲気とは全く違う」という。

一体、どういうことだろう。中世のペスト以降、疫病の流行を繰り返してきた欧州と、長い間、鎖国してきた日本という違いは勿論あるだろう。

ハンガリーの医学部で学ぶ吉田いづみさんは、今回の流行を受けて、緊急帰国した。彼女は「欧州は国境封鎖に抵抗がありません。今回も即座に隣国との国境を閉鎖しました。これまでの長い歴史が影響しているのを実感します」という。

ただ、私はそれだけが理由ではないように感じる。日本と欧州の流行状況を知ると、両者は同じウイルスによるものとは思えない点が多数あるからだ。

私は日本の新型コロナウイルス対策を考える際、国内外、特に東アジアのデータを集めて冷静に分析すべきと考えている。東アジアのデータを見れば、このウイルスの見え方は変わってくる

まずは中国だ。中国は新型コロナウイルスが発生した国で多くの被害者を出している。3月28日現在、8万2,230人が感染し、3,301人が死亡している。致死率は4.0%だ。致死率は欧州並みといっていい。

中国で注目すべきは致死率が都市によって大きく異なることだ。

我々の研究所では2月26日現在の中国の主要都市の致死率を調べた(表1)。3月に入り、中国での感染は落ち着いており、状況は現在と大きくは変わらない。

▲表1

中国全体では患者数は7万8,630人(2月26日現在)で致死率は3.5%だが、実は感染者の83%を湖北省が占める。そして、湖北省の致死率は4.0%だ。

一方、湖北省以外の患者数は1万3,034人で致死率は0.8%だ。浙江省は0.1%、上海市は0.9%、北京市は1.2%と低い。

▲図1

なぜ、地域差が生じるのだろう。実は中国の致死率は内陸部で高く、沿岸部で低い(図1)。経済的に豊かな地域は感染者も少なく、致死率も低い傾向がある。

中国の特徴は、高齢者の致死率が高いことだ(図2)。死亡率は50代の1.5%から上昇し始め、70代を超えると8%、80代には15%へと急上昇する。

▲図2

私が注目しているのは都市機能だ。武漢の都市機能が麻痺したことが多くの高齢者の死者を出したと考えている。

武漢の人口は都市封鎖により1,400万人から900万人に減少した。減ったのは若年世代だ。特に子どもを抱えた若年女性は避難した。この結果、病院をはじめ、多くの都市機能が麻痺した。

この状況は福島第一原発事故後の浜通り地方と同じだ。浜通り地域では、原発事故後、肺炎や脳卒中などによる死者が増加している。ストレスに曝されながら、自宅に籠もることで持病が悪化したことが影響している。

現在、感染が拡大する日本では活動自粛、都市封鎖が検討されている。これは感染拡大の防止には有効だが、高齢者の健康を損ねる可能性がある。このことはあまり議論されていない。

▲写真 クアラルンプールでのロックダウン 出典:Wikimedia Commons; Renek78

では、日本はどうだろう。その際に注目すべきはクルーズ船プリンセス・ダイヤモンド号の経験だ。

国立感染症研究所によれば、2月26日現在、乗客・乗員3,711人中619人(16.7%)が感染したことがわかっている。

特記すべきは、318人(51%)が無症状だったことだ。勿論、調査時点では潜伏期で、その後、発症した人もいる。京都大学の研究者たちは数学的なモデルを用いて、ずっと無症状の人の割合を18%と推定している。正確なことは、国立感染症研究所の最終報告を待たねばならないが、無症状の感染者が大勢いることがわかる。さらに、このような人たちも、発症者と同様にウイルスを排出し、周囲に伝染させることがわかっている。

もう一つ注目すべきは、死亡率が低いことだ。クルーズ船の乗客のうち合計8人が死亡しており、致死率は1.3%だ。

このうち6名は年齢がわかっている。4名が80代、2人が70代だ。年齢不詳の2人が70代以上だとしても、70代以上の致死率は2.7%だ。前述したように中国では70代の致死率は8%、80代は15%だ。遙かに低い。

死亡率が低いのは、アジアでは共通の傾向だ。湖北省以外の中国の致死率が0.8%であることは前述の通りだ。韓国は9,478人が感染し、死亡者は144人だ。致死率は1.5%である。台湾は267人が感染し、2人が亡くなった。致死率は0.7%だ。西欧とは全く違う。

話を日本に戻そう。では、日本の致死率3.3%とクルーズ船内での致死率に乖離があるのはどうしてだろう。それは、日本では新型コロナウイルス感染の診断に必須である遺伝子検査(PCR検査)を抑制してきたからだ。

3月19日現在の日本のPCR実施数は1万4,991件。人口100万人あたり118件で、イタリア3,499件、ドイツ2,023件、英国960件、フランス559件、米国314件に遠く及ばない。

日本のPCR検査体制に問題があったため、日本政府はPCR検査の肺炎の疑いがある重症者に優先的に行っていたからだ。だからこそ、日本は感染者が少なく、感染者に占める致死率が高い。実態を反映するのはクルーズ船のデータだろう。

▲図3

これは現在、日本で診断されている感染者数が氷山の一角であることを意味する。図3は新型コロナウイルスの感染者と致死率の関係を示したものだ。概して、患者数が多い国ほど、致死率が低いことがわかる。これは、PCR検査を数多くやっている国で軽症者を診断しているからだろう。

感染爆発を防ぐには、正確な診断が欠かせない。3月16日、テドロスWHO事務局長は記者会見で「疑わしいすべてのケースを検査すること。それがWHOのメッセージだ」と発言している。

▲写真 テドロスWHO事務局長 出典:Flickr; ITU Pictures

現在、感染者が急増し社会不安が生じている米国も検査数を増やせば、致死率は低下する可能性が高い。

例外はイタリア、スペイン、フランス、そして英国などの西欧諸国、および湖北省だ。罹患率も致死率も高い(図3)。湖北省の問題点は前述の通りだ。なぜ、西欧で致死率が上昇するのだろうか。他国との乖離はなぜ生じるのだろうか、その原因は明らかではない

3月4日、北京大学の研究者たちは、新型コロナウイルスは毒性が異なる2種類が存在すると報告した。湖北省で流行したのは毒性が強いものらしい。西欧に関する調査結果は明らかではなく、まだ結論は出ていない。

また、結核予防のためのBCGワクチンの接種が、新型コロナウイルスの免疫獲得に影響しているという報告もある。我々の研究所でも両者の関係を調べてみた。図3に2018年に90%以上の国民がBCG接種を受けていた国を区別して示してみた。感染率とは相関がありそうだ。まだ、仮説のレベルを出ないが、世界各地で臨床研究が進んでいる。豪マードック・チルドレンズ研究所は4,000人の医療従事者を対象に臨床研究を準備している。

勿論、アジア人と欧米人のゲノムの差が影響している可能性も高い。こちらについても研究が進んでいる。ヒトの細胞表面に発現するアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)は、新型コロナウイルスが気道に進入する際の目印となる蛋白質で、これに変異がある場合、感染しやすくなるかもしれない。

英国のUKバイオバンクは、新型コロナウイルス感染に関するデータを収集することを決定したし、アイスランドのデコード・ジェネティクス社や、パーソナルゲノムプロジェクトを率いるジョージ・チャーチ・ハーバード大学教授らも独自に研究を立ち上げることを決めた。この問題についての情報は急速に集まるはずだ。

ただ、いずれにせよ、アジアと西欧の新型コロナウイルスを一律に論じるべきではない。西欧諸国が感染拡大を怖れて、都市封鎖などを強行するのは、現時点では合理的かもしれないが、十分な議論をすることなしに、日本が追随してはならない。

それは、ロックダウンは大きな問題点を抱えるからだ。都市封鎖により武漢での流行が3か月程度に収束したように、ロックダウンは強力な感染対策だ。

ただ、ロックダウンでは、集団免疫が獲得されないため、ワクチンが開発されない限り、一時的に流行が抑制されても、外部からの再流入に怯えねばならない。まさに今の中国の状態だ。

現在の西欧のように致死率が高い感染症ならロックダウンはやむを得ない。一方で致死率が1%を切るような、比較的毒性が弱い病原体の場合はどうだろうか。

ロックダウンは大きな経済的なダメージを与えるし、さらに高齢者の健康を害する懸念もある。福島第一原発事故後の福島県浜通り地方は「ロックダウン」に近い状況となり、多くの高齢者が持病の悪化などにより亡くなった。都市の活動を抑制することなく、感染爆発を避けながら、介護施設や病院を重点的に守るという戦術もあるはずだ。まさに、これまで日本がやってきた方法だ。

日本はPCR検査を抑制し、流行の実態から目をそらすという失敗もあったが、極端な政策に走ることなく、大人の対応をとってきた

ところが、現在、日本は岐路に立たされている。東京五輪が一年程度延期されることが決まったからだ。新型コロナウイルスの流行をロックダウンで対応しようとしている欧米や中国は、東京五輪の開催には新型コロナウイルスがコントロールされていることを求めるはずだ。

一年程度ではワクチンは開発されていない。参加国各国で一時的に流行が抑制されていても、東京で流行していれば、東京五輪を介して各国で再流行するかもしれないからだ。

日本が東京五輪を開催したければ、流行が抑制されていなければならない。ところが、集団免疫の獲得には通常、数年かかる。今年の冬に再流行し、来年春まで感染が拡大していれば、東京五輪は中止に追い込まれるだろう。

この問題を回避するには、東京でロックダウンを強行するしかない。その場合、どのくらい規制を継続すべきかわからない。経済的な損失は甚大となる。東京五輪を開催するために、どこまで経済的な損失を受け入れるか、国民的なコンセンサスはない。

新型コロナウイルスが欧米に拡大し、多くの人々が亡くなった現在、新型コロナウイルスを抑制し、東京五輪を無事に開催するのは至難の業だ。正確な情報を共有しながら、社会で合意を形成する必要がある

トップ写真:「新型コロナウイルス感染症 1都4県テレビ会議」の開催(令和2年3月26日)YouTubeキャプチャ 出典:東京都広報課Facebook


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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