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.国際  投稿日:2020/12/23

米大統領選出投票、波乱なし


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#52

2020年12月21-27日

【まとめ】

・大統領選挙人投票は「波乱なく」終了。米国の民主主義は健在。

・大統領選やり直しのため「戒厳令」議論の報道。真実では。

・露SVRによる対米ハッキング事件にみる米露諜報機関の「仁義」。

 12月14日の大統領選挙人による米大統領の選出投票は、あっけないほど「波乱なく」終わった。実は「大統領選挙人による投票」光景を見たのはこれが初めて。「ああ、こうなっているのか」、米国の民主主義も捨てたもんじゃない。トランプ氏が開いてしまったパンドラの箱は直ぐ元には戻らないだろうが、時間をかければ希望はあるかもね。

一方、報道によれば、ホワイトハウス内ではこの期に及んで「戒厳令」を発動し大統領選挙を「やり直す」ことを本気で議論していたという。トランプ氏はフェイクだと否定しているが、本当じゃないのかなぁ。議論では「怒鳴り合い」もあったそうだが、当然だろう。アホらしくてコメントにも値しないが・・・。こんな提案をした人物の神経を疑うしかない。

さて、今週のJapanTimesでは悪化の一途を辿る中豪関係について書いた。モリソン首相の「コロナウイルス起源につき独立現地調査をすべし」発言に切れた中国は徹底的な報復行動に出たようだ。でも、これって、日本のレアアース、ノルウェーのサーモン、フィリピンのバナナ、カナダのカノーラオイルから米国のNBAまで全て同じだ。

産経のコラムではロシアのSVRによる大規模な対米政府ハッキング事件を取り上げる。それにしても、今回のロシアの手口は実に巧妙らしく、米国最高性能の防御ソフトの目を掻い潜った「優れもの」だ。流石はKGBの後継諜報機関SVR、ということか。また、SVRと軍諜報機関GRUとの競争も、調べてみたら結構面白かった。

今回は紙面の都合で詳しく書けなかったが、簡単に言えば、SVRは諜報機関だが、政治的秘密工作はしない、と米国の専門家は考えているようだ。2014-15年、SVRは民主党全国委員会を含む多数の機関や企業から情報を掠め取ったが、入手した情報はロシア政府内だけで使用し、外部にはリークしていないという。

当時のオバマ政権は当然このSVRのハッキングを承知していたが、米側機関も同様の活動をしているので、公表も報復もしなかったという。なるほど、これが米露諜報機関同士の「仁義」なのか。米露には「素人さんには手を出さない」という「ヤ●ザの仁義」に限りなく近いルールがあるのかもしれない。恐らく、中国とは違うだろうが。

▲写真 ロシア・プーチン大統領(2020年12月21日 モスクワ) 出典:ロシア大統領府ホームページ

ちなみに、ヒラリーが事実上政治的に大いに傷付いた、一連の「eメール」をWikileaksにリークしたのはSVRではなく、同じ情報を入手したロシア軍諜報機関GRUなのだそうだ。少なくとも2014-15年に関する限り、SVRは「正統派」の諜報機関、GRUは「仁義なき」諜報機関だったということになる。「素人さん」にはあまり関係ない話だが、「その筋の人々」には大きな違いなのだろう。

〇アジア

中国人民解放軍が初の国産空母「山東」を含む艦隊に台湾海峡を通過させる訓練を実施するという。前日には米軍のミサイル駆逐艦が台湾海峡を通過したばかり。このままでは中国側のメンツが立たないのだろう。振り返ってみれば、状況は1996年より米台にとって不利となっている。こうした傾向は今後も続くことを覚悟すべきだろう。

▲写真 中国海軍の空母「山東」(2017年8月 中国・大連港) 出典:Wikimedia Commons; GG001213 (Public domain)

〇欧州・ロシア

ここ数週間、英国の南東イングランドで新型コロナウイルス感染症の症例が急増している。調査の結果、関連症例の大部分が変異した新型コロナウイルスによるものらしい。既にこの感染性の高い「新種」は欧州以外でも発見されている。日本に来るのも時間の問題なのか。今年の年末年始は今まで経験したことのないものとなるだろう。

〇中東

イラクの首都バグダッドの米大使館周辺にロケット弾8発が撃ち込まれ、イラク軍検問所付近で兵士少なくとも1人が負傷したという。おお、まだグリーンゾーンに対するロケット攻撃は続いているのか。筆者が現地に駐在した2004年前半、週に一回は空襲警報が鳴っていた。その後は一日に何十発も着弾したこともある。どうやらイラクは完全に壊れてしまったようだ。

〇南北アメリカ

来年以降のトランプ氏の活動を占う分析が増えている。一部には「AIで視聴者が望む言葉を分析し、トランプ氏がそれを政治番組とバラエティー・ショーで話し続ける。そんなトランプ・チャンネルがアメリカ世論を支配する近未来も絵空事ではない。」と見る向きもある。確かにそうだなぁ。その可能性は否定しない。

だが、ワシントンでは10年ではなく、4年が「一昔」だ。78歳になるトランプ氏が4年後に健在かは大いに疑問、最大の課題は「老いとの闘い」だろう。トランプ氏の魅力は「アドリブ一発芸」だが、あの切れ味を4年間維持できるのか。有名な保守系トークショーホストのRush Limbaughだって今は肺がんを患い昔の勢いはないのだから。

〇インド

先週末、インド国内の新型コロナ累計感染者数が1000万人を超えた。この数字は米国に次いで世界第二位だ。勿論、人口も多いから当然だろうが、人口がほぼ同じ規模の中国で感染者がいないとは、事実にせよ、虚偽にせよ、信じられない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:トランプ米大統領とメラニア夫人(2020年12月5日 ホワイトハウス) 出典:flickr; The White House (Public domain)




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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