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.国際  投稿日:2021/1/2

「バイデンの米国」とどう向き合う?(下)【2021年を占う!】日米関係


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・バイデン新政権でも、日本の米軍駐留費用負担を増やすべきとの方針は変わらない。

・日本国憲法の反戦平和主義と、日米安保体制の見直しを視野に入れた自主防衛論議は矛盾するものではない。

・アジア太平洋地域の安全保障に関する議論、すぐにでも始めよ。

前稿からの続きだが、ここでひとまずトランプに話を戻す。

2016年の大統領選挙において、彼が下馬評を覆して当選できた理由については、選挙人制度という特異なシステムによるところが大きいと、2020年11月の段階で、すでに指摘しておいた。

誤解なきように補足しておくと、彼の当選が単なる僥倖であったと言いたいのではない。

米国において、長年の民主党支持層であった労働者階級には、グローバリズムへの反発が蓄積しており、それが保護貿易と一国中心主義の経済政策を「アメリカファースト」と呼び変えたトランプに鞍替えする動きに結びついたのである。

もう少し具体的に言うと、不法移民を残らず締め出して米国人労働者の雇用を守るとか、冷戦時代は米国の核の傘に頼って軍事費負担の軽減を実現しておきながら、冷戦が終わると今度は閉鎖的な単一市場を創り出したヨーロッパ諸国(=EU)とはもはや協調できない、といった政策に(表現は過激と言うより極端かつ、いささか下品なものであったにもかかわらず)、多くの有権者が惹きつけられたことは間違いない。良くも悪くも、時代を象徴する大統領であったのだ。

▲写真 トランプ米大統領 出典:Gage Skidmore

わが国の安全保障についても、実は同じ問題が見え隠れする。

トランプの本音は、米国はもはや「世界の警察」ではないし、そうである必要もない。沖縄をはじめとする基地に駐留している米軍が、中国の脅威から日本を守ってやっている以上、その経費は日本が全額負担してもよいくらいだと、まあ、こういうことだろう。少なくとも、この推測と矛盾する発言は、一度としてなされていない。

そして、ここが重要な視点であるが、バイデン新大統領の治世となっても、この方針が大きく変わるとは考えにくい。

理由は、まず第一には経済問題で、新型コロナ禍による打撃をひとまず置いたとしても、天文学的な軍事費の負担は長年にわたって米国の懸案事項になっていた。中国とロシアが軍拡を続けている以上、拙速な軍縮は難しいとしても、国外に駐留する米軍の経費負担くらいはすぐにでも削減したい。

第二の理由は、トランプ大統領時代の姿勢と共通するのだが、冷戦が終結して30年以上も経っているのに、今さら「西側諸国の結束」など大した意味を持たない。この理念は、今や米国の有権者の多くに共有されていると言って過言ではない。今次の選挙においても、トランプ大統領は史上最多の得票を得た。バイデン候補がそれを上回ったわけだが、こうした有権者の声を無視しての政権運営などあり得ないだろう。

その前提で考えるなら、日本の側から日米安保体制の見直しを働きかけるのも、ひとつの選択肢ではあるまいか。

安倍政権の総括をした時も述べたが、戦後レジームからの脱却をとなえながら、その実は米国の極東戦略に追随する立場から一歩も出ることはなかった。この結果なにが起きたかと言えば、一方では自衛隊が地球の裏側で米軍と協同することが可能になった(一連の安保法制)と言うのに、沖縄に駐留する米軍兵士が違法行為を働いても日本には裁判権がない状態は変わっていない。ロシアにも、

「米軍基地を作らない、と約束できるならクリル割譲(日本で言う北方領土返還)の交渉に応じてもよい」

などと言われて、交渉自体があえなく頓挫してしまった。

この話題や、アベノミクスの総括も含めて、『日本人の選択・特別編 安倍政権』(アドレナライズ)が間もなく配信開始となるので、できればご参照いただきたい。この1編だけなら99円、戦後政治史の流れが分かる合本版でも700円である。

新年早々、誌面で宣伝させていただいて恐縮だが、実はこれこそバイデン政権とどう向き合ってゆくべきかという、今回のテーマの基礎をなす事柄なのだ。

当面は新型コロナ禍という「今そこにある危機」に向かい合わざるを得ないとしても、それが政治のすべてであってよいはずがない。

2020年代以降のアジア太平洋地域の平和と発展をいかにして実現してゆくべきか、というのは、日本のみならず世界中の関心事となる。

その中で、日米安保体制というものが、もはや賞味期限切れなのではないか、といった議論から目をそらすことは、もうやめるべきではないだろうか。

安倍前首相のように、とにかく「憲法を変えた大宰相」になりたい一心で、改憲論議を自ら迷走させた挙句に自滅した轍を踏むことなく、

日本国憲法の反戦平和主義と、日米安保体制の見直しを視野に入れた自主防衛論議は矛盾するものではない

ということを、国民の多くが納得できるまで、根気よく議論する必要がある。

▲写真 普天間飛行場 沖縄県 出典:Sonata

言うまでもないことだが、これが今年中に達成できると考える人はいないだろうし、また菅首相にそれだけの政治的才覚があると考える人も、さほど大勢はいないと思われる。

しかしながら、それが議論から逃れてよい理由になるはずもない。国民にとって有益でない首相ならば、どの道長くはもたないだろう。

前回も述べた通り、バイデン大統領の任期など4年で終わるかも知れないが、東アジアの平和という命題は、10年、20年というスパンで見てゆかねばならないのである。

新型コロナ禍によって、世界中の人々が、大きく生活を変えることを余儀なくされた。安全保障問題だけが例外であり得るなどと誰が考え、またそのような考え方が説得力を持ち得るだろうか。

最後になるが、今年は丑年である。

前回すなわち12年前の丑年と言うと2009年。自民党が総選挙で大敗し、民主党政権が誕生した年だ。

その前と言うと1997年だが、英国で政権交代があってトニー・ブレア首相が就任した他、アジアにおいては、香港が返還されるなど、南北朝鮮で大きな政治的変動があった。韓国では金大中が大統領選挙を制し、北朝鮮では金正日が朝鮮労働党書記長に就任したのだ。奇しくも両名ともに故人であるが。

丑年は大きな変化が起きるというジンクスもあるようだが、今年中に大きな変化が起きる可能性は、さほど高いとは思えない(天変地異はいつ起きるか知れないが)。

問題は次の10年、あるいは12年というスパンで物事を考えられるか否か、そうした視点を多くの有権者が持てるか否か、ということなのだ。

アジア太平洋地域の安全保障が、2020年代を通じてのテーマになるとすれば、それに対応する議論は、すぐにでも始める必要がある。

はこちら。このシリーズ全2回)

トップ写真:オーストラリア海軍(RAN)、インド海軍(IN)、米国海軍(USN)との多国間演習「MALABAR2020」 2020年11月3日~6日 出典:海上自衛隊




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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