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.国際  投稿日:2021/1/2

「バイデンの米国」とどう向き合う?(上)【2021年を占う!】日米関係


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・米国でバイデン新大統領が就任、日本はどう向き合うか?

・「環球時報」、「バイデンに過大な期待を寄せるべきではない」と報ず。

・バイデン政権、日本に経済的軍事的見返り求めてくるかも。

読者の皆様、新年あけましておめでとうございます。

2020年、日本では首相が交代したが、今年はいよいよ米国で新大統領が就任する。

年が明けてもまだ「トランプ大統領の逆転勝利」を信じている人たちには。せめて縁起のよい初夢でも見てください、とでも言う他はない。もはや現実は変えられないのだ。

昨年暮れは、この連載も米大統領選挙一色となってしまったが、私としては本意ではなかった。トランプ陣営や信者たちの往生際の悪さには、まったく辟易させられたし、同時に、ジョー・バイデン(フルネームはジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア)という政治家にも魅力を感じていなかったからである。最初に、この選挙に関しては「中立」の立場であったと明記しておいた。

その後の展開は読者ご案内の通りだが、騒ぎをフォローするのと並行して、2010年代すなわちオバマ政権の副大統領だった当時までさかのぼって、英語メディアに掲載された論評記事を検索してみた。あくまでも米国の記者たちの主観的によるものだが、

「オバマと同様の理想主義的傾向があり、言うことは立派だが実行力には乏しい」

といった評価が確立しているらしい。大体において米国大統領は、自分より目立ちそうな人間を副大統領に抜擢しない傾向があるのだとか。

バイデン新大統領自身は、アジア系で褐色の肌を持つ女性と、まさに「初尽くし」の副大統領を起用したが、これは自身が高齢であるため、2023年の選挙で民主党の大統領候補に含みを持たせた人事だろうと見る向きが多い。

この、4年後に再び大統領選挙が行われるいうことが、

バイデン新大統領の米国と、日本はどう向き合ってゆくべきか

という今回のテーマについて考える際の、キーワードとなるのである。

WHO(世界保健機構)などの見立てでは、新型コロナ禍への対処で、いち早くワクチン接種を開始した米英やEU諸国では、2021年中にひとまず収束=感染拡大に歯止めがかけられる見込みがあるが、日本は2022年夏までかかる可能性が大であるそうだ。

もしもその通りなら、バイデン新大統領の任期すなわち今後4年間というスパンで見た場合、間違いなく新型コロナ禍対策に終始するだろう。別の言い方をすれば、

「前半の2年は感染拡大阻止、そして後半の2年は本格的な経済再建が課題となる」

これ以外の予想は成り立ちにくい。

「バイデンが大統領になったら、尖閣諸島は中国領になってしまう」

などという意見もネットの一部では見られたが、これは「選挙結果は中国の陰謀」といのと表裏一体の妄想に過ぎない。11月の段階で、当時の安倍首相から祝意を贈られたバイデン自身が、

尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内

と明言している。2020年の12月に入ってから、当該海域で中国艦艇の活動が活発化したが、これは明らかに、前述の声明に対しての抗議と言うか嫌がらせだろう。

この問題以外で、中国側のバイデン政権に対する評価を見てみると、たしかに外交筋からは、トランプ政権当時の対中政策チームがタカ派で固められていたのに対し、バイデン政権のそれは外交経験豊富な「より理性的な面々」であるとして、米国との関係改善が期待できる、との声が漏れ聞こえてくる。

しかしその一方では、中国共産党の機関紙『人民日報』の姉妹紙として、主に国際ニュースを扱っている『環球時報』が、

バイデンに過大な期待を寄せるべきではない

とする論評を大々的に掲載した。端的に言うと、トランプ政権のようにケンカ腰にはなるまいというだけのことで、中国の貿易政策が「不公正」であるとの認識に変わりはない。それ以上に、もっぱら「貿易戦争」にしか関心がなかったトランプに対し、バイデンは香港などの人権問題で対中圧力を強めてくることが懸念される、という論旨である。

▲写真 香港民主派のデモと対峙する警察隊 2019年8月 出典:Studio Incendo

私が読んだのは英語版ウェブサイトの記事であることを明記しておくが、まさか中国語版と180度違う論説など掲載されていないだろう。

とどのつまり中国共産党の目にバイデン大統領は、

「考えようではトランプ以上に嫌な相手かも知れない」

と映っているのだ。日本では意外に思われるかも知れないが、古典的なアメリカン・デモクラシーを信奉する政治家は、むしろ民主党に多いのである。だからこそ、

「歴史的に、大戦争は必ず民主党の大統領が引き起こしてきた」

などと言われるのだが。

以上を要するに、トランピストが言う「バイデンは中国の手先」という評価は事実に合致せず、言われているほど中国に対して融和的ではないことは確かだが、同盟国たる日本に対し、より大きな経済的・軍事的負担を求めてくることに変わりはないだろう。これも選挙結果に関連して述べたことだが、トランプとバイデン、どちらが大統領になろうが、日本にとって有益なことばかりではないし、それこそ「過大な期待は禁物」なのだ。

ただ、2021年の予測ということに話を限れば、東シナ海の覇権争いが武力衝突に発展する可能性は、きわめて低い。

理由は簡単で、日米中三国とも新型コロナ禍の第二波・第三波を切り抜けるまでは、

「戦争などしている場合ではない」

からである。

1980年代にはアルゼンチンが、経済政策の行き詰まりに対する国民の不満を逸らそうと考えて、英国が実効支配していたマルビーナス群島(英国での呼称はフォークランド諸島)に軍隊を上陸させた。これが世に言うフォークランド紛争の発端であるが、現在の中国には、そのようなことをする必要性などない。

私自身、2010年代の終わり頃までは、劇画『空母いぶき』(かわぐちかいじ・著 小学館)のモチーフにもなったような、中国人民解放軍の過激分子が暴走する可能性を憂慮していたものだが、この間の各種情報を冷静に読む限り、彼らの第一の関心は軍事技術の向上で、

「遠からず物量・技術・技量すべての面で米軍を圧倒することができる」

という自信を深めつつあるように見受けられる。米国との物量差から、丁半バクチのような奇襲(真珠湾攻撃)を仕掛けた昭和の日本とも状況が大いに異なるのだ。

……このように述べると、またぞろ批判的なコメントが寄せられそうだ。

「米国が<世界の警察>の立場を放棄し<中国・ロシアとの分割支配>に移行するのを座して待てと言うつもりか」

というように。

私はもちろん、そのようには考えていない。ピンチはチャンスだという言葉があるが、バイデン政権がアジアにおける対中プレゼンス維持のため、日本にも経済的・軍事的な負担を求めてくるのであれば、日本側としても「見返り」を要求する根拠となり得る。

具体的な議論は、次回。

(に続く)

トップ写真:ジョー・バイデン氏 出典:@JoeBiden




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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