霞ヶ関高級官僚接待の系譜
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【まとめ】
・菅総理の息子の総務省官僚接待疑惑が問題になっている。
・かつての大蔵省接待汚職、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を思いおこさせる。
・官僚の倫理観の麻痺、目に余る。政治のリーダーシップどこへ。
菅総理の長男の総務省官僚接待疑惑が問題になっている。
総務省で放送・通信行政を所管する部署の幹部、谷脇康彦総務審議官、同吉田真人と秋本芳徳情報流通行政局長、湯本博信官房審議官が、放送関連会社「東北新社」に勤める菅首相の長男から通算12回もの接待を受けていたという話だ。
これまでにこの4人の他、9人の計13人が、国家公務員倫理法規程に違反する疑いがある接待を受けていたという。その数、39件に上る。山田真貴子内閣広報官も、総務審議官に在職中の令和元年11月6日に東北新社から飲食費7万4203円の接待を受けていたと明らかになった。
武田良太総務大臣は接待を受けた秋本、湯本両氏を異動させたが、これを「通常の人事」などと思う人間はいまい。今週にも残りの官僚の処分が出るものと思われる。
▲写真 総務省が入居している中央合同庁舎第2号館 出典:Wiiii
この一連の騒動を聞き、「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を思い出すのは、50才以上の人だろう。この事件は、「大蔵省接待汚職事件」と呼ばれ、1998年(平成10年)に発覚した大蔵省を舞台とした汚職事件だ。
大蔵省の職員らが、東京都新宿区歌舞伎町のノーパンしゃぶしゃぶ店「楼蘭」で金融機関から頻繁に接待を受けていた事が発覚したのだ。その名の通り、ノーパンの女性が接客するといういかがわしい店で大蔵省幹部は接待を受けていた。
この事件は官僚7人の逮捕・起訴に発展。起訴された7人は、執行猶予付きの有罪判決が確定した。この責任を取り、三塚博大蔵大臣と松下康雄日本銀行総裁、小村武事務次官、長野厖士証券局長らが引責辞任し、その後の財政・金融分離と大蔵省解体の一つの要因となった。大蔵省から銀行と証券の関連業務が分離されて金融監督庁(現金融庁)ができ、大蔵省は財務省になった。
信じられないかも知れないが、当時、金融機関には「MOF(モフ)担」と呼ばれる人間がいた。MOFとは“Ministry of Finace”、つまり大蔵省の英訳の頭文字だ。彼らは、年間1億円(当時)ともいわれる巨額の交際費を持ち、接待攻勢をかけた。金融検査のタイミングや、許認可情報を事前に入手するためだ。大蔵官僚は銀行の金で遊興に明け暮れ、その後の人生を棒に振った。
今も昔も、民間企業の接待攻勢は変わらないということだ。そして、今回の総務官僚の接待疑惑。何故霞ヶ関のエリート官僚達はこうも脇が甘いのか。総務省幹部らは「利害関係者とは思わなかった」などと言っているが、そんな言い訳が通用するとでも思っているのか。過去の接待汚職事件から何も学んでいないことに、「天を仰ぐような驚愕する思い」(総務省幹部)をしているのはこちらの方だ。
ちなみに、国家公務員倫理規定によると、「利害関係者」は以下のように規定されている。(出典:人事院)
「利害関係者」とは、国家公務員が接触する相手方のうち、特に慎重な接触が求められるものです。 ある国家公務員にとって「利害関係者」とは、その国家公務員が現に携わっている1~8の事務の相手方をいいます。ただし、基本的に同一省庁内の国家公務員同士は利害関係者にはならないものとして取り扱うこととしています。
1 許認可等の申請をしようとしている者、許認可等の申請をしている者及び許認可等を受けて事業を行っている者
2 補助金等の交付の申請をしようとしている者、補助金等の交付を申請している者及び補助金等の交付を受けている者
3 立入検査、監査又は監察を受ける者
4 不利益処分の名あて人となるべき者
5 行政指導により現に一定の作為又は不作為を求められている者
6 所管する業界において事業を営む企業
7 契約の申込みをしようとしている者、契約の申込みをしている者及び契約を締結して債権・債務関係にある者
8 予算、級別定数又は定員の査定を受ける国の機関
また、同倫理規定は国会公務員は以下のような規制を受けていると説明している。
そもそもこの倫理規定、先の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」を受けて、2000年4月施行された国家公務員倫理法を元に作られたものだ。喉元過ぎればなんとやら、すっかり形骸化したようだ。
そもそも政治の世界もモラルが欠如している。省庁トップの大臣がそうなのだから、その下は推して知るべしだ。大手鶏卵業者から大臣在任中に現金500万円の賄賂を受け取ったとして、東京地検特捜部が、収賄罪で吉川貴盛元農林水産相を在宅起訴したのは記憶に新しい。
さて、話を総務省幹部の接待疑惑に戻すと、東北新社との会食時の会話録音が流出している。誰が、何のために録音したかは置いておいて、これまでのところ、許認可に関わるような会話は確認されていない。が、少なくとも総務省幹部が「利害関係者」とズブズブだったことだけはわかった。倫理観もなにもあったものではない。単なる更迭だけですませていいのか。徹底的な調査が必要だ。
▲写真 菅義偉首相 出典:Pool/Getty Images
緊急事態宣言下、国民に自粛を強いておきながら、銀座や西麻布で飲み食いする政治家、平気で民間の高額接待を受ける官僚。彼らの感覚は麻痺しているとしか言いようがない。
新聞には連日、企業の「破綻・廃業」、従業員の「早期退職」の文字ばかりが目につく。これ以上経済を締め付けたら、新型コロナウイルス感染症による死者よりも、仕事を失って経済的に立ちゆかなくなり、命を絶つ人の数の方が多くなるのは目に見えている。
コロナ対策しかり、ワクチン接種の見通ししかり、オリンピック組織委員会トップの人事問題しかり、あらゆる問題が後手後手だ。それなのに菅首相から危機感が感じられないと思うのは筆者だけか?少なくともリーダーシップを発揮出来ていないのは誰の目にも明らかだ。ましていわんや、今回は首相の長男が関係している。「別人格」で通ると思っている国民はいまい。
国民の間に政府・与党に対する不満がふつふつと溜まっているのがわからないのだろうか。このままいくと、とんでもないしっぺ返しが待っていると言っておこう。総選挙は年内に、ある。
(了)
トップ写真:霞ヶ関官庁街を臨む 出典:Tomohiro Ohsumi/Getty Images
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。