世界のすごい女性起業家たち フランス
「ある一人の名もなき女性起業家コラム」
【まとめ】
・海外には日本では知られていない同世代のすごい女性起業家がたくさんいる
・スタートアップ大国となったフランスのエコシステムを率いるのは女性。
・「マイノリティであることは変革者となれるということ」という視点で日本の女性起業家も立ち上がろう。
日本で女性の起業家やリーダーシップに関するイベントやセッションなどがあると必ず取り沙汰されるのが、「ロールモデル不在」という話題である。
いやもちろんものすごく素晴らしい実績をあげられている先達の女性はたくさんいらして、私も実際にお会いしてはいつも鼓舞してもらったりパワーをいただいたりしているのだが、実際数の問題では圧倒的に少ないのが現状で、いつも目にするのは同じ方々のお名前ばかりだったりする。
しかしふと国外に目を向けてみればどうだろう。なんとまぁ、驚くほどすごい女性起業家がたくさんいるのである。しかも、日本ではほとんど知られていない。ああもったいないもったいない。そこでこの私が(もともとリユースリセールビジネスやってたくらいでもったいない星人だし)、頼まれてもいないのに、勝手に彼女たちを日本に紹介してみることにした。
いきなりだが、フレンチテック(La French Tech)という言葉を耳にしたことはないだろうか。正確にはフレンチテックミッション、つまりフランスにおける政府主導のスタートアップエコシステムで、設立は2013年だが、ここ何年かでユニコーン企業の数が11社に増えるなどのめざましい成果をあげている。それに一役かっているのが、他でもない彼の地の女性起業家、フレンチテックのディレクターを務めるキャット・ボーロンガン(Kat Borlongan)さんである。
スタートアップ支援こそ国策、という政府をあげての大プロジェクトを率いるポジションが30代の女性。しかも驚くことに、キャットさんの生まれはフィリピンでフランス出身でもない。身近なところであてはめてみると、昨今国内外の話題をさらった東京五輪組織委員会長に、いきなり外国籍の30代女性が任命された…くらいの衝撃度だ。
日本にいるとちょっと考えられないくらいの大抜擢かつ大飛躍であり、これを知った時は、あまりのショックに顎が落ちるかと思うほどであった。いや実際、この差に愕然として寝られなかったぐらいであるが、次に驚いたのは、なんと彼女についての日本語で書かれた記事がまったくといいほどヒットしないことであった。つまり、全然知られていない!!
これはちょっと深刻だと思う。これだけ情報化社会なのに、なぜだか情報鎖国になってしまっているではないか。日本語で書かれていない、というだけで、それだけ他の良質な情報からも取り残されてしまっている。…といっても今回の論点はそこではないので、いったん情報鎖国問題(?)については横に置いておくとして、何はともあれキャットさんである。
彼女がフレンチテックのディレクターに着任したのは2018年のことだった。が、女性であり、外国人であり、なおかつ移民…つまり本人いわく「トリプルマイノリティ」だったわけで、その思い切った人事が DiversityやWomenInTechといったハッシュタグとともにSNSを賑わわせることになったのは想像に難くないだろう。実際任命された時には自分のバックグラウンドに引け目を感じたこともあったし、そこに注目されるのが嫌でできる限りメディアに出ないようにしていたこともあったという。
▲写真 プラスチック銀行CEODavidKatzとLaFrenchTechのディレクターKatBorlonganが、2020年9月17日にドイツのベルリンで放送されたGreentechFestivalで講演。 出典:Getty Images/Getty Images for Greentech Festival
SNSといえば、新進の音声SNS・Clubhouseでは日夜スタートアップ関連の話題が盛んだが、実はその中に世界各国のテックアントレプレナーを日英バイリンガルで紹介していく起業家のKei Shimada氏による“Destinations”という番組があって、私はなんともラッキーなことに、Co-hostとしてキャットさんというこの稀有な【ロールモデル】と直接会話できるという幸運に恵まれた。
そこで出会った(いや声だけではあるが)キャットさんは、しかしそんな影は微塵も感じさせない信念の女性であった。
キャットさんが語ってくれた数々…彼女自身の起業家としての実績に加え、さらにフレンチテックディレクターとして発揮してきた手腕。たとえば誰もが起業という選択肢にアクセスできるよう、どれだけ豊富なプログラムや支援策が組まれているか、またいかにダイバーシティが行き渡っているか、つまり女性登壇者が35%以下のイベントは一切資金提供していないこと、むしろ性差どころか今や「human」というくくりでしか考えられていないことなどは、もう、羨ましいを通りこして我が身が哀しくなってくるほどであったが、実は彼女の本当にすごいのは具体的な施策ばかりではなかった。
今や世界も羨むスタートアップ大国となったフランスだが、もちろん最初から上手くいっていたわけではない。キャットさんがフランスに移り住んだばかりのころは、今ほど女性が登用されていたわけでもなかった。フレンチテックディレクターに就任したときに、誰かが行くべき道を照らしてくれていたわけでもない。けれど、社会にポジティブなインパクトを与えるためには、大きな変化を起こすことを恐れないこと。またいくら将来的に成果となり得るかもしれなくても、そこに至るまでの道のりは誰にもわからなくて、ただただ一歩一歩を着実に行動に移して進んでいくしかないのだ、ということを教えてくれた。
エコシステムを作る魔法のような方法なんかない。ただ本当にひとつづつ、石を積むように手の届くところからやっていくしかないのである。
彼女の言葉は迷いがなく確信に満ちていた。もちろん現実の毎日には相当な困難も思い悩むこともあるだろうが、キャットさんのような女性をフィーチャーする際にスポットライトがあてられがちなのは、たいていの場合その実績だったりする(それはそれで当然だが)。すると、まだまだダイバーシティの観点から本人たちがインマチュアな私たち日本女性は、これはこの人だからできたこと、私には関係ない、無理無理…とばかりにちょっとひいてしまうのだ。けれど本当に見習うべき点、ロールモデルとしたい点はそういうことではなく、こういう内面のインスピレーションなのだと思う。
マイノリティであるということは、変革者にもなれるということだ。ダイバーシティに揺れる日本の私たち女性起業家は、この視座が欠けていたのではないだろうか。そう、私たちが、今から変革を起こしていくのだ。誰も道順は教えてくれないし、灯りもないかもしれない(というかむしろ真っ暗闇だ)それでも一人じゃない。Half the sky 世の中半分は女性なのだ。共に進もうではないか。
トップ写真:La FrenchTechディレクターキャット・ボーロンガン氏 2020年9月17日にドイツのベルリンでのGreentech Festivalで講演。 出典:Getty Images/Getty Images for Greentech Festival
あわせて読みたい
この記事を書いた人
長森ルイ
慶應義塾大学卒業後、デンマークの海運世界最大手Maersk Lineに入社。その後フリーランスの日英バイリンガルMC/通訳として主に国際会議やスポーツ国際大会、海外トレードショー等で活躍し、2013年株式会社キャリーオンを設立。まだ着用できる子ども服が誰かの新しい衣類になるというサステイナブルな循環創出を通して、アパレル業界で深刻な課題となっている環境問題の解決及びSDGsゴール12に寄与した。Startup Lady Japan理事、One Young World Japan理事。アントレプレナーシップを備えた女性およびノンバイナリのグローバル人材育成や、日本を支える次世代リーダーの育成にも注力中。