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.国際  投稿日:2021/3/21

北朝鮮に打撃 マレーシア断交


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・容疑者を米国に引き渡したマレーシアに、北朝鮮が外交断絶を表明。

・容疑者は重要で特殊な存在。金正恩にとっては大きな人的損害。

・金正男氏暗殺情報などを証言すれば、金正恩政権には致命的な打撃。

 

北朝鮮の外務省は3月19日、マレーシアが17日に自国民を犯罪者として米国に強圧的に引き渡す「容認できない犯罪行為と特大型の敵対行為を強行した」と非難して、マレーシアとの外交関係を断絶するとする声明を発表した。

北朝鮮が、外交関係を完全に断絶すると宣言したことについて、マレーシア外務省は19日、「極めて遺憾」との声明を出し、在クアラルンプールの北朝鮮外交官に48時間以内に退去するよう求めた。

2017年2月の金正男氏暗殺事件後、両国は相手国の大使を追放して関係は一気に悪化し、平壌駐在のマレーシア大使館もすでに閉鎖されている状況なので、マレーシア側にとっては、さほど大きな影響はないと思われるが、北朝鮮にとっては、東南アジアの最重要拠点が完全になくなるので、その政治・経済・外交的打撃は大きいと見られる。

▲写真 マレーシア・クアラルンプールの北朝鮮大使館。 出典:Rahman Roslan/Getty Images

■ 米国へ身柄を引き渡された人物とは

米国へ身柄を引き渡された人物は、ムン・チョルミョンという50代の人物だ。ムン氏は、シンガポールに本社を置く「シンサル貿易会社」に入り、事業開発責任者として働く過程で、中国を出入りしながら、贅沢品を不法に北朝鮮に送り、必要な資金を国際犯罪組織を通じて、マネーロンダリングしていたが、その内容を米連邦捜査局(FBI)に捕捉され、長い間マークされていた。

ムン氏は、シンガポールでの活動後、莫大な資金を持ってマレーシアに入国し、永住権資格を得てこれまで約10年間、いわゆる貿易事業を繰り広げた。FBIとマレーシア当局は彼の動向を共同で捜査、マレーシア当局は2019年5月にクアラルンプールでムン氏を逮捕した。

FBIとマレーシア情報当局が主張した起訴内容によると、ムン氏は2013年4月から2018年11月まで、幽霊会社を設立し、国連制裁に違反して北朝鮮に贅沢品を送り続け、そのためのマネーロンダリングを行ったとされている。

ここで米国と関連付けられたムン氏の嫌疑が、具体的にどのようなものかは明らかにされていないが、ムン氏の弁護人であるジャギト・シン弁護士は、裁判直後、記者団に対して「ムン氏がマネーロンダリングした資金で米国からボートエンジンを購入したことと関連があり、これがテロ目的で使用できると米国側が主張した」と述べている。

■ 身柄引き渡し決定までの経緯

逮捕後の2019年7月には、米司法省が5件のマネーロンダリング容疑と関連して、ムン氏の身柄引渡しをマレーシアの内務省に正式要請したが、ムン氏側が異議を申し立て、裁判が始まった。約4ヶ月後の2019年12月13日、マレーシアの高等裁判所は判決を下し、犯罪人引渡し協定によるムン氏の米国への引き渡しを承認した。

だが、ムン氏側は裁判の過程で一貫して容疑を否認し、マネーロンダリングのために偽造文書を発行したことはないと主張したうえで、これまでシンガポールの会社を通じてパーム油と大豆油を北朝鮮に供給するためにのみ関与しただけで、国連と米国が禁止する贅沢品は送っていないとして頑強に反論した。そして判決を不服としてマレーシア最高裁判所に上告した。

この上告に対してマレーシア最高裁判所は2021年3月9日、ムン・チョルミョン氏の上告を棄却し、米国への身柄の引渡しを決定したのである。

▲写真 マレーシアで暗殺された金正男氏(写真は2001年5月 日本国内で拘束された際のもの) 出典:Yamaguchi Haruyoshi/Sygma via Getty Images

■ 金正恩への深刻な打撃

マレーシアは、北朝鮮と1973年に外交関係を樹立し、非常に友好な関係を維持してきた。

北朝鮮はノービザで行き来できる数少ない国として、政治経済の様々な拠点として、マレーシアを活用していた。だからムン・チョルミョンが永住権を取得し、長い間家族とともに暮らせたのである。

北朝鮮幹部で、外国の永住権を取得し、そこで家族と共に居住する幹部は、世界で何人もいない。この事実一つをとっても、ムン氏が金正恩にとっていかに重要で特殊な存在であるかがわかる。彼の米国への引き渡しが、金正恩に大きな人的損害を与えることは間違いない。

しかしそれよりも深刻なのは、北朝鮮にとって制裁破りの重要拠点であるマレーシアでの活動情報があからさまになることである。その中には2017年2月13日のクアラルンプール国際空港での金正男毒殺事件情報が含まれるかもしれない。この事件が起こった時、ムン・チョルミョンもマレーシアに居住し、北朝鮮側要人と深い関係を持って贅沢品の調達やマネーロンダリングを行っていたからだ。

もしもムン氏が、FBIの調査過程で、金正男暗殺情報などを証言すれば、金正恩政権は、マネーロンダリング情報の漏洩などとは比べ物にならない致命的打撃を受けることになるだろう。

トップ写真:北朝鮮・金正恩総書記(2018年9月18日 撮影) 出典:Pyeongyang Press Corps/Pool/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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