受容できぬWHO武漢調査団報告書
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・WHO調査団が「研究所発生源説」否定。中共の宣伝工作に利用されただけ
・中国を民主的で透明性のある体制に変えない限り、真相は不明のまま
・WHO調査団の報告書は「受け入れない」を国際的な共通認識に
世界保健機関(WHO)が3月30日、新型コロナウイルスの発生源の解明などを目的に今年1月から2月にかけて中国の武漢を訪れた国際調査チームの報告書を公表した。チームは17人の国際研究者と17人の中国人研究者によって構成された。
現地調査は中国共産党政権(以下、中共)の徹底した管理の下で行われ、当初からその宣伝工作に利用されるだけに終わるのではないかと危惧されていた。残念ながら危惧が現実化したと言わざるを得ない。
とりわけ問題なのは、報告書が、新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所から漏れ出た可能性を「極めて低い」(extremely unlikely)と結論づけたことである。同研究所は、大量感染が確認された市場から数キロの距離にある。
報告書はそう判断した理由を、同研究所が安全面で「よく管理され、所員の健康チェックもなされている」からだと説明する。
しかし国際調査チームの一員でアメリカ人のピーター・ダスザク氏は、メディアの質問に対し、中国側研究者の説明をそのまま受け入れたに過ぎない旨を告白している。なお同氏は武漢ウイルス研究所と共同研究を行ってきた過去があり、かねて「利益相反」関係を指摘されてきた人物である。いわば中共とWHOの癒着を象徴する存在と言える。
実際、武漢ウイルス研究所は、コロナウイルスに関して、危険度の高い「機能獲得」(gain of function)実験を行っていた。2018年に現場を視察した米国政府職員は、専門知識を持った技術者が不足しており、管理がずさんでパンデミックを招きかねないとの報告を上げている。
中国語に堪能なマット・ポティンジャー前大統領安保副補佐官は、3月28日、米CBSテレビのインタビューに答え、「中国政府は認めていないが、中国軍と武漢ウイルス研究所は一連の共同研究を行ってきた。我々はそのデータを持っており、私自身そのデータを見た」と証言している。
▲写真 マット・ポティンジャー前大統領安保副補佐官 出典:Publc domain / Wikimedia Commons
ポティンジャー氏はまた、米政府が得た情報によれば、武漢ウイルス研究所では、「特に、COVID-19ウイルス同様、人間の肺においてACE2受容体と結合するコロナウイルスの研究を行っていた」という。
2019年秋には研究所で、新型コロナ感染症と類似した症状に陥った職員が出たとの情報も米政府は公にしている。
従って、「状況証拠に照らせば、(パンデミック発生は)何らかの人的エラーに因ると考える方が、自然発生的現象と考えるより遥かに理にかなっている」とポティンジャー氏は主張する。
日米英など14か国の政府は30日、WHO報告書に関して、「国際的な専門家による調査が大幅に遅れ、完全なデータやサンプルにアクセスできなかったことに懸念を表明する」とした共同声明を発した。
その通りだが、ただしWHOに同様の枠組みでの再調査をさせても無意味である。結局のところ、中国を民主的で透明性のある体制に変えない限り、真相は明らかにならないだろう。
とりあえず、WHO国際調査団の報告書を受け入れないことを国際的な共通認識としたい。
トップ写真:調査を行うWHO国際調査団(2021年1月30日 武漢市) 出典:Getty Images
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。