仏で薬物影響下の殺人、罪に問われず
Ulala(著述家)
「フランスUlalaの視点」
【まとめ】
・2017年パリで起きたユダヤ人女性殺害事件。
・現行法下、加害者の認知能力が欠如することになった原因を考慮にいれないため、刑事判決を受けることができない。
・判決に抗議するデモが各地で行われた。仏で刑法改正の動きも。
2017年にフランス、パリで起きたユダヤ人女性サラ・アリミさん(65歳)殺害事件の殺人容疑者に対し、破毀院(フランスの民事、刑事事件の最終審)が認知能力に欠如があったため容疑者が裁かれることはないと決定を下したことで、4月25日に何千人ものデモ参加者が複数の都市で法改正を求めデモを行った。
コビリ・トラレオ容疑者(27歳)は、マリ出身の両親を持つフランス人でありイスラム教徒である。犯行の根底には、反ユダヤ的動機があるものの、大麻吸った後に起きた突発的な妄想状態に陥っており、罪に問うことはできないと判断された。
■ 犯行の状況
2017年4月4日トラレオ容疑者は、その日10~15本のジョイント (喫煙のために大麻を紙で巻いたもの)を吸っていた。
トラレオ容疑者は、過去、暴力の有罪判決が6件、窃盗の有罪判決が4件、麻薬の使用または人身売買の有罪判決が8件、侮辱罪2件、武器の持ち運び1件など、数々の犯罪をおかしているが、それらの刑務所生活時代に精神障害が確認されたことはなかった。
友人宅で映画を見ながらジョイントを吸い、眠りに落ちいったが、午前3時30分ごろに突然友人が起された。その友人によれば、裸足な上おかしな様子だったという。そしてそのままトラレオ容疑者は友人宅を後にした。
その後、トラレオ容疑者は、自宅のアパートの部屋から何件かとなりのDさん宅のドアのベルを押し続けた。家の主は、仕方なく玄関を開けたが、家族は別室でドアの前に家具を置いて隠れながら、警察に電話をしたという。それが午前4時25分だ。
強引に入れろと言われて殺されることを恐れたDさんは、トラレオ容疑者を家の中に入れたが、彼はサロンに20~30分居座り、その間、コーランからのスーラを暗唱していたという。
そして、声が途絶えたと思ったら、バルコニー越しに違うアパートに移動していった。その後のトラレオ容疑者の供述によれば「Dさん宅は安全じゃないと感じた」からだそうだ。
元保育園長であり、離婚して独り暮らししていた65歳の定年退職者アリミさんは、物音で目を覚ました。トラレオ容疑者は、「誰のアパートの部屋に入ったかはその時わからなかった」と言っている。
しかし、入った部屋で、トーラー(ユダヤ教の聖書における最初の「モーセ五書」)を見かけたそうだ。そこにアリミさんとはちあわせし、トラレオ容疑者は電話で彼女を殴りつけた。
その後、バルコニーに彼女が逃げたが、15分から20分間は暴力が続いた。その間、「アラー・アクバル(アラビア語で神は偉大なり)」「お前は娼婦」「私はサタンを殺した」などと叫んでいたという。そして、トラレオ容疑者は、アリミさんを持ちあげてバルコニーから庭に投げ捨てた。
警察が来たのは午前5時10分。最初はDさん宅の26号室にいった。夫婦喧嘩だと思っていたらしい。その後、アリミさん宅の30号室に行き、トラレオ容疑者を逮捕したのだ。もう少し、警察が早く到着していれば、アリミさんは死なずにすんだかもしれない。
その後、拘留所にて、精神科医により「精神障害を起こしている」と判断され、トラレオ容疑者は精神病院に収容された。
▲写真 フランス大使館近くで判決に抗議するローマのユダヤ人コミュニティ (2021年4月25日 イタリア、ローマ) 出典:Stefano Montesi – Corbis/Corbis via Getty Images
■ 破毀院の判断と今後
そして、4月14日、最終的に破毀院は、犯行は反ユダヤ的動機があるが認知能力が欠如した状態で犯行に及んでおり、現行の法律では、加害者の認知能力が欠如することになった原因を考慮にいれないため、刑事判決を受けることができないと判断を下した。
司法高等会議も、この決定は判事が法を正しく適用していると主張している。
これを受け、法の改正を求めるデモには、パリには2万人以上、その他、ボルドー、マルセイユ、ストラスブールと各地で多くの人が参加した。ニコラ・サルコジ元大統領や、アンヌ・イダルゴパリ市長も参加したのだ。イダルゴ氏は、現在パリ市内の道の一つに、この事件を忘れないためにアリミさんの名前をつけると約束もしている。
現在、エリック・デュポンモレティ法相は、この「法の空白」を埋めるために、5月末までに刑事責任に関する新法案を提出する予定だと発表した。
▲写真 エリックデュポンモレッティ法務相 2020年9月21日 出典:Aurelien Meunier/Getty Images
ジョイントを吸う人が殺人を行っても罪にならないとすれば、多くの人が自分の行動に責任を負わなくてよくなる。今後の新法案が通過し、施行されることを願うばかりである。
-参考リンク-
Anne Hidalgo annonce qu’une rue de Paris “portera le nom de Sarah Halimi”
RECIT. Meurtre de Sarah Halimi : autopsie d’un fait divers devenu affaire d’Etat
“Justice pour Sarah Halimi” : 26 000 manifestants ont défilé partout en France
トップ写真:ユダヤ人コミュニティが主催したサラ・アリミさん殺害事件の判決に対する抗議デモ。(2021年4月25日イタリア・ローマ) 出典:Stefano Montesi – Corbis/Corbis via Getty Images
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。