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.国際  投稿日:2021/6/28

「ようやく子どものもとへ」25年間暴力を振るい続けた夫殺害女性に判決


Ulala(著述家)

フランスUlalaの視点」

【まとめ】

・25年間暴力と売春強要を続けた夫射殺の女性に猶予付き判決。

・「14歳の娘も自分と同じ目にあうのでは」で夫殺害を決心。

・判決に女性は涙を流し「ようやく子どもたちのもとに帰れる」。

 

フランスで暴力を振るう夫を射殺したとして殺人の罪に問われたバレリー・バコさん(40)の公判が6月25日に終了し、禁錮4年(うち執行猶予3年)の判決が出た。バコさんはすでに1年間刑務所で過ごしているため、実質、この後は実刑を受けることなく自由の身になることになる。

バコさんが今年5月に出版した著書はベストセラーになり、フランス中が注目したこの裁判。フランスでは今年だけでも43人の女性が夫やパートナーによって殺害されており、現在でも夫からの不当な拘束で苦しんでいる女性も多い。そのため25年もの間、夫から暴力を受けてきたバコさんの壮絶な身の上には多くの同情する声が寄せられ、実刑を科さないよう求めるオンライン署名では62万を超す署名が集まっていたのだ。今回のこの裁判結果を受け安堵した人も多いだろう。

▲写真 バレリー・バコさんの著書 出典:Amazon.fr

■  暴力は12歳の時から始まった

はじまりは、バコさんが12歳の時だった。当時母親の恋人であり、義父と呼んでいたダニエル・ポレット氏(当時38歳)に無理やりレイプされたのだ。そしてその後も行為は続いていった。母親はそのことを知らなったのかと当時は思っていたそうだが、そうでもなかったようだ。

それでも、男性の兄妹の一人が警察に通報してくれたおかげで、男性は1995年に未成年との性行為が罪に問われ刑を宣告され投獄された。しかし、1997年に刑務所から釈放された後、あたかも何事もなかったように家に戻ってきた。そして、家に戻ってきてから、数週間後にまた以前の状態に戻ったのだ。高校が終わって帰ってくるたびに、行為が繰り返される日々を送り、とうとう17歳で男性の子どもを妊娠した。

その知らせを聞いた男性は、バコさんと一緒に住むことを宣言。バコさんは一緒に住まなければ母親には家を追い出され、妊娠したままホームレスになると思い、男性についていくことを承諾した。母親は荷物の準備まで手伝い、ラベンダーの入った枕まで用意して送り出したと言う。最終的に籍も入れ、3人の男の子と女の子一人の4人の子どもを持つ母親になったのだ。

しかし、その日々は過酷だった。朝起きてすぐののしられることから始まり、日常的に身体的暴力を受けた。夫となった男性は昼と夜には帰ってくるため、家を空けることもできない。そうしているうちに、夫所有のバンの中で売春することも課されるようになる。

高速道路のパーキングエリアに停められたバンの中で売春をさせられた。しかもその行為時には、空けられた穴から夫が覗き、イヤフォンを通じて彼女に「指示」を与えていたというのだ。そんな苦痛の日々は14年間続いた。「千回ぐらい、逃げたいと思った。」と当時の様子をふりかえる。しかし、定期的にピストルで彼女を脅かす夫から逃げる方法はないと思っていた。

引き金になったのは、娘が14歳になったとき

このような生活が続いていたが、引き金になったのは娘が14歳の時だ。父親である夫に娘が「性活動はどんな感じだ?」と聞かれたことを知ったからだ。その時、娘が自分と同じ道をたどるのではないかと恐怖を覚えたという。子どもを守らなくてはいけないという思いにかられた。

そして、2016年3月13日、バコさんが35歳、夫が61歳の時である。その日に売春をさせられた客はとても乱暴だった。行為を拒否したところ客は出て行ったが、そのことを夫がひどく怒って怒鳴ったと言う。状況を説明しても聞くことなく怒鳴るのをやめなかった。怒鳴り声を聞いているうちに、これが続いたらこの後どんな暴力が待っているのだろうという恐怖に襲われた。もしかしたら子どもにも危害がおよぶかもしれない。

そこで、ハンドルを握る夫の首の後ろめがけて、夫のピストルで撃ったのだ。それでも、バコさんは夫がさらに怒って襲ってくるのではないかもしれないとおびえた。車から離れ家に帰り、子どもたちに全てを告白した。それを聞いた彼女の子どもたちはこういった。「お母さん、心配しないで。僕らはお母さんを助けるよ。」そして、車に二人の子どもと戻り、夫の死体を森に埋めたのだ。

それから1年後、憲兵によって死体が見つかり、2017年10月2日にバコさんとその子どもたちは逮捕され、現在に至る。

夫は、バコさんだけではなく、夫自身の家族や知人にも暴力を振るっていたという。公判中に「なぜ20年間も、被害届けを出さなかったのか?」と質問されたが、暴力を振るわれていた彼女は、決してそんなことができる状態ではなかったと訴えた。それでも、「20年も届け出を出さないことが不思議だ。」と続ける裁判官に、暴力を受け続けると自由意志が持てない状態になることを、弁護士が説明する。

暴力を受け続けて自由意志が持てなくなった状態を、「被虐待症候群」と言う。あまりに虐待が継続・日常化した場合、被害者が抵抗する意欲を失うばかりか、虐待をごく自然な行為として甘んじて受けるようになってしまう状態のことだ。つい最近まで、バコさんは自分の意見をうまく表明することができなかったそうだ。夫の死後、年月を経てようやく現在のように語れるようになり、裁判でも証言できるようになった。

裁判の判決が出た直後、家族や知人は涙で顔を濡らした。バコさんは涙を流し、気を失った。そうとうの疲労が見て取れる状態だったという。救急隊が駆けつけ手当された結果、午後から裁判も再開することができ、バコさんはようやく自由の身になることができたのだ。弱々しい姿で法廷を後にするバコさんの両脇と後ろには、バコさんを労わりながら寄り添う子どもたちの姿が見られた。

そして、裁判後の拍手喝采で迎えられた裁判所の外での記者会見で、バコさんは「私はようやく子どもたちのもとに帰れます」と語ったのだ。

この後、彼女はどのような人生を歩むのだろうか?失われた25年をどのように取り戻していくのだろうか?生活を立て直していくのは並大抵のことではないだろう。それでも、彼女には支えてくれる子どもたちもいる。これからの生活には、肉体的、精神的に平穏が訪れることを祈るばかりである。

<参考リンク>

“Sept à Huit ” : l’interview bouleversante de Valérie Bacot, jugée pour avoir tué son mari qui la tyrannisait : “Seven to Eight”:自分を虐げた夫殺害の罪で起訴されたバレリー・バコの衝撃的インタビュー

Procès de Valérie Bacot : cinq ans de prison requis, dont quatre avec sursis, contre cette femme qui a tué son mari violent et proxénète

バレリー・バコ裁判:暴力的なヒモ夫を殺害した女性に対し、懲役5年(執行猶予4年)を求刑

EN DIRECT – “Le parquet ne fera pas appel” de la condamnation de Valérie Bacot, annonce son avocate : ライブ – バレリー・バコの有罪判決について「検察は控訴しない」と弁護士が発表

トップ写真:「フランスでは2日に1件の割合で女性が殺害されている」というプラカードを掲げ、DVや男女不平等などに抗議する女性。(2019年11月23日 仏・トゥールーズ) 出典:Alain Pitton/NurPhoto via Getty Images




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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