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.国際  投稿日:2021/5/3

バイデン政権、危うい対北政策「見直し」


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・バイデン政権の対北政策は、北に騙されたライス・ヒル融和路線に戻る兆候。

・北朝鮮は米側が折れ始めたと見て、米国内の宥和派に揺さぶり。

・制裁緩和をただ取りされぬよう、日本は米国に最大級の釘を刺していく必要がある。

 

バイデン政権の外交政策は、トランプ政権と違い「外交のプロ」たちが仕切るので安心だと言う「識者」が多いが、筆者は逆に、オバマ政権時代に極めて宥和的なイラン核合意(2015年)をまとめた人々が政権の中核を占めるだけに、特に対北朝鮮政策など非常に危ういと指摘してきた。

当時副大統領だったジョー・バイデン大統領を筆頭に、国務長官だったジョン・ケリー気候変動問題担当大統領特使(閣僚待遇で国家安全保障会議のフルメンバーでもある)、国務副長官だったアントニー・ブリンケン国務長官、交渉代表を務めたウェンディ・シャーマン国務副長官、その下で交渉に携わったジェイク・サリバン大統領安保補佐官など、イラン核合意を「オバマ外交最大の成果」と位置付ける人々がバイデン外交チームの中心をなしている。

▲写真 イラン核合意後に記者会見するオバマ大統領の横に控えるバイデン現大統領(当時、副大統領 2015年7月14日 ホワイトハウス) 出典:Andrew Harnik/WHITE HOUSE POOL (ISP POOL IMAGES)/Corbis/VCG via Getty Images

ではイラン核合意の問題点とは何か。簡単に整理しておこう。

(1)イランの核活動を「制限」するだけで、核の放棄どころか凍結ですらない(例えば遠心分離機の部分的運転を容認)。しかも10年ないし15年間の「時限合意」であり、期間が過ぎればイランは自由に核活動ができる

(2)検証規定が甘い

(3)ミサイルに何の制限も課していない

(4)テロ放棄を迫っていない

(5)拉致問題を棚上げした(イラン領内で失踪した元FBI捜査官ロバート・レビンソン氏のケースなど)

一方、核活動「制限」の見返りとしてイランに対し米金融機関が凍結していた資金引き出しを認め、経済制裁の多くを解除した。続くトランプ政権はこれを「最悪の合意」と批判し、枠組みから離脱すると共に対イラン制裁を強化した。

さて危惧した通り、バイデン政権の北朝鮮政策は、ブッシュ長男政権の末期に、北朝鮮の見せ掛けの「非核化措置」と引き換えに制裁緩和を重ねたライス・ヒル路線に戻る兆候を見せている。

4月30日、ジェン・サキ大統領報道官が、対北政策の見直し作業が完了したと明らかにした。「我々の政策は大取引(grand bargain)の達成に焦点を当てたものでも戦略的忍耐(strategic patience)に頼るものでもない」 という。

▲写真 ジェン・サキ大統領報道官 出典:Alex Wong/Getty Images

複数の当局者に取材したワシントン・ポストによれば、「大取引」とは、トランプ政権のジョン・ボルトン安保補佐官が唱導したような「オール・オア・ナッシング・アプローチ」、すなわち完全な非核化達成時に完全な制裁解除を行い、北が主張する「相互的で段階的なアプローチ」(核活動の凍結など部分的「非核化措置」に部分的制裁緩和で応じる)は拒否するという行き方を指す。

一方、「戦略的忍耐」は、オバマ政権が自己正当化に用いた言葉で、要するに特に具体的解決を追求せず放置するという行き方である。

ある当局者によれば、バイデン政権は「どこかその中間あたり」(something in the middle)を目指し、「特定の措置に制裁緩和で応じていく、注意深く、調整された外交的アプローチ」を取るというのだが、結局のところ、ライス・ヒル外交の再現を演じかねない。言葉遣いもほぼ重なる。中国に交渉への協力を求めるという姿勢も危うい

また、「早期に北との関係を築くことが決定的に重要だ。関係構築の時間は限られている」とも当局者は述べたという。これは、ホワイトハウスの「インド太平洋調整官」としてアジア政策を統括するカート・キャンベル元国務次官補が政権発足当初に語った、北朝鮮が挑発的な行動に出る前に素早く交渉に入らねばならないという認識と符合する。

▲写真 北朝鮮の金正恩書記長 出典:Mikhail Svetlov/Getty Images

このバイデン政権の方針発表を受けて、北朝鮮も早速反応した。朝鮮中央通信によれば、北朝鮮外務省のクォン・ジョングン米国担当局長が5月2日の談話で、バイデン大統領が議会演説で北朝鮮を「深刻な脅威」と表現したのは「大きな失敗」であり、「敵視政策を旧態依然として追求するという米国の新しい対朝鮮政策が鮮明になった。…相応した措置をやむを得ず講じなければならない。…米国は深刻な状況に直面する」などと警告したという。

バイデン大統領が上下両院合同会議で就任後初の議会演説を行ったのは4月28日である。その直後なら分かるが、米側が北の望む「段階的解決」方針を打ち出した後にこの談話というのは論理的に整合しない。米側が折れ始めたと見て、一段の揺さぶりを掛けるタイミングと判断したわけだろう。米国内の宥和派を、「北が過激な行動に出て、米世論が硬化する前に動かねば」とさらに焦らせようとした。北朝鮮外交の常套手段である。

今月21日に訪米し米韓首脳会談に臨む韓国の文在寅大統領は、「先供後得」の精神で対北制裁を躊躇なく緩めるようバイデンを説得しに掛かるだろう。

情勢は、再び米政府が騙され、制裁緩和をただ取りされる方向に動きつつある。日本政府はここで曖昧な態度を取ってはならない。最大級の釘を刺していく必要がある。

トップ写真:バイデン大統領(2021年4月22日 ホワイトハウス) 出典:Al Drago-Pool/Getty Images




この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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