パン屋、2代目の覚悟「ふじ森」代表藤森もも子氏
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
「今、あなたの話が聞きたい」
【まとめ】
・超高級“フランス食パン”を販売する「ふじ森」オーナーに話を聞く。
・「ギフト需要」を取り込み、コロナ禍にも負けず販売伸ばす。
・次なる夢はデジタルマーケティング。顧客満足度とブランド価値を引き上げ、パン屋の地位向上を目指す。
2019年12月。そのパン屋はオープンした。東京・目黒区、東横線の都立大学駅から歩いて3分。
開業と同時に客が数10メートル先の目黒通りまで並んだ。目玉は、フランス産最高級発酵バターを使用した究極の最高級食パン、一斤半3000円(税込み)の超高級“フランス食パン”だ。
高級食パンブームとは聞いていたが、ついにここまで来た。その名も「ふじ森」、店の名前をそのままパンに付けた。
オーナー藤森もも子氏はパン屋2代目。父はフランスの食文化に魅了され、約40年にわたり本場の様々なパンを研究、日本国内におけるパンとその文化を普及させた第一人者、藤森二郎氏だ。平成18年にはフランス農務省より農事功労章を、令和元年には厚生労働省より「現代の名工」に選ばれた。「株式会社ビゴ東京(BIGOT TOKYO)」代表にして、東京エリアに3店舗、神奈川エリアに3店舗を構える。
▲写真 藤森二郎氏 出典:ビゴ東京
その娘である藤森もも子氏。実は、もともとパン屋になることを目指していたわけではなかった。
▲写真 藤森もも子氏 ⓒJapan In-depth編集部
■ パン屋になる決意
生まれたときからフランスパンが当たり前の様に食卓にあった藤森氏。高校を卒業後、フランスの大学に留学したのは自然の流れだった。
「父は私に家業を継いでくれ、とかそういうことは一切言ったことがありませんでした。でも、フランスに留学したときとか全面的に支援してくれました。自分が日本に持ってきたフランスの食文化というか、そういうものに娘が触れることは嬉しかったのではないでしょうか」
フランスから帰国後、藤森氏はPR会社に就職する。2年半ほど夢中で仕事をした。やりがいもあったし、何より楽しかった。が、独立心がムクムクと頭をもたげてきた。会社を辞めて起業、しばらくはPRの仕事を1人でこなし、収入も増え、生活に余裕ができた。そんな時、パートナーから、家業について考えてみたら、とアドバイスを受けた。
「私はパン職人ではない。パンを焼くことは父にはかなわない。でもPRの仕事をやってきて、商品をどう売るかはわかっているつもりだった。じゃあ、自分で店を出してみよう、と」
他の2人と出資して会社を設立、そして出来たのが都立大学の店「ふじ森」だ。
▲写真 1号店「ふじ森」にて ⓒJapan In-depth編集部
■ コロナ禍がチャンス
2020年になり、すぐに新型コロナ感染症拡大が始まった。多くの企業が売り上げを落とす中、1号店「ふじ森」への影響はどうだったのか?
「実は影響はありませんでした。むしろ、販売は伸びましたね。パンはお米と同じで毎日食べるもの。自粛で遠出できない分、せめておうちでは贅沢したいよね、という需要が増えたのです」
高級食パンというコンセプトがむしろ当たった。そして、「ふじ森」が2020年、2021年と売り上げを伸ばしたもう一つの理由にオンラインショップの存在がある。
オンラインショップそのものは別に目新しくないが、そもそも高級食パンでギフト需要を狙っていた「ふじ森」。オンラインで注文から配達まで済ますことが出来ることで、ギフト需要に火が付いた。
「毎月決まった日に『ふじ森』を10本買って下さるお客様がいるんです。会社を経営していて、従業員か、お得意先とかに配っていらっしゃるのかな、とか想像しています」
お店にわざわざ行かなくても高級な箱に入ったパン「ふじ森」が届けたいところに配送されるのだから、これは便利だ。そう感じるお客さんを掘り起こしたということだろう。
▲写真 「ふじ森」にて店頭に立つ藤森もも子氏 ⓒJapan In-depth編集部
高級食パンブームが巻き起こった時、筆者の世田谷区の地元にも、1本(2斤)約900円の食パンを販売する店がオープンした。その時もその価格設定に相当驚いた貧乏性の筆者は、つい藤森氏に聞いてしまった。
「3000円というプライシングに反対意見は周りから出なかったんですか?」
答えはシンプル。
「ありませんでしたね。最初から『おもたせ』を狙っていたし、1000円ではギフトにならない。ギフトって3000円からだと思うんですよね。で、パンで5000円だとさすがに高い、ということで、3000円というのは丁度いい価格設定かな、と」
確かに、筆者も友人に何か送るとなったとき、3000円台のものから探す。実に的を射ている。
1店舗目の成功で満足しないのが藤森氏。爆速で次に進む。
■ 2店舗目出店
2020年、藤森氏は攻めた。東京・世田谷区の高級スーパー「ナショナル田園」敷地内に2店舗目「LE TOKYO FRENCH BAKERY ESPRIT/ル トーキヨー フレンチベーカリー エスプリ」をオープンさせたのだ。
実は「ナショナル田園」のすぐ裏に父が1999年に玉川田園調布にオープンした「エスプリ・ド・ビゴ」があった。その店が町の再開発で閉店になると決まった時、「ナショナル田園」から、敷地内にパン屋を開いてくれないか、と声をかけられたのだ。この話にのった藤森氏。
「田園さんは父の店をそのまま誘致したかったのかもしれません。でもわたしは父の店のブランドは使わない、と決めていたので新しい名前でオープンすることにしたのです」
その名も、「ル トーキヨー フレンチベーカリー エスプリ (LE TOKYO FRENCH BAKERY ESPRIT) 」
▲写真 「ル トーキヨー フレンチベーカリー エスプリ (LE TOKYO FRENCH BAKERY ESPRIT) 」の前にて藤森もも子氏 ⓒJapan In-depth編集部
でも、ちゃんと「エスプリ」の名前は入っていた。
2号店にはパンを焼く工房も作った。
「1号店はパンを仕入れて売るだけだったので、どこか『パン屋ごっこ』みたいな感じがあって・・・なので、2号店ではどうしても工房を作りたかったんです」
職人は、父の前の店から連れてきた。
▲写真 「ル トーキヨー フレンチベーカリー エスプリ (LE TOKYO FRENCH BAKERY ESPRIT) 」店内 ⓒJapan In-depth編集部
土曜の朝訪れると、早い時間からお客さんが引きも切らない。聞くと父の店にお客さんが来てくれているのだという。
「わたしが中学生のころ父の店でバイトしていた時いらしていた方のお嬢さんがご結婚されて地元を離れたけれど、お子さんを連れて実家に帰ってきて、親子3代でパンを買いに来てくれる。本当にうれしいですね」
かの地に根付き、本当に愛されているのだな、と感じた。それが「パン屋」というものなのかもしれない。
瞬く間に2店舗のオーナーとなった藤森氏。今後の戦略を聞いた。
■ デジタルマーケティングへ
実は筆者が「ふじ森」を知ったのはSNSだった。藤森もも子氏のInstagramやTwitterを見て興味を持ったのだ。最初はパンというよりは、発信の面白さに惹かれた。
藤森氏はゴルフウェアやギアのメーカーのPRも仕事としてやっている。「ふじ森」の公式Instagramアカウントとは別に、ゴルフ関係のアカウントもある。経営者自らが広告塔(ちと、表現が古いが・・・)となり、絶え間なくSNSで発信している。それが多くのフォロワーの共感を呼び、自分自身と会社のブランディングに寄与している。
「もとPR屋がいうのもなんですけど、お金がないんですよね、PRに割く。今、PR会社を雇うとして、自分の会社でいくら出せるか考えてみたら、10万円以上は出したくないと思ったんです。もしお金があったらほかに使いたいな、と。でもそんな金額じゃ何もできませんよね?だったら自分で発信するしかないなって」
そう屈託なく笑う。
そして今後はデジタルマーケティングに力を入れようとしている。
「今は既存のECプラットフォームを使っていますが、わたしたちが欲しい顧客情報は得られないんですよね。ですから自分たちで独自のプラットフォームを開発しています。そこでお客様のデータを分析してマーケティングに生かしていきたいのです」
これまでパン屋などの小売店は、デジタルマーケティングとは無縁だったといっていいだろう。そこに切り込む藤森氏。
「CRM(注1)をしっかりやっていきたいんです。そのためにはやはり自分たちでプラットフォームを作らないと駄目だと思います。それが完成したら同業の人たちにも使ってもらいたいな」
その先には、「パン屋」の地位向上があるのだという。
▲写真 藤森もも子氏 ⓒJapan In-depth編集部
「パン屋にかかわる職人や販売スタッフがもっともっと報われるようにしたいんです」
そう話す彼女の眼はしっかりと前を見据えていた。
(了)
注1)CRM(Customer Relationship Management)顧客関係管理
顧客満足度と顧客ロイヤルティの向上を通して、売上の拡大と収益性の向上を目指す経営戦略。
トップ写真:ⒸJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。