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.国際  投稿日:2021/7/14

米国務長官、対中国強硬発言


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#28」

2021年7月12-18日

【まとめ】

・7月12日は、常設仲裁裁判所が「南シナ海全域に主権を有する」という中国の主張を退けた歴史的な日。

・ブリンケン米国務長官は中国が「世界的に重要な航路における航行の自由を脅かしている」と非難。

・「南シナ海におけるフィリピン軍に対する武力攻撃には、米比相互防衛条約第4条に基づく米国の対比防衛義務が適用される」とも。

 

7月11日、ブリンケン米国務長官が興味深い声明を発表した。5年前の7月12日は、常設仲裁裁判所が「南シナ海全域に主権を有する」という中国の主張を退けた歴史的な日である。発端は2014年、フィリピンのアキノ前大統領が、国連海洋法条約に基づき、この問題をハーグにある常設仲裁裁判所に提訴したことだった。

同裁判所は2016年7月12日、中国が南シナ海に独自に設定した境界線「九段線」や歴史的権利に基づく同国の主張には「国際法上の根拠がない」との裁定を下している。それを念頭に、ブリンケン長官は中国が「世界的に重要な航路における航行の自由を脅かしている」と非難した。この問題を風化させてはならないからだろう。

同長官発言中、最も興味深かったのは「南シナ海におけるフィリピン軍、公船、航空機に対する武力攻撃には、米比相互防衛条約第4条に基づく米国の対比防衛義務が適用される」と言い切った部分だ。だが、米国とフィリピンの同盟関係は実に微妙だ。今のドゥテルテ大統領だったら、口が裂けても、こんな言い方はしないだろう。

それにしてもトランプ政権とは異なり、バイデン政権ではこの種の「喧嘩腰」発言がかなり目立つ。中国の「ウイグル人弾圧」を「ジェノサイド」と表現したり、最近ではバイデン大統領自身がロシアのサイバー攻撃につきプーチン大統領を半ば恫喝するような発言も行っているのだが、これについては後述する。それはともかく・・・。

▲写真 比ドゥテルテ大統領と中国李克強首相(2019年8月30日) 出典:How Hwee Young-Pool / GettyImages

この種の発言が同盟国にとって「心強い」のか、「有難迷惑」なのか、判断は分かれる。ブリンケン長官が1951年の米比相互防衛条約の防衛義務に言及するのは、尖閣列島に対する日米安保条約第5条の適用と同様、当然だが、同じ米国の同盟国でも韓国が、静かに国防力増強の努力を重ねていることは、あまり知られていない。

皆さんは韓国の文在寅政権が過去数年間、国防費を毎年7-8%増やしており、購買力平価ベースでは既に日本の防衛費を上回っていることをご存じだろうか。2023年には実額でも日本は韓国に逆転されてしまうという。日経新聞のコラムニスト秋田浩之氏が先月書いたコラムで、一般にも広く知られるようになった事実である。

しかし、このコラムには元ネタがある。実はキヤノングローバル戦略研究所の同僚・伊藤弘太郎氏の研究成果なのだ。韓国の国防費が日本の防衛費を上回るのは何故なのか。誰に対する、何のための国防力増強なのか。こんな疑問に真正面から答える対談番組を、今キヤノングローバル戦略研究所が作っている。

毎週火曜日午前中、時々の興味深いテーマを厳選し、研究所内外のゲストスピーカーを招致して、突っ込んだ対談を行い、それを編集して、直ちにウェブ上に掲載する。

この「CIGS外交安保TV」を始めて一カ月が過ぎた。関係者の熱意と努力でようやく面白い内容になってきた、と皆で勝手に自負している。一度覗いて頂けたら幸甚である。

〇アジア

新華社通信によると、先週キッシンジャー米大統領補佐官の極秘訪中50周年を記念する式典が北京で開かれ、98歳になるキッシンジャー氏がオンライン出席したそうだ。それにしても、中国がまだキッシンジャー氏などに頼っているとは驚いた。同氏は半世紀前の偉大な外交官だが、米中関係が激変した今、一体何を語るのだろうか。

〇欧州・ロシア

今東欧の小国モルドバが面白い。昨年の大統領選で親露派の前大統領を破った現大統領は自らの親EU派の基盤強化を狙って議会を解散。週末の総選挙でサンドゥ現大統領の与党が47%超の得票率でリードしているそうだ。プーチンは、これも西側の「ハイブリッド戦争」の一環と見ているに違いない。また一つ頭痛の種が増えたか。

〇中東

アフガニスタンからの米軍撤退で、ターリバーンがアフガニスタン政府に対する攻勢を強めている。既に全土の4分の一を制圧したとの報道もある。アフガニスタンは、外国が軍事介入しても地獄、外国軍隊が撤退したら更なる地獄、である。やはり、歴史は韻を踏むのだろう。アフガニスタンには中央政府も外国軍隊も不要なのだろうか。

〇南北アメリカ

バイデン大統領がプーチン電話会談し、ロシアに対し、ロシアを拠点とするランサムウエアによるサイバー攻撃を行う集団の摘発を求め、さもなければ米国は「国民や重要インフラを守るため必要な措置を講じる」と伝えて、「報復措置も辞さない」姿勢を示したという。バイデンは頑張ったが、プーチンは痛くも痒くもないだろう。

〇インド亜大陸

インド外務省はアフガニスタンのカンダハルにある総領事館の外交官や警護要員約50人を退避させたそうだ。おいおい、カンダハルといえば、筆者も行ったことがあるが、パキスタンが支援するといわれるターリバーンの牙城だろ。まだ、そんな所にインド人外交官がいたのか、と逆に驚いた。さすがはインドだ。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ブリンケン米国務長官 2021年6月24日、ドイツベルリンで、ユダヤ人の記念碑を訪問 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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