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.国際  投稿日:2022/8/8

南シナ海で米比共同哨戒は可能 比外相


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

 

【まとめ】

・ブリンケン国務長官のマニラ訪問、マルコス新大統領との会談とフィリピンは米中の狭間で揺れ動いている。

・マナロ外相は南シナ海での米比による共同哨戒行動の実現可能性を示した一方、中国への配慮などによりマルコス新大統領の政治路線はまだ明確ではない。

・ブリンケン国務相は米比相互防衛条約上フィリピンの責務を果たす使命を惹起する姿勢を示す。

 

フィリピンを訪問していた米ブリンケン国務省官はマルコス新大統領やマナロ外相との初めての会談などを終えて、8月6日フィリピンのマナロ外相とのオンライン形式での共同記者会見に臨んだ。

この会見ではブリンケン国務長官、マナロ外相がそれぞれの冒頭発言の中で両国間の安全保障上のパートナーシップをより強固にするとともに地域の安全保障により責任を担うとの考えを強調した。

さらに質疑応答に答える形でマナロ外相は中国により緊張が高まっている南シナ海での米比による共同哨戒行動に関して「実現は可能である」との見解を示した。

南シナ海で中国はフィリピンとの間で領有権問題を抱えているが、中国海警局船舶や軍関係者が乗船しているとみられる大量の漁船群による妨害や示威行為にフィリピンは長年悩まされており、米軍との共同での哨戒活動は中国をけん制し、さらなる威嚇行動を抑制する効果があるとして以前からその可能性が検討されてきた経緯がある。

 

★ ドゥテルテ前大統領が中国配慮

 米比共同の南シナ海での哨戒活動は、ベニグノ・アキノ大統領時代

(2010〜2016)のアルバート・デルロサリオ外相が米を訪問して米国務副長官だったブリンケン氏と会談、共同哨戒問題を協議しているという。

 しかしその後対中配慮からドゥテルテ前大統領は共同哨戒に否定的で実現してこなかった経緯があるという。

 アキノ大統領の後継であるドゥテルテ前大統領は南シナ海の領有権問題では「強気の発言」を繰り返すものの、これはあくまで国内世論向けでしかなく、対中国では経済支援を頼みとする立場から融和外交を展開し、中国の南シナ海での不法行為にも「形だけの抗議」で済ませてきた。

写真)ドゥテルテ前大統領の中国訪問と李克強総理との会談(2019.8.30)

出典)Photo by How Hwee Young-Pool/Getty Images

 マルコス新大統領は選挙運動中から「南シナ海問題では1ミリメートルも譲ることはない」と対中強硬姿勢を示していたが、これがドゥテルテ前大統領と同様の国内向けなのか、それとも対中外交の変化につながるのかが注目されている。

 

★米の比安全保障への関与、使命を強調

 6日の共同記者会見の質疑応答の中でのやり取りは、記者が質問で「フィリピンと米国はマルコス新政権の下でさらなる防衛・軍事協力を行うのか具体的に教えてください。それと関連して、西フィリピン海(南シナ海のフィリピン名)で米との間で定期的な共同哨戒活動は期待できるのでしょうか」と問うたのに対してマナロ外相は「共同哨戒の問題についてそれを実現することは可能である。米比は相互防衛条約(MDT)の下にあり、そのほかにも相互防衛委員会や安全保障委員会などの枠組みもあり、今後も2国間で議論、検討されていくものだ」と述べた。

 これに対しブリンケン国務省官は特に発言しなかった。

 ただ冒頭発言の中でブリンケン国務相は「我々は安保上の問題でも協議し、米比相互防衛条約に対するコミットメントを再確認し、南シナ海におけるフィリピンの軍隊、艦艇、航空機に対する武力攻撃は米国の同条約上の責務を果たすという使命を惹起するだろう」と述べて中国を牽制した。

 さらに別の記者の質問に答える中でブリンケン国務省は「日本政府によれば日本の近くの海(排他的経済水域内)に着弾した5発の弾道ミサイルを含む11発を中国が発射した。これは台湾海峡を航行する全ての艦船に脅威を与える軍事演習である」と米ペロシ下院議長の台湾訪問に対する抗議の大規模、自洗的な軍事演習にたいして厳しく中国を批判した。

フィリピンを巡っては新政権発足後にその外交戦略が米寄りになるのか中国寄りになるのかを見極めようと7月6日には中国の王毅外相がマニラを訪問してマルコス新大統領と会談している。

会談ではマルコス新大統領から「文化、許育の分野での協力に加えて、役に立つのであれば軍事面での交流も行いたい」と発言して中国との軍事交流の可能性に言及した。

そして今回のブリンケン国務長官のマニラ訪問、マルコス新大統領との会談とフィリピンは米中の狭間で揺れ動いているといえるだろう。

マルコス新大統領はドゥテルテ前大統領の多くの政策の継承を唱えているもののどこまでその強権姿勢の路線を引き継ぐのかはまだ不確定だ。

反政府、反大統領の論陣を張るメディアへの弾圧や麻薬関連犯罪で容疑者を現場で法的手続きを経ずに警察官が射殺するという「超法規的殺人」という手法などもどこまで継続するのか、依然として明確にはマルコス新大統領は示していない。

 

こうした動きの中で今回フィリピンが米との南シナ海での共同哨戒に関して「実現は可能である」とするマナロ外相の発言に関してどこまで具体的に今後進めるのかは依然不透明ながらも、中国が強く反発するのは間違いないと思われ、フィリピン・中国間の新たな火種となる可能性も秘めている。

トップ写真:米ブリンケン国務省官とマルコス新大統領との会談 2022年8月6日

出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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