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.国際  投稿日:2021/8/19

最初から無理だったアフガン民主化計画


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2021#33」

2021年8月16-22日 

【まとめ】

アフガニスタン、ターリバーンがカブールに事実上の無血入城。

・トランプ政権が決めたアフガン撤退で、バイデン大統領が厳しく批判されている。

・米軍、大使館員、アフガン人協力者のカブール脱出は恐らく長期化する。

 

昨夜は殆ど寝ていない。バイデン政権の米軍撤退宣言から4か月、遂にターリバーンによるカブール進攻が始まったからだ。進攻といっても事実上の無血入城、アフガニスタンの現職大統領は国外逃亡した。主のいなくなった大統領官邸ではターリバーン幹部が記念写真を撮っている。ショックではあったが、驚いたと言えばウソになる。

外務省を退職した2005年以来、過去24時間ほど感傷的になったことは珍しい。1997年に担当課長としてカンダハールに出張しターリバーン幹部に訪日招請したこと、2001年に北京で同時多発テロの生中継をCNNで見たこと、その後自分自身がイラク戦争直後のバグダッドに赴任したこと、などの記憶が走馬灯のように蘇る。

この四半世紀は筆者にとって一体何だったのか。ベトナム戦争とは違い、2001年のアフガン戦争は米国民が支持した「正義の戦争」だった。あれから20年、アフガン政府軍は何と「蒸発」してしまう。「誰が何を間違えたか」の議論は日本でも始まっているが、現地の事情を知れば知るほど、この「失態」を安易に批判する気にはなれない。

米国ではバイデン大統領が厳しく批判されている。現職大統領としては当然だろうが、アフガニスタン米軍撤退をターリバーンと握ったのはトランプ政権だ。一時真剣に検討された撤退計画を事実上撤回したのはオバマ政権だったし、そもそも、アフガニスタンだけでなく、イラクにも戦線を広げ大失敗したのはブッシュ政権ではないか。

米軍関係者は初めから「アフガニスタン民主化」計画が成功しそうもないことを知っていた。ワシントンポストの記者が8月末に出版する「アフガニスタンペーパーズ」はこの経緯を赤裸々に描いた今夏の必読書だ。アフガニスタンでの「戦争の戦い方」を知れば、今回の結果に「心を痛める」ことはあっても、「驚くこと」はないはずである。

▲写真 アフガン撤退について会見する米バイデン大統領(2021年8月16日) 出典:Photo by Anna Moneymaker/Getty Images

この点については今週の毎日新聞「政治プレミア」に寄稿したので、お時間があればご一読願いたい。カブール国際空港で離陸しようとする米空軍輸送機の真下の滑走路を並走する無数のアフガン人の姿が今も目に焼き付いている。結果的に彼らを「見捨てる」ことになった米軍人の気持ちは想像を絶するものであったに違いない。

書きたいことはあまりにも多いのだが、今勢いに任せて書けば、冷静かつ客観的な文章にならない可能性がある。米軍、大使館員、アフガン人協力者のカブール脱出は恐らく長期化するだろう。無血入城の後に流血の飛行場は見たくない。アフガニスタンについては来週再び取り上げる。

〇アジア 

アフガニスタンのニュースであまり目立たないが、マレーシア首相が国王に内閣総辞職の意向を伝え認められた。新型コロナ感染拡大で連立与党内からも離反の動きがあったというが、マレーシア政治のこれ以上の混迷・不安定化は東南アジア全体の安定と繁栄という観点からも気になるところだ。

〇欧州・ロシア

安保理非常任理事国のノルウェーとエストニアがアフガニスタンに関し緊急会合開催を呼びかけたというが、カブールの事態について国連、特に安保理は無力だろう。中露は米国が中東で困惑することを望んでおり、安保理が効果的な役割を果たそうとすれば、拒否権を行使するからだ。哀れなのはアフガン民衆である。

 〇中東 

中東ではターリバーンばかり注目されるが、筆者が最も気になるのはパキスタンである。インドとの関係で「戦略的縦深」を維持するにはアフガニスタンが必要だからだ。中国はそのパキスタンを支援し、アフガンでウイグル人「ムジャーヒディーン」の訓練・養成を阻止したいのだろう。アフガンをめぐる新たな戦いは既に始まっているようだ。

〇南北アメリカ 

今回のバイデン政権の「大失態」はFOXニュースだけでなく、CNNの有力記者も厳しく批判しており、同記者は珍しく保守系メディアに絶賛されている。但し、既に述べたとおり、批判のための批判は簡単だ。では米軍を未来永劫アフガニスタンに駐留させて勝算があるのかね。そんなものある筈がないのだから。

〇インド亜大陸 

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:アフガニスタンカブールからの避難者を乗せ、ウズベキスタンのタシケントに到着したドイツ軍機(2021年8月17日) 出典:Photo by Marc Tessensohn/Bundeswehr via Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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