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.国際  投稿日:2022/1/1

バイデン外交の回顧と展望 私の取材 その3 「大きな政府」路線に反対する共和党


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・コロナ対策、経済対策など国内政治からの圧力にさらされるバイデン政権。

・身内の民主党内からも反旗。トランプ前大統領中心に強固に団結する共和党にも手を焼く。

・バイデン氏の〝認知症疑惑〟消えず。矛盾発言相次ぎ、ついには発言制限も。懸念される統治能力は不安定要因。

 

バイデン外交の不安定要因をさらにあげよう。

第4の不安定要因は、国内政治からの圧力である。

バイデン政権は基本的に現在、国内政策最優先の政権であり、それにはそれなりに納得できる理由がある。コロナ対策を最優先しなければならない状況にあるからだ。

日本を含め世界のどの政権にとっても、コロナ対策は最優先課題だといえよう。どの政権もコロナに伴う経済停滞に対処し、経済を再建しなければならない。コロナ対策も経済対策も優先順位の高い課題であり、外交に回せるエネルギーや国家資産が足りないという事情はどの国の政権にも共通しているといえる。

ただ、バイデン政権の民主党は、「大きな政府」を志向するリベラルである。政府の支出を拡大し、困窮者や弱者を救済する社会福祉優先の政党である。これに対して、保守側は「大きな政府に傾斜して民間の活動を抑えると、経済全体が縮小してしまう」と主張し、「大きな政府」政策に反対している。

こうした中で、バイデン政権は1兆ドル規模のインフラ投資法案3兆5,000億ドルの気候変動・社会保障関連歳出法案を提出したが、上院で法案を成立させることが難しい状況にある。現在、上院は議席100のうち、共和党と民主党が50対50と拮抗しているからだ。

上院議長のカマラ・ハリス副大統領は、最悪の場合には民主党側について票を投じられるが、民主党の中にも、この種の問題についてはバイデン政権に同調できないという保守系の議員がいる。その象徴的な存在が、ウエストバージニア州選出のジョー・マンチン上院議員だ。ウエストバージニアは石炭の州であり、マンチン議員も石炭産業に配慮せざるを得ない立場にある。

▲写真 民主党のジョー・マンチン上院議員(2021年10月6日) 出典:Anna Moneymaker/Getty Images

トランプ政権は、石炭産業を復活させるような政策を採用していたが、温暖化対策を重視するバイデン政権は、逆に石炭産業を抑えるような政策を採っている。そのため、マンチン議員は気候変動・社会保障関連歳出法案に難色を示しているわけだ。(なおバイデン大統領は10月28日、歳出法案の規模を当初の半分の1兆7,500億ドルとする新たな枠組みを発表した)

共和党は、政府支出を歯止めなく増やせば、財政赤字が果てしなく膨れるとして、「大きな政府」路線に反対している。バイデン政権にとって辛いのは、現在共和党が非常に強固に団結していることだ。そのため、民主党と共和党が対立するほとんどの法案に、全共和党議員が反対する状況だ。この団結力を強めているのがトランプ前大統領なのである。

▲写真 トランプ前大統領とメラニア夫人(2021年10月30日 ジョージア州アトランタ) 出典:Elsa/Getty Images

トランプ氏は現在もなお共和党内で隠然たる力を維持している。連邦議会の共和党議員の中でトランプ氏を批判する動きはほとんどない。通常は、大統領が選挙で敗れて退陣すれば、その政党内では、前大統領を半分無視するような形で、次期大統領候補が台頭してくるが、現在の共和党ではそうなっていない。

とはいえ、共和党にはかなり魅力的な大統領候補者が何人かいる。例えば、マイク・ポンペオ前国務長官だ。彼は、次の大統領選出馬に色気を見せている。あるいは、トランプ政権で国連大使を務めた女性のニッキー・ヘイリー氏も、ある意味で魅力的な人物だ。カマラ・ハリス副大統領は母がインド系だが、ニッキー・ヘイリー氏は両親ともにインド系である。

▲写真 トランプ政権で国連大使を務めたニッキー・ヘイリー氏(2018年4月14日、国連本部) 出典:Drew Angerer/Getty Images

ヘイリー氏は、南部のサウスキャロライナ州の知事を務めていた。南部の女性の母音が長引く独特な英語の話し方は、柔らかい印象を与える。ヘイリー氏も南部の女性らしく口調は柔らかいものの、発言の内容は非常に厳しい。共和党側の女性大統領候補が出てくるとすれば、まずニッキー・ヘイリー氏だろう。ただし、本人は「トランプ氏が出馬する限り、私は絶対に出ない。トランプ氏を支持する」という発言をしている。

第5の不安定要因は、バイデン大統領の統治能力である。

バイデン大統領が単に高齢であるからということではなく、選挙戦の時から取り沙汰されている認知症疑惑が今も消えていないのだ。

今回のアフガニスタンからの米軍撤退について、バイデン大統領は明らかに事実ではないことを次々に語った。例えば「完全撤退すべきではない、と私に進言した人は誰もいない。軍部も含めてそうだ」と何度も語っている。

ところが、9月28日に開かれた上院軍事委員会の公聴会で、マーク・ミリー統合参謀本部議長は、「米軍部隊の一部のアフガニスタン駐留を継続すべきだ」とバイデン大統領に進言していたことを明らかにした。この公聴会では、アフガニスタンを管轄しているアメリカ中央軍司令官のフランク・マッケンジー将軍もまた「我々は、最後まで2,500人規模の米軍を維持するべきだと、大統領に提言していた」と語った。

バイデン大統領が、嘘をついているのか、それとも認知症のせいなのか、はっきりしないが、少なくとも、明白な発言の矛盾が次々に明らかになっているのは事実だ。

▲写真 フランク・マッケンジー米中央軍司令官。バイデン政権内でアフガニスタンに米軍兵力を維持すべきだと提言していたことを証言。(2021年9月28日 米上院軍事委員会 公聴会) 出典:Alex Wong/Getty Images

また、8月のカブール空港での大混乱の際にも、バイデン大統領は「アルカーイダの残党はもはやアフガニスタンにはいない」と語っていたが、政権に就いたタリバンが、抑留していたアルカーイダ関連の容疑者約5,000人を釈放してしまったというニュースが現地から流れ、国防総省の報道官もそれを認めた。

カブールが陥落した際、タリバンからの迫害を受けることを恐れ、アメリカ人や、アメリカのために働いていたアフガニスタン人は、国外に脱出するためにカブール空港に殺到した。

カブール市内からカブール空港までは、かなり距離がある。ところが、バイデン大統領はその移動時に、「タリバンは全面的にアメリカ側に協力してくれているから、全く問題ない」とも発言した。しかし現地からは「タリバンがアメリカ人の通行を止めた。アメリカ人に向かって射撃をした」といったニュースが入ってきた。こうした矛盾が次々と出てきているのだ。

そのため、ホワイトハウスがバイデン大統領が自由に発言する機会を極端に抑えていることも明らかとなった。

バイデン大統領は、イギリスのボリス・ジョンソン首相と並んで記者会見を行った時に、記者から次々と質問を受け、「私は自由に質問に答えてはいけないことになっている」と語った。冗談なのかと思ったが、本気で言っているようだった。バイデン氏の統治能力についてはあまり表には出てこないが、これも懸念材料、つまり不安定要因の一つと言える。

(その4につづく。その1その2。全7回)

**この記事は公益財団法人の国策研究会の月刊機関誌「新国策」2021年12月号に掲載された古森義久氏の同研究会での講演の記録の転載です。

トップ写真:バイデン米大統領(2021年12月27日 ホワイトハウス) 出典:Anna Moneymaker/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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