混乱アフガン、バイデン米大統領苦境
嶌信彦(ジャーナリスト)
「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」
【まとめ】
・タリバン政権奪取から一週間経過も情勢見通せず。
・9.11以降、米軍介入が続いたアフガン情勢は混乱を極めてきた。
・強権政治に戻るのか、タリバン政権に注目集まる。
アフガニスタンの旧支配政権タリバンが、20年ぶりに米英などの後方支援を受けていたガニ大統領率いるアフガン政権を崩壊させてから1週間経った。しかしタリバン新政権も15日に勝利宣言をしたものの統治と新方針が定まらず混乱を極めている。欧米の支援国は次々と自力で自国民の脱出救援に力を入れているが、日本だけは飛行機の手当てなどが遅れもたついているし、日本政府の救援の動きも感じられない。
カブールの国際空港は脱出したい外国人や外国に逃げたいアフガン人で混乱し、多数の人が飛行機に乗り込もうとして危機的状況を呈しているという。米政府は4000人と言われる職員らを大使館からヘリコプターで国際空港に移動させて国外脱出に力を入れている。フランスやドイツ、カナダも自国機をカブールに派遣し自力脱出を目指している。このほか韓国は米政府の協力を得て17日までに韓国人と現地の大使館員の退避を終えたといい、インド、トルコ、フィリピンなども空軍機や民間チャーター便などで退避させたという。また、中国とロシアもタリバンとは裏で密かな接触を続けてきたため、政権が代わっても信頼関係を持てると自信をみせている。
日本は国際赤十字関係者など出国希望者が約500人滞在しており、在アフガン日本大使館は「在留邦人の国外退避の段取りをつけたいが自前で航空機を派遣していない日本は一斉に帰国させるのは難しく各国と連携した対応策を考えている。」と説明しているが、欧米のように自力脱出のメドは立っていないようだ。日本は2001年の同時多発テロ以降もアフガニスタンを自立させ、テロの温床とならないことを目標に農業、インフラ、医療などの支援を続けてきた。アフガニスタンとパイプを持っていることを自認し、19年に医師の中村哲氏が武装集団によって殺害された後も支援を続けていた。これまでの支援実績は68億ドル(約7500億円)に上り、20年にも茂木敏允外相が24年まで1億8000万ドル(約200億円)の支援を続けると約束してきた。こうした特別な関係を維持してきただけに、日本が特別扱いされることも期待していたが、今のところ何のシグナルもアフガニスタン側から発せられていない。外務省は今後タリバン政権を承認するかどうかも決まっていないとしている。
写真)英議会前の広場に集まったタリバンによる政権奪取に反対する人々 (2021年8月18日 ロンドン)
出典)Photo by Dan Kitwood/Getty Images
アフガニスタンはユーラシア大陸の内陸国でシルクロードが枝分かれする場所に位置する。古代にはギリシャのアレクサンダー大王が東方遠征した土地であり、その後もペルシャ、インドの王朝がやってきて交易が盛んだった。19世紀にはインドを植民地化した英国と南下を目指す帝政ロシアの覇権争いの場ともなっている。地政学的に重要な場所だったので紛争が多く大国に振り回されることが多かった。宗教はイスラム。14の民族と8つの言語があるといわれる。
面積は日本の1.7倍で人口は約4000万人弱。14の民族がいる多民族国家だ。1979年にソ連が侵攻し、アメリカの支援するイスラム戦士・ムジャヒディンがゲリラ戦で対応。10年後にソ連が撤退し、アメリカも手を引くと内戦が始まった。その中で力を持って政権を作ったのがタリバンだった。
アフガニスタンとアメリカの決定的な対立は2001年9月11日の国際テロ組織アルカイダによるアメリカ同時多発テロの発生からだった。当時、アフガニスタンを統治していたタリバンが国際テロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者引き渡しを拒否したため、米英軍が空爆を開始して2001年12月にタリバン政権を崩壊させ、2011年5月米軍はビンラディンを殺害した。アメリカはその後、アフガニスタンに駐留していたが2014年に米軍のアフガニスタン駐留撤収を発表し、ガリ大統領らのアフガン政権が樹立される。しかしアフガニスタンは旧政権のタリバンとガリ大統領らの政府軍との内戦が続き混乱を極める。特に政府軍は汚職や作戦能力の弱さからタリバン軍に次々と敗北。
2018年になるとトランプ政権がタリバンと協議を開始し2020年に米軍の撤収を柱とする和平合意を締結した。トランプ政権を引き継いだバイデン新大統領は2021年9月11日(アメリカ同時多発テロが行われた日)までに米軍を完全撤収するという和平合意を、ガニ政権を追い出したタリバンと締結した。しかし、9月を待たずにタリバンは首都カブールを制圧して勝利宣言を行なった。ガニ大統領は現金を持ってアラブ首長国連邦(UAE)に逃亡してしまう。以後、旧タリバン政権の幹部が次々と首都カブールに舞い戻ってきているが、タリバン政権が、かつて行なってきた女性の教育の機会を制限、言論の統制や民主主義の抑圧なども行なうようになると再び旧タリバン政権時代の強権政治に戻ることになる。米英など多国籍軍がタリバン新政権の新しい国づくりを軌道に乗せられるか、あるいは新タリバン政権が再び強権政治に逆戻りしてしまうのか――バイデン米新政権にとってもアフガニスタンの再建は賭けに出たような心境だろう。
トップ写真)米軍のアフガン撤退について語るバイデン米大統領 (2021年8月20日 ワシントン)
出典)Photo by Anna Moneymaker/Getty Images
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嶌信彦ジャーナリスト
嶌信彦ジャーナリスト
慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、通産省、外務省、日銀、財界、経団連倶楽部、ワシントン特派員などを経て、1987年からフリーとなり、TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務める。
現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」にレギュラー出演。
2015年9月30日に新著ノンフィクション「日本兵捕虜はウズベキスタンにオペラハウスを建てた」(角川書店)を発売。本書は3刷後、改訂版として2019年9月に伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち」(角川新書)として発売。日本人捕虜たちが中央アジア・ウズベキスタンに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなる「ナボイ劇場」を完成させ、よく知られている悲惨なシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設秘話を描いている。その他著書に「日本人の覚悟~成熟経済を超える」(実業之日本社)、「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)等多数。