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.国際  投稿日:2021/9/2

米「テロとの戦い」の終焉


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2020#35」

 2021年8月30日-9月5日

【まとめ】

・米軍のアフガン撤退は「テロとの戦い」の終焉と新保守主義勢力の凋落を象徴。

・「ネオコンの凋落」と言い切ることはできないし、米外交安保政策が中東からインド太平洋にすぐ切り替わるわけでもない。

・アフガニスタンを起点とする中東、中央アジアの不安定化が始まる可能性

 

31日、遂にアフガニスタンに駐留していた最後の米軍部隊を乗せた輸送機がカブール空港を離陸した。米国の20年間の「終わりなき戦争」がようやく終わった、と米国メディアは一斉に報じた。アフガニスタン撤退は戦略的には正しい決定だったが、残念ながら、戦術的には失敗である。筆者はより大きな悲劇すら覚悟していたぐらいだ。

バイデン大統領が「責任は自分で止まる」と大見得を切った以上、大統領に批判が集中するのは当然である。しかし、今回は個々のオペレーションの稚拙さや失敗の原因といった戦術的な話ではなく、過去20年間の戦争が米国にとって、またその同盟国にとって、一体何だったのかという、より戦略的、歴史的な視点から話をしよう。

▲写真 ホワイトハウスにてジョー・バイデン米国大統領によるアフガニスタンの継続的な状況とハリケーン・アンリについての演説(2021/8/22 アメリカ、ワシントンDC) 出典:Photo by Samuel Corum/Getty Images

筆者の結論はこうである。

1、 テロとの戦いの時代の終焉

今回の米軍撤退は、2001年の同時多発テロから始まった『テロとの戦い』という時代の終わりを象徴する出来事である。また同時に、その時代の政策、すなわち、米国の圧倒的な力を民主主義の拡大という大義に使うことは正義だと信じた、いわゆる「新保守主義」の最終的な凋落をも象徴している。

2、 ネオコンの凋落?

しかし、これを「ネオコンの終わり」と切り捨てるのはあまりに単純な議論だ。トランプ政権時代にもこの種の政治家や政治任用の政府高官はいたし、今後も絶滅することはないからだ。ブッシュ時代とトランプ時代以降との最大の違いは、いわゆる「ネオコン」的発想の政策が政治レベルの寵愛を得られなくなったことだろう。

3、 中東からインド太平洋へ

米外交安保政策の優先順位の変化については何度も書いているので、ここでは繰り返さない。こうした戦略的優先度の変化はこれまでも何度か起きている。東西冷戦からテロとの戦いへの移行点は1991年の湾岸戦争だったが、そのような移行は必ずしも、「白から黒」のように、素人に分かり易く起きるとは限らない。

4、 中東への揺り戻し?

今回のカブール空港における混乱が象徴したのは、米軍の敗退というより、アフガニスタンの自己統治能力の欠如だった。残念ながら、あの国では全土を制御・統治できる政治的実体が生まれそうにない。逆に言えば、アフガニスタンを起点とする中東、中央アジアの不安定化がこれから始まる可能性もあるということだ。

米国の中東における関与はもう少し続くのではなかろうか。

〇アジア

最近北朝鮮が寧辺の核施設で原子炉を再稼働させた兆候があると、IAEA報告書が書いている。2018年のトランプ米政権との対話以降、中断していた核開発を再開した可能性があるとも報じられた。いずれ北朝鮮が「挑発」を再開するのは想定内だが、このままでは、北朝鮮は名実ともに核兵器保有国となってしまうのだが・・・。

〇欧州・ロシア

仏大統領が、アフガニスタンで人道支援を行うため、国連が管理する「安全地帯」をカブールに設置するよう求め、英仏独の3カ国で国連安保理に提案するという。間違いだとは言わないが、せっかく米軍を追い出した後に、タリバンがそんな提案に乗るだろうか。提案のための提案に終わらないと良いのだが。

〇中東

米中外相会談で中国側は、「各関係者がタリバンと接触し、積極的に指導すべきだ」、米軍の「拙速な撤収」により「アフガンを拠点とする各種テロ組織が復活する可能性がある」などと指摘したという。2001年の同時多発テロの際と同様、中国側は巧妙な対米外交を展開している。今回も米国務省が騙されないと良いのだが・・・。

〇南北アメリカ

米情報機関がまとめた新型コロナウイルス発生源に関する報告書の内容は予想通りに玉虫色だったが、それでも中国外交部報道官は、「発生源解明の看板を掲げ、アメリカ自身のコロナ対応失敗の責任を転嫁する報告、口実をでっち上げて中国に汚水をかける嘘偽りの報告だ」と反発したそうだ。さすが中国は相変わらずである。

〇インド亜大陸

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:アフガニスタン人の赤ちゃんを抱く米海兵隊員 アフガニスタン・カブール ハミドカルザイ国際空港(2021年8月28日) 出典:Photo By: Marine Corps Staff Sgt. Victor Mancilla:US Department of Defese




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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