総裁選「自身最大の強みは“聞く力”と“チーム力”」岸田文雄前政調会長
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
「編集長が聞く!」
【まとめ】
・新型コロナウイルスへの対応は病床・医療人材の確保、裏付けとなる経済政策・ワクチン接種・治療薬の開発・ワクチンパスポート・無料PCR検査の推進と健康危機管理庁を設置する。
・アフターコロナに向けた経済政策として、成長だけでなく分配もセットにした「令和版所得倍増計画」を掲げる
・自身最大の強みは聞く力とチーム力。
自民党総裁選の告示を17日(金)に控え、各候補者ともテレビやSNSで発信に余念が無い。これまでに立候補を表明したのは岸田文雄前政調会長、高市早苗前総務相、河野太郎行政改革担当相の3人。岸田氏は、Instagramでライブ配信をするなど、積極的に若者への発信に力を入れている。高市氏に続き、岸田氏に話を聞いた。
安倍: 新型コロナ対策で今後、必要な対策は?
岸田氏: 具体的な対策は色々用意しているが、その前提として、現状2つの課題があると認識している。一つは、納得感のある説明、もう一つが最悪を想定した危機管理だ。
コロナ対策には、国民の協力を得なければならない。当然国民に納得感を持っていただかなければいけない。にもかかわらず全体像をもった説明がなされていない。説明がなかなか響かない。やはり、政策の必要性や政策決定のプロセス、背景をしっかりと説明してこそ、納得に繋がる。納得感のある説明が課題としてあった。
もう一つは、楽観的な見通し。危機管理の要諦は最悪の事態を想定して対応すること。にもかかわらず、「多分これで大丈夫だろう」ということでやってしまい、後から変異株がでてくる。予想よりちょっと状況が悪くなると、後追いでそれに対応する。国民から見るとどうしても後手後手に回っているように見えてしまう。やはり最悪の事態の想定の部分が課題としてあった。
この2つの部分が課題としてあるわけだが、これからについては「コロナ対策4本柱」を申し上げている。まずは今、医療難民などと言われて、国民が適切な医療を受けられないとの不安が広がっている。病床の確保・医療人材の確保、これをしっかりやる。そして、皆さんに人流抑制へ協力をお願いしているのだから、裏付けとなる経済政策、数十兆円規模で必要だ。これをやりながら、ワクチン接種と治療薬の開発を進めていく。この二つが揃ってくれば、通常の医療体制でできるだけ平時に近い社会経済活動を取り戻すところまでいける。これを当面の目標として、頑張っていこうと申し上げている。
さらに言うと、コロナウイルスは変異を繰り返すので、平時に近い生活を戻した後であっても、その状態を維持するために、ワクチンパスポート、それから無料のPCR検査が必要だ。
さらにその先の問題として、21世紀は感染症の時代と言われていることを考えると、次の危機に備える意味でも、大臣が5人も6人もいたのでは誰が責任持つのかという話だから、やはり司令塔が大事だ。危機時の司令塔機能になる組織として、仮称だが「健康危機管理庁」を作るべきである。
安倍: 危機管理条項が憲法にないという問題があるが、現行法制化でもロックダウンができるんじゃないかという話もある。一般大衆が政府の言うこと聞かなくなったのは、(緊急事態宣言の)延長に次ぐ延長の繰り返しで、もういい加減にして、となっている。国民の信頼を取り戻すためには、事実をつまびらかにしなければいけない。
岸田氏: そうだと思う。先ずは、科学的なエビデンスに基づいた対応が大事。しかし、最後は政治が決断しなければいけない。その際に最悪の事態をしっかり想定して決断をすることが大事だ。
▲写真 ⒸJapan In-depth編集部
安倍: 「令和版所得倍増」だが、アベノミクスとの最大の違いは何か?
岸田氏: アベノミクスによって日本経済は成長した。これは高く評価している。他方で、成長はしたが、持つものと持たざるものの格差もうんだ。子どもの貧困が課題とされ、子ども食堂が全国で話題になるほど日本の社会は分断が進んでいる。それにコロナが追い打ちをかけた。コロナによる巣ごもり需要で市場最高益を上げる企業がある一方で、観光や宿泊、あるいは外食は収入が蒸発してしまった。
こういった社会の現状を見た時、私たちは間違いなくコロナに打ち勝って、再び経済を回して行かなければいけないわけだが、格差の広がりの中で従来と同じことをしていたら何が起こるか。広がった格差をますます広げるだけだ。そして、社会に分断が起き、心を一つにすることができない。
今までの成長戦略はこれからも生かされるものであるが、成長と合わせた分配を考えないといけない。
分配というのは、給料・所得を上げるということだが、一部の人の所得や給料を上げるのではない。地域や分野や立場を超えて幅広い人たちの所得を一斉に、少しずつ引き上げる。
(所得)倍増というのは政治的なメッセージだが、ポイントは、できるだけ幅広い人たちの給料・所得を引き上げる、そしてそれにより消費が喚起されるということだ。一部のお金持ちがいくら所得をあげても消費は社会全体では喚起されない。幅広く所得が引き上がることが消費を喚起する。
昭和30年代の所得倍増論というのはまさにそこがポイントで、あの時は日本人は皆貧しかった。そして所得を引き上げようと、池田勇人総理は旗を振ったわけだ。広く所得を上げることによって、当時の電化製品、三種の神器とか新三種の神器とか、消費が爆発的に喚起されて、経済の好循環が始まった。
▲写真 ホワイトハウスで、ジョン・F・ケネディ米大統領と握手する池田勇人総理(1961年06月20日) 出典:Bettmann/GeetyImages
令和の時代の所得倍増は、特に低い賃金に喘ぐ皆さんの所得を引上げ、全体としての所得を引き上げることで消費が増え、経済の好循環が引き起こされる。加えて社会や政治が安定する。アメリカですら国民が分断されると連邦議会に暴徒が押し入って破壊されてしまうようなことが起こる。分断・格差は政治や社会の不安定を導く。
日本においてもこの問題にしっかり目を向ける経済政策を行わないと社会や政治が不安定になってしまう。この点も考えてアフターコロナの経済政策、成長と分配、この二つをセットにすることが大事だと申し上げてきている。
だから今までのアベノミクスを否定してるわけではない。成長は尊重しながらも、分配も合わせてセットでやらないと、おかしなことにならないかという問題意識だ。
安倍: 2050カーボンニュートラルと2030年CO₂46%削減を達成するために、原子力発電のリプレイス・新増設はどうするのか?また、小型モジュール炉(SRM)、核融合はどう考えるか?
岸田氏: 2030年CO₂マイナス46%、これは数字の積み上げでなされたものであり、原発30基稼働が前提となっている。今の内閣のメンバーはそれにサインしている。閣議決定で。だから、原発ゼロと言った場合、まさかその前提を知らずにサインした、とは言えないはずだ。
リプレイスについては、まだ再稼働も完成していない上でそこまで言う必要はないのではないか。ただ原発の技術はこれからも大事にする。小型モジュール炉もあれば、その先には核融合の技術がある。技術をつなげていかなければならない。おのずとやるべきことは見えてくると思う。
安倍: 中国の脅威にどう対応するのか?ミサイル防衛をどう構築していく考えか?
岸田氏: 政治の最大の任務は、国民の命を、暮らしを守ることだ。財政を考えてそれをないがしろにするのは本末転倒だ。相手の技術が進歩している中で、日本もしっかりとしたミサイル防衛体制を構築しなければならない。
安倍: 他候補との差別化として自身の最大の強みは何か?
岸田氏: 私は、「聞く力」と「チーム力」だと思っている。能弁に事を語るが、人の話を10分も聞けない政治家がいる。自分が1時間2時間喋るくせに人の話が聞けない、このような政治家が結構いる。やはり議員というのは、人の代わりに議論するわけですから、人の話を聞いてこそ、議員であると思う。「聞く力」は、他の人には負けない。
もう一つは「チーム力」。政治というのは全員野球だ。人を怒鳴ってばかりではチーム力は出来上がらない。また、チームの成果を俺がやったと独り占めするようではチーム力は上がらない。それぞれの能力を生かすために、どういった組み合わせを考えるのか、それぞれを尊重しながらチーム力を考えていく。これがこの時代、結果に繋がると信じている。この聞く力とチーム力、これにおいては私は誰にも負けないと思っている。
安倍: 少子高齢化で子供がどんどん減少しているが、子育て世代へはどのように支援していくのか?
岸田氏: 新しい資本主義、成長と分配の部分においても言ったが、所得の中間層というのはまさに子育て世代と重なる。子育て世代の大きな負担となっている住居費や教育費についてしっかりと支援する。分配というものは、子育てへの支援という意味でも大変重要な視点になる。
また、様々な支援と合わせて子育ての環境整備もしなければならない。その中の一つとして、大都市と地方の格差の話もしている。東京一極集中、東京の過密の状況、これは感染症においても災害においても大きな問題だが、子育て、少子化においても大変大きな問題である。
子育てにとっては必ずしも十分な環境でないなかで、若い人たちが都市に密集している。都市部における子育て環境の整備、様々な施設の充実も大事だが、地方におけるまちづくりを充実させることで、子育てあるいは少子化の解決にも資するような方策も同時に考えていかなければいけない。合わせ技で、子育て、あるいは少子化を考えなければならない。そのためにも、幅広い視野をもって取組んでいく。
安倍: 一極集中も何とかしなければいけないということか。
岸田氏: その通りだ。東京一極集中是正が言われて久しいが、なかなか結果につながってこなかった。しかし、コロナ禍で国民は「集中から分散」の重要性を強く認識している。
今こそ、東京一極集中を是正するチャンスだ。田園都市構想というものが大平内閣にあり、「地方に都市の便利さを、そして都市に地方の豊かさを」がキャッチフレーズだったが、これを現代風にいえば、デジタルの力を活用して、大都市と地方の物理的距離を克服し、誰もが都市と故郷で二地域生活ができるような取組みが大切だ。
安倍: 総理になられたら、女性閣僚を増やす考えはあるか?
岸田氏: もちろん。多様性を尊重できる社会を作っていかなければいけない。老・荘・青の多様性ももちろんだが、男性と女性のバランス、やはり女性の皆さんにも活躍してもらう必要がある。女性の感覚でものを考えてもらう。これは社会の多様性を考える上で大変重要だ。是非女性の皆さんにも活躍して頂けるような人事はしっかりやっていきたい。
安倍: これまでの政権も成長戦略は描けなかった。日本経済の国際競争力をアップさせるため、具体的にどのような政策を取ろうと考えるか?
岸田氏: 科学技術・イノベーションを考えても産業発展の種はある。ところが産業化でみんな失敗した。iモードだとか、量子技術もそう。種はみんな日本が考えたが、産業化する段階で全部(他の国に)取られてしまった。成長を考えた場合、科学技術・イノベーションの推進とともに、その先の産業化を考えなければならない。種を産業化する観点から、どういう政策を進めるのかがポイントだ。
そもそも科学技術・イノベーションの種も、これからは今までとは違う。バイオであったり、量子技術であったり、デジタルであったり、環境であったり。こうした分野に適切に投資を促していく。
科学技術・イノベーションが全ての原点なのでしっかり力を注ぎながら、今言った視点を大事にしたい。
(インタビューは9月13日に実施)
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。